第34話 幸せ
01
「ナツキ……」
久しぶりに出会った弟のナツキはたった数ヶ月会っていないだけで顔が恐ろしく男らしくなっていた。
「本当に兄貴なのか、なぁ嘘だろ!?」
ナツキにとって「今」の俺が信じられないんだろう。声を荒らげながら俺の肩を揺らすアイツの目は絶望に満ちていた。
「悪いな……ナツキ。今の俺はお嬢様に仕えるメイド兼ボディーガードなんだ、もうあの時の俺はいない」
「今更謝られたって遅せぇよ。俺がどんな思いで兄貴の名前を背負ってんのかわかってんのかよ!!」
騒ぎがあったと勘違いした街の人間が駅周辺に集まってきた。……まずいな、場所を変えないと警察を呼ばれる可能性が高い。それに隣には冬雪がいる、兄弟間の喧嘩はあまり見せたくない。
「……冬雪、暫く暇つぶしに行ってもらってもいいか? 駅の近くに美味しいパンケーキ屋があるらしいんだ」
「桜くん、私そんな言葉で騙されるほど甘ちゃんじゃないですよ」
俺が気を使っているのがわかったのか冬雪は俺の手を握り、じっと目を見つめた。
「俺、今まで以上に情けなくなるぞ。それでいいならついてこい」
02
「ナツキ、俺はお前にドラゴンテイルを継いでくれっていつ言った?」
人目がつかない公園に移動した俺はナツキと対面で向き合っていた。冬雪が見守る中、俺はナツキが話し出すタイミングを待つ。沈黙を貫いていたが、俺が何もしてこないのがわかったのかようやく質問に答え始めた。
「……俺は兄貴がいなくなったとアイツらに知られないためにドラゴンテイルを巨大な組織に作り上げたんだよ。いつ戻ってきてもいいようにボスの座はいつも開けていたのに」
数年前、アキと俺はドラゴンテイルという肩書きを持ちながら街で悪さをしている不良チームを締め上げた。アイツらはこの街が静かで特に警察のマークがないことを知っていた、俺は……冬雪と出会った地元が外様の連中に荒らされるのが許せなかった。当時は記憶を失っていたが、頭のどこかで大切な出会いを汚されたくないと思っていたんだろう。
「やり返せないように叩き潰したから大丈夫だ。お前は別に俺と同じ道に来なく良かったんだよ……」
例え冬雪と出会ったこの街を守るためであっても俺がしたことは許されない。だから俺は実の弟のナツキの顔にモザイクがかかったことにした、顔を見たら自分の罪の重さを感じてしまうからだ。
「んなことはわかってる、わかってるんだよ。俺は兄貴といつか肩を並べたくて強くなったのにその有様はなんだよ! ふざけんなよ!」
冬雪との記憶を無くしていた時の俺は自分がやってきた行いをただの八つ当たりだと思っていた。その行いを忘れるために冬雪の誘いを受け入れた。ナツキは俺が女装をしているのが気に食わないんだろう、だからこれ以上は話し合いをしても無駄かもしれない。拳でわかってもらうしかないと思っていたが、突然後ろにいた冬雪が俺の前に出てきた。
「さ、桜くんは……私が置かれていた状況を全部打破してくれた。こんなに可愛くなっても貴方のお兄ちゃんは私を助けてくれたの、だからこれ以上悪く言うなら弟であっても許さない!」
「……冬雪」
まさか自分よりデカい相手を前にして啖呵を切るとは思いもしなかった。
「お前に責任を持たせるつもりはなかった。……ちゃんといなくなった訳を話すべきだったな、悪かった」
勝手に罪の意識を抱いていた俺がバカだったんだ。家族に俺の気持ちを伝えていたらナツキが不良の道に来ることはなかった。
「……これ、やるよ」
ぽんと手渡されたのは家のスペアキーだった。
「お袋、いつも心配してたぞ。たまには顔を見せたらどうだよ……お兄ちゃん」
ナツキは俺の顔を見ずに公園から立ち去った。覚悟していたがやっぱり気持ちは重い……でもこれから償わないといけないんだ。償わずに幸せになるのだけは許されない。
「ありがとな、冬雪」
俺は冬雪の頭をそっと撫でた。まだまだ情けないなと自覚しつつ、もっと冬雪に誇ってもらえるような人間になろうと誓った。
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