第31話 仲直り

01



朱智学園理事長、西ノ宮優は師匠のおかげで冬雪や莉奈、詩織に対して行ってきた娘たちの意志を無視した言動は全学生に知れ渡った。いくら西ノ宮グループの社長といえど、学園の経営している母体には口答えは出来なかったのかあっさりと退陣した。そして約束通り、冬雪ではなく然るべき人間に文化祭実行委員長の役職は移動した。肝心の冬雪はというと……







「西ノ宮さん……いえ冬雪さん今まで酷い言葉を言ってしまいごめんなさい」







真実を知ったクラスメイトたちから謝罪を受けていた。ある女の子は涙を流し、また別の女の子は申し訳なさそうな顔をして謝っていた。まさか直ぐに謝罪をするとは思ってもいなかったな……時間はかかると考えていたのに。

あれだけ陰湿なことをやっていた彼女たちが直ぐに心を入れ替えてくれたとは思えない、でもこれは俺の考えだ。これからのことは冬雪が決めていくんだ、許すも許さないにしても。





「……私なんかよりも謝る人がいますよね」







「え?」







遠目で冬雪を観察していたが、俺の気配に気づいたのかこちらに視線を向けていた。うーむ、嫌な予感しかない。案の定、彼女たちも困惑している。







「秋月さんにセクハラ発言したこと謝ってくれたら……許してあげます」





えげつない言葉を吐くと思いきや、冬雪は俺が今まで受けたセクハラ発言に対する謝罪を彼女たちに求めた。俺は別に気にしていないと言いたいところだが主人の決めたことだ、従っておこう。





「あの……秋月さん今まで汚い言葉を浴びせてしまいごめんなさい!」







「うん、いいよ別に。私は気にしてないから」





女言葉をなるべく意識し、俺は正式に謝罪を受け入れた。俺が怒るのかと思っていたのか、一斉に安心した顔をしていたからつい思わず笑ってしまった。全てが良い方向に流れている、継承戦が終わってクラスメイトとの仲直りも出来た。ただ少し引っかかっているのは冬雪たちの祖父だ、父親が現当主ではなく社長という肩書きな以上はどう考えても実権を握っているのは祖父だ。次、なにをしてくるかがわからないから油断はしちゃいけない。





02







色々と問題を抱えていた私立朱智学園は無事に文化祭当日を迎えることが出来た。男子禁制のこの学園は朱智祭が行われる日だけ、外部の人間が入ることを許されているらしい。出会いを求めている生徒は積極的に男にアピールをし、自分たちの能力を認めてほしい人間は出し物広場で精一杯観客に実力を披露する。閉鎖的な環境である朱智学園が一時的であってもこんなに周りが明るくなるとは思ってもいなかった。







「本当人がいっぱいいるな……」






肝心な俺はというと、屋台で買ったフランクフルトを食べながら屋上で人間観察をしていた。人が大勢いる中で倒れたりしたら迷惑になると考えた俺は冬雪やアキたちの誘いを断った。少しだけ人の顔のモザイクが消えかかってはいるが、完全に治ったわけじゃない。







「文化祭が終わるまで暇だなぁ……」





真下の人の流れを見ていると、出入口のドアが開いた音がした。





「詩織ちゃん、どうしてここに?」





冬雪の妹 詩織が屋台で買ったであろう食べ物をメイド長の五月に持たせてこちらに寄ってきた。







「アキって人に桜ちゃんがここにいるって聞いて……来たらダメだった?」






あれだけツンツンしていた詩織がしおらしくなっていた、胸に抱いていたわだかまりが姉妹同士で話をしたことで吹っ切れたんだろうか。





「いや別に構わないよ」



五月を出入口に待機させ、詩織は俺の隣に座ってきた。



「……私ね、冬雪お姉ちゃんに言われたの。私に言いたいことがあれば言えばいい、でも柊木くんだけは傷つけないでほしいって。前のお姉ちゃんなら言わなかったのに、桜ちゃんは凄い人だね」





「冬雪が俺を……」







俺は冬雪のことを忘れていたのに、お前はずっと俺を大事に守ってくれていた。情けないな本当に。





「ワガママ言って困らせた私がバカみたいに思えてきちゃった。私、これから友達のところに行くから後はお二人で仲良く話をしてね」





お姉ちゃんを傷つけたらタダじゃ済まさないと俺の耳元で囁いたあと、詩織は満足気な顔をして屋上から出ていった。そして入れ替わるように冬雪がやってきた。







「冬雪!? お前、友達と文化祭見て歩くんじゃなかったのか」







「そのつもりだったんですけど……詩織に無理やり連れてこられちゃって」







いざ二人きりとなると何を喋っていいか分からなくなる。記憶を取り戻す前は自然体で話せたのに今はもう無理だ、冬雪の顔を見るだけで顔が熱くなってしまう。お互い沈黙状態だったが、痺れを切らしたのか冬雪から口を開いた。





「……おかしな話ですけど、私はずっとずっと前から柊木くんのことは知っているんです」







「何となく分かってたよ」









「え、え? そうなんですか」







記憶を無くしていても、冬雪だけ初めて会うのに顔にモザイクがかかっていなかったのはどう考えてもおかしい。冬雪は顔を真っ赤にしながら取り乱していた。とても可愛い。







「冬雪と十年前から知り合いだったのに俺は記憶を失い忘れていた。こんな酷い奴なのに冬雪は俺をずっと傍に寄り添ってくれて本当に嬉しかった」









「柊木くんは酷い人じゃないですよ、記憶を失ってても私のために……あのときと同じようにヒーローでいてくれた。私が挫けそうになったら傍にいてくれて、悪い人からも私を守ってくれた。どんなに強い相手でも挫けずに立ち向かってくれる柊木くんが私は大好きです」





事故で記憶を無くして大好きだった冬雪のことを忘れても、冬雪は十年も俺を忘れないでいてくれた。性格には合わないのに無理してお姉さんぶるところも、可愛らしい物が大好きで俺に女装させようとする一面も含めて俺は冬雪が好きだ。だからこそ答えなきゃいけない、俺は……



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