第25話 西ノ宮詩織編 1 妹

 01



 昼休み、俺は冬雪と共に理事長室にやってきた。





「……俺がお前のオヤジに話をつけてくる」





「待って、柊木くん」



 理事長室の扉に手をかけようとすると、冬雪は俺の制服の袖を掴んで止めた。





「柊木くんに任せっきりはもうしないと決めたんです、……だから私も行きます」







 口では強い言葉を言っているけど、朝の様子から見ると冬雪は自分の父親を怖がっているようにも見える。現に手は震えている、でも冬雪は勇気を出して前へ進もうと決めた。もうあの時の俺とは違う、今度は守ってあげないと。

 俺は彼女を守るためなら何だってやってやる。だから俺はポケットに隠していたボイスレコーダーをもしもの時のために残す。



「わかるた。行こう、冬雪」





 震えていた冬雪の手を取り、俺は閉ざされた理事長室の扉を開ける。冬雪が幸せに楽しく学校生活を満喫できるように俺はアイツの父親を説得する。上手くいくかはわからないがやるしかない





「やぁ、待っていたよ二人とも」





 扉を開けると、まるで誰かから俺たちが行くことを聞いていたのか理事長はこちらの顔を真っ直ぐ見ていた。

 他の奴らと同じように理事長の顔もモザイクで隠れていた、だが一瞬だけ黒いモヤが晴れたような気がする。以前、会ったことがあるのか?





「アンタが冬雪の父親か?」





 顔にモザイクがかかっている以上、こうして相手に聞いておかないとどうも不安になってしまう。



「ああ、そうだとも。そういう君は娘のメイドさんの秋月さん……いや柊木くんかな」





「何で俺の性別を……!」





 性別がバレないように言葉遣いや仕草も練習したはずなのにどうしてバレたんだ!





「冬雪には監視役がいるって知ってるだろう? その子から聞いたんだよ」



 東雲か……俺の性別がわかったのは体育倉庫で押し倒されたときか。しくじった、冬雪だけの監視役だと思っていたら俺も監視の対象だったとは思いもしなかった。





「……退学にするつもりですか」





「大切な娘が大事にしてるメイドを退学にするわけないじゃないか。私が今まで冬雪に酷いことしてきたかい?」





 本人には冬雪の心を追い詰めている自覚はないのか口元を歪めて笑っていた。ボイスレコーダーを起動し、相手を揺さぶる言葉を放つ。




「アンタ、娘を傷つけてるって自覚ないんだな」



「自覚? ああ、あるよ責任重大な役割を持たせたことは悪いと思っているよ。でも、当主になるためには仕方がないことなんだ。才能ない人間にはやらせる訳がない、例えそれが公正な選挙であってもね」





「……学校内の居場所がないこともわかってるのか」







「ああ、知ってるとも。貧乏人の嫉妬で娘が虐められているんだろう、大丈夫私が彼女たちにキツく言っておくからメイドの君が心配する必要はないさ」





 冬雪の父親 西ノ宮優は冬雪がいじめられていることを理解していながら、娘を虐めた他の生徒たちに圧力をかけると平然と言いのけた。クラスメイトは冬雪のことを全く理解していない、でも父親がこれなら勘違いしても仕方がない。だってコイツは……悪人だと自覚していない。





「何もわかってないんですねお父様……」





 冬雪が彼に向ける目は肉親に向けるものではなかった、憎しみが篭った目で睨みつけていた。





「文化祭実行委員長は別の人にやらせるべきだ、冬雪にはもっと違う仕事があるだろ」







「なるほど、役職を外せときたか……いいだろう、君の頼みどおり冬雪の実行委員長の役職は解除する」





「え?」







「ただし、詩織たちに勝ってからの話だけどね」







「ごっめーん、遅れちゃった〜」





 後ろから気が抜けそうな声が聞こえ、振り返ってみると身長百六十に満たない冬雪よりも背丈が小さな女の子が立っていた。

 髪の両端に結ばれた大きな赤いリボンを揺らしながら、悪意のない晴れやかな笑顔で俺を見ていた。





「私の名前は西ノ宮詩織、冬雪お姉ちゃんの妹で〜す! よろしくね! 桜お姉ちゃん?」



 俺に向かって手を差し伸べられたから、咄嗟に反応して手を握る。



「冬雪お姉ちゃんに色目使いやがって……死ね……死ね……!」





 西ノ宮優と冬雪には聞こえないように小さな声で俺に呪詛を放っていた。美しい花には棘があると言うけど、これは殺傷能力が高すぎるだろ。









 02







 冬雪の文化祭実行委員長の役職を解くには妹の詩織に仕えているメイドと執事に勝たなくてはいけないと西ノ宮優は言っていた。

 後継者争いは暫くないだろうと考えていたが、まさか新学期早々に仕掛けてくるとは。西ノ宮家の当主は一体なにを考えているんだ。





「なぁ、冬雪。妹に仕えてるメイドと執事のことわかるか?」





 理事長室から帰る途中、俺は詩織に仕えている部下について冬雪に話を聞くことにした。冬雪の役職を解くのと同時に後継者争いを無くすという彼女の願いを叶えるためにも、俺は勝たなきゃいけない。それが冬雪に対する恩返しだ。





「しーちゃんに仕えてるメイドと執事は私にもわかりません。お父様の指示なのか、一切姿を見せないんです」





 妹の詩織は背丈と幼い言動からして後継者争いがどんなものかまだわかっていないように見える。恐らくは父親に調子の良いことを言われて、誘いに乗ってしまったんだろう。




「情報がわからない以上は動くことも出来ないな……」





 だからと言ってここで後継者争いから手を引いたら何もかも無駄になってしまう。冬雪のためにも、協力者を増やすしかない。





「アキと莉奈のとこに行こう、アイツらなら何か知ってるかもしれない」

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