第29話 西ノ宮詩織編5
01
詩織に言われたとおり、正面玄関に設置されたブザーを鳴らすと地響きを鳴らしながらドアは自動で開いた。
「ようこそ秋月さま、お待ちしておりました」
エントランスにはメイドや執事たちが数人待ち構えていた。出迎えといよりかは明らかに雰囲気が違う、これは確実に始末しに来ていると思えた。
「……歓迎してくれているならその物騒なもの見せないでくださいよ」
使用人たちは俺の忠告を無視し、野生の肉食動物のように目を血走らせながらジリジリと俺を壁に追いやろうと一歩ずつ近づいてくる。相手の人数はおよそ十人ほど、それぞれが殺傷能力は無いが大怪我を与えられるような武器を持っている。対して俺は何もなし、考えることは一つしかない。
「じゃ、そういうことで!」
「ま、待て!」
武器がない以上は少し距離を取るしかない。何でもいいから武器を持たないと前みたいに数の差を見せつけられるのが関の山だ。師匠の家の周りで外周を何回も繰り返したことで、圧倒的なスピードを出すことができる。息を切らしながら俺を追いかける使用人を横目に二階の空き部屋らしき部屋に入りこむ。
「これで……いいか!」
メイドが使うであろう掃除用具入れからモップを取り出す。これで相手と同じ土俵に上がれることができた。用具入れから音が鳴ったのを察知したのか、使用人たちが一斉に部屋に入ってくる。
「悪く思わないで下さいね、私たちも主人の命令には逆らえないので。貴方もメイドなら分かるでしょう?」
メイドは仕方ないと言った顔で俺に棍棒を向ける。
「ああ、だからといって主人を傷つけられたらこっちもやるしかなくなるんすよ」
相手がその気ならやるしかない。誰かのかけ声と同時に俺に目掛けて一斉に黒い塊が流れ込んでくる、途切れ途切れに顔が見えるときもあるが今は気にしてる暇はない。俺は部屋にあった置物を横に倒し、進路を妨害。突然のことで勢いを止めれなかった男の顔に汚いモップを叩きつける。背後に気配を感じ、そのまま棒の部分を押し出す。
「ぐっ……! 貴様!!」
うめき声を発してる奴を聞き流し、滝のように流れてくるのを俺はそのまま押し出していく。部屋から出ると右にメイド、左に執事と綺麗に分断されていた。真下に降りようと考えるが、降りたときの衝撃を考えると俺は一か八か勝負に出ることにした。
「――――それっ!」
俺はメイドの頭スレスレを飛び超え、壁にかけてあった鹿の剥製のツノに掴まった。そして勢いよく後ろから蹴りを入れると、ボーリングのピンのように倒れていった。
「……あぶなかったぁ!?」
ふと呼吸を整えようと瞬間、俺はいきなり一階のエントランスに引き戻される。
02
「いやぁ……お見事です。秋月さん」
先程までいなかったはずのエントランスに一人の女性が立っていた。俺を追いかけてきたメイドたちとは一味違うような雰囲気を出している、まるで糸を張り巡らさせて獲物を狙う蜘蛛のように見えた。両腕両足に絡まったヒモはどんなに暴れても中々外れることはない、これは明らかに大ピンチな気がする……
「アンタ一体誰なんだ……」
「私は詩織お嬢様に仕えるメイド長の五月と申します。秋月さんの噂は聞いていますよ」
五月と名乗った女は腰にまでかかった長い髪を靡かせ、ヒモに縛られている俺の元へ近づいてくる。
「……私、実は可愛い娘を糸で縛りつけて身動きできないようにするのが趣味なんです。体の自由が効かないとわかった瞬間、顔が恐怖に染まっていく彼女たちの姿。貴方はどんな声で泣くんですかね」
体の自由が効かないことを良いことに五月は俺の太ももをゆっくりと指先でなぞっていく。強引にヒモを切ろうとしたが、その動作がおかしかったのか彼女は指でなぞるのを辞めて舌で舐めた。赤の他人に自分の体を舐められるという行為は恐怖でしかなかった。好きでもない相手にゆっくりと時間をかけられて体に唾液をつけられる。男としてのプライドはズタボロだ、反撃すらできないなんて。
「ふふ、良い表情ですね。私だけ独占するのもアレですから冬雪お嬢様にも見てもらいましょう」
五月が持っていたデバイスには冬雪が映り出されていた。
『柊木くん!!』
「……くっ、冬雪!!」
……こんな屈辱感を味合わされているところを俺は前にも経験したことがあるような気がしてならなかった。今みたいな変態にやられるんじゃなくてもっと別の人間に。思い出せ、柊木桜!!
「どうですかぁ、好きな人に恥辱を見られるなんてツイていませんね。……柊木くん」
下卑た笑いをしながら、五月は太ももの上をまさぐろうとしてきた。コイツはこのままパンツに手をかけて、俺のアレを触ろうとするんだろう。男としてのプライドを折って、正真正銘女として俺を飼おうとしているのが目に見える。……冬雪の叫び声が頭に響く中で俺の脳内で失われた十年前の出来事が再生されていく。好きになった人が黒服の男たちに連れ去られていくのを見かけた俺は何も考えずに立ち向かった。だが結果は分かりきっていたことで、圧倒的な強さを見せつけられた。地面に頭をぶつけて、気を失っていく最中で今と同じように誰かの声が体中に響いていた。
「……ははっ、今さら思い出すなんてな」
あまりにもあまりにも遅すぎた。恥ずかしいことに十年前の俺は冬雪にとってヒーローそのものだったんだ。アイツが今までしてきた行動全てが俺が幼いころに行ってきたものの模倣。冬雪は俺に記憶を思い出させようとしていたんだ!
「うおおおおおお!!!!」
全身全霊、全ての力を体中に行き渡らせてヒモを全力で引きちぎった。
「そんな、バカな……」
「俺に恥をかかせた代償、きっちり払ってもらうぜ!」
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