第2話 センパイ、冷たいです
「それじゃ、センパイ。私、そろそろ帰りますので。失礼します」
美幽センパイの会話をなんとか切り上げ、トイレを出る。
それにしても、この学校に幽霊が出るって言ううわさ、ほんとうだったんだ!
私は逃げるように歩を速め、教室へと急ぐ。
その横を並んで歩く、美幽センパイ。
歩くといっても足はないのだから、実際には浮いているのだけど。
「――ってセンパイ!? なんでとなりにいるんですかっ!?」
あまりにびっくりして、つい廊下で声を張り上げてしまった。
美幽センパイは美しい顔をほころばせ、楽しげに私を見下ろしている。
「ふふっ。もっともーっと旭ちゃんとお話したいなって」
さらに距離をつめ、笑顔で私の表情をのぞきこんでくる美幽センパイ。
美人だし、仕草もかわいくて、つい気を許してしまいそうになる。
でも!
たしかにかわいいんだけどっ!
なんといっても、相手は幽霊なのだ。
これ以上親しくなって、ほんとうに取りつかれでもしたら大変だ。
ここは機嫌をそこねないようにうまく話をつけて、トイレに帰ってもらおう。
「あの、センパイ」
「なぁに、旭ちゃん?」
「トイレから離れて大丈夫なんですか? 早く戻られたほうが」
「もしかして、私がとなりにいたら迷惑なのかしら?」
しまった!
やんわりと告げるはずが、思い切り帰ってほしい感を出してしまった。
幽霊の機嫌をそこねたら、なにをされるか分からない。私はとっさに言いつくろった。
「いえ! 私のとなりなんかでよければ、いくらでもいてください!」
「あら、そう? じゃあ、旭ちゃんのお言葉に甘えて、ずーっとそばにいようかしら」
あれ? もしかして私、とんでもないことを口走っちゃった?
美幽センパイは嬉しそうに笑みを深めると、白い手を伸ばし、私と腕を組んできた。
美幽センパイの身体は透けていて、実体がないはずなのに、腕をぎゅっと抱きかかえられる感触が不思議と伝わってきた。
「――って、センパイ冷たっ!?」
まるで氷の柱でも抱いたかのような冷気に襲われて、思わず腕をふり払う。
美幽センパイは目を丸くし、それから頬に手を当て、悩ましげにため息をついた。
「はぁー。私の身体、やっぱり冷たいわよねー。実は冷え性に悩んでいて」
「冷え性ってレベルじゃないと思いますけど」
だって、冷凍庫から出てきたんじゃないかってくらい、キンキンに冷えているんだもの。
美幽センパイは、私に腕をふり払われたからか、さみしそうにしゅんと肩を落としている。
なんだか悪いことをしたみたいで、胸がきゅっと縮まる思いがした。
このまま後ろめたい気持ちを引きずったまま帰るのはいやだな……。
私は小さく息を吐き、美幽センパイに提案した。
「仕方ないですね。せっかくですし、どこかで少しお話しますか?」
「えっ、いいの!?」
「あまり遅くはなれませんけど、少しくらいなら」
「やったぁ! 大好きよ、旭ちゃん!」
ぱあぁっ! と満面の笑みを輝かせ、明るい声を弾ませる美幽センパイ。
甘い笑顔があまりにかわいくて、胸の奥に温かいものがじんわりと広がっていく。
一年C組の教室の前にやって来ると、私は美幽センパイに告げた。
「荷物を取ってくるので、ちょっと待っていてください」
自分の席に戻り、布製の青いスクールバッグを肩にかける。それから忘れ物がないか机のなかをよく確認して、ふたたび廊下で待つ美幽センパイの元へ。
「お待たせしました。でも、どこに行きます?」
「カフェはどうかしら?」
私の学校にはカフェテリア、通称『カフェ』と呼ばれる場所がある。いわゆる学生食堂だ。
「あそこ、人いませんか?」
「そう思うでしょ? でもね、実はこの時間帯はみんな部活に出払っていて、かえって空いているの」
「へぇー。詳しいんですね」
「まあね。時々校内をうろついているから」
赤い西日が射しこむ階段を、美幽センパイとゆっくり降りていく。
カフェに到着すると、美幽センパイの言う通り、誰もいなかった。
こんな穴場の時間帯があるなんて、ちっとも知らなかった。
自動販売機で紙パックのいちごミルクを買い、窓側の丸い四人席に美幽センパイと座る。
「センパイもなにか飲まれますか?」
「あー、私、食べたり飲んだりはできないの。だから旭ちゃん、それがどんな味なのか、私に分かるように教えてくれる?」
「いきなり食レポですか!?」
「さあ、カメラに向かって3、2、1、キューッ!」
急にカメラで撮影するふりをはじめる美幽センパイ。
私はあわてて紙パックにストローを刺し、ひと口飲みこむ。
「あっ、甘くて優しい味が、口いっぱいに広がっていきましゅっ……あうぅ、噛みました」
「あはは。旭ちゃん、かわいいー」
美幽センパイは目を細めカラカラと笑う。
「もう、からかわないでください!」
私は恥ずかしさをごまかすように、ぷぅっと頬をふくらませた。
相手は幽霊で、油断は禁物なはずなのに。
美幽センパイの笑顔は、頼りない妹を見守る姉のように温かくて。
一緒にいて、ちょっと楽しくなってきている私がいた。
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