第22話 にゃんにゃん警報

 01



「いらっしゃいませ〜、ご主人様」





「んほぉ〜、今日もリリィちゃんは可愛いねぇ」





 メイドカフェバイト生活一日目、俺は料理が出来るということで厨房に配属することになった。

 店内は相変わらず顔にモザイクがかかった客が多い。厨房に配属されたのを運が良かったと思いたいけど、今はそれどころじゃない。





「あのぉ……私以外に最近入った娘っていますか?」



 同じ厨房で働いているリサさんに話しかける。メイド喫茶めぐにゃんは皆、メイド服で接客や調理をすることを義務付けられている。馬鹿が考えた料理名が注文で来たら直ぐに作らないといけない。



「研修のとき、開店中はリサにゃんって呼びなさいって私言ったよね?」





「す、すいませんリサにゃん」





 ちなみにめぐにゃんは本名呼びではなく、源氏名で呼ばないといけない決まりがある。





「……サクニャン以外に新しい娘ねぇ、入ってはすぐ辞めちゃう娘多いけどあの娘はまだ長くいるわね」





 リサにゃんが指を指した方向を見ると、明らかにメイド服に着られている女の子が立っていた。

 莉奈は長身で顔の造りが外国人に近い、後ろ姿を見ただけで俺は直ぐにわかった。



「顔が綺麗なのは良いんだけど……接客を恥ずかしがってるからあの娘客に舐められてるのよ」





 莉奈はどうやら昼からの出勤らしく、四時間ぐらい働いて直ぐに帰っているらしい。勤務態度は真面目だけど、店独特の接客を恥ずかしがっているせいで莉奈にセクハラをしようとしてる客が後を絶たないみたいだ。





「誰も止めないんですか?」





「そりゃあ露骨にやってたら止めるけど……まだ何も彼女にやっていないからこっちからは注意はできないのよ」



 リサにゃんさんはこれが正しい判断だと言わんばかりに目を伏せた。

 セクハラをしそうとわかっているなら、徹底的にマークをして注意すればいいのに。店長は店を放り出して、タバコを頻繁に吸いに行っているせいで客は良い気になってるみたいだ。





「すいませーん、一番テーブルにゃんにゃん警報です!」



 ホールで何があったのか、注文係のみくにゃんが大慌てで厨房に走ってきた。



「に、にゃんにゃん警報?」





「リナにゃんが接客してるところでトラブルってことよ! 私、店長呼んでくる!」





 リサにゃんさんは作りかけの料理を放置してバックルームへと向かっていってしまった。にゃんにゃん警報を知っているのは俺と、厨房にいるにゃんにゃんメイドたちだが……誰も行こうとはしなかった。



「……私が行きます」



 役に立たない奴らめ、それでも人間かよ。

 みくにゃんと共にホールへ行くと、小太りの頭がまっさら土地になっている男が莉奈の腰に手を回していた。腰を触り、莉奈が嫌がっている顔を見て喜んでいた。





「ねぇ〜、リナにゃんさぁ〜いい加減に俺とデートしなよ〜。金ならいくらでもあるからさ〜」



 小太りハゲデブは手に持った札束を持って莉奈の顔を叩いていた。



「……や、やめてください!」





「妹さんのためにバイトしてるんでしょお? 他のにゃんにゃんから聞いたよ。リナにゃんみたいに可愛くてエッチなんだろうなぁ会わせてよ」





 俺は手に持っていたケチャップを小太りハゲデブの口に突っ込んだ。





「……お前なんかにアイツの顔拝める権利はないからな」





「あぼぼぼぼぼぼたっ!!?」







「え、柊木桜?! 何でここに」







 リナにゃんこと莉奈はここにいることは有り得ないという顔で俺を見つめていた。

 ……まさか初日で莉奈に会って、トラブルに巻き込まれるなんて思いもしなかった。







 02





「もう少しマトモなバイト選べよ……」





 あの後俺は見事に初日でクビになり、小太りハゲデブ男は警察に連れていかれた。





「ごめん、私普通のバイトがどういうものかわかってなくて……」





「冬雪のためにやったことだから大目に見るけどさ、もっとああいう奴にはガツンとやらないと」





「……男の人にあそこまで迫られるとどうしたらいいか分からなくなるの。本当情けないよね」







「誰だって怖がるのは当然だよ、そんなに気にしなくていい」







「……私ね、妹に頼られる姉になるのが夢なんだ。柊木、もし良かったら私に体術を教えてくれない?」



 莉奈は真剣な眼差しで俺を見ていた。その目は嘘ではなく、本気で妹を想っている姉の顔をしていた。





「わかった、ただし冬雪と一緒に稽古してもらうからな」



 俺はその本気に答える義務がある。冬雪のメイドである以上、姉妹の言うことも聞かなければならない。





「いいの? 本当に? ありがとう! 柊木!」





 街中で人がいるのにも関わらず莉奈は俺に勢いよく抱きついてきた。



「ちょ、離れろって!」





 俺と莉奈が抱きついているのを見て、通行人は百合だ百合だと呟きながらカメラで撮影をしてきた。すごく恥ずかしい……

 まさか莉奈がこんなに感情表現が豊かだとは思わなかった。



「……妹に頼られる姉になりたい、か」



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