第19話 冬雪と水着選び 夏休み編中編

 01





 夏休みに入ってから初日、俺は高級デパート五条好(ゴジョウスキ)にいた。

 五条好は昭和初期から現代まで続いている歴史あるデパートで、俺みたいな一般庶民はたまにしか出向くことが出来ないような敷居が高い場所だ。それなのに……それなのに



「わざわざ水着買うだけなのに貸し切らなくてもいいのに……」





「お嬢様は知っている人以外に自分の体を見られるのが嫌なので」





 冬雪直属のメイドだった四ノ宮さんはこの高級デパートを冬雪の水着買うためだけに、一日貸し切ることを決めた。

 俺が冬雪といっしょに水着を買いに行くことを伝えると、一時間もかからずに五条好の支配人に連絡をかけるんだから本当親バカもいいところだ。だが、それも含めてこの人の良いところなんだから。







「もう、私と柊木くんだけでいいって言ったじゃない」



 冬雪は口を尖らせながら、四ノ宮さんに文句を言っているが内心嬉しそうに見える。



「男の人と2人きりになったら何されるかわかりませんよ、ねぇ柊木くん」



 四ノ宮さんに言われて、俺は中間試験前の出来事を思い出す。あれは冬雪が学校に大事なものを忘れて、いっしょに取りに行ってそれから……冬雪を押し倒してしまった。

 気のせいか、四ノ宮さんの顔の表情が一瞬だけ消えたような気がする。あまり目を合わせたくない。





「そ、そうだ。冬雪は水着決めたのか?」





 冬雪が手に水着を持っていることを見た俺は無理やり話題を変える。





「はい、あの良かったら柊木くんに私が似合う水着を選んでもらいたいんです……」



 女の子が着る水着を俺が決める、つまりこれは俺のセンスが求められているんだ。冬雪に似合わない水着を選んでしまったら一生の恥。莉奈にも怒られてしまうのが目に見える。



「……わかった、俺に任せろ」





 試着室へと冬雪が入っていったのを見計らって、四ノ宮さんが小声で俺の耳元に話しかけてきた。彼女の息が耳に入っていき、俺は少しドキドキしてしまう。





「ちゃんとあの子に似合う水着を選んでくださいね? 一番出かけるのを楽しみにしてるんですから」



 顔に出さないだけで、冬雪は俺との出かけを楽しみにしてくれているのか。莉奈はいるけど俺もその仲に入れてもらえるレベルになったと思ってもいいんだろうか。







「どう、かな?」





 試着室から出た冬雪の声が聞こえたから、振り返ると俺は思わず口を押さえてしまった。

 最初に着てきた水着は明らかに冬雪には似合わないと断言していいぐらいセクシーだった。

 水着の布の面積が少し小さく、冬雪の真っ白な肌や手のひらサイズの胸が顕になっていた。肝心なところは隠せているが、童顔の冬雪にはこんなセクシーな水着は似合わない。





「これはアウトだ、だめだよ」







「どうしてダメなんですか? 結構可愛いと思いますけど……」





「……冬雪を好奇な目で見させたくない。嫌な思いはさせたくないんだ」



 企業の資産家が集まったパーティで冬雪はアイツらから好奇な目で見られた、俺は辺り一面モザイクだらけで気分が悪くなっていたけど冬雪は俯いていた。もうあんな想いはさせちゃいけない、ボディーガードなら当然のことだ。



「そ、そうですか。そうですよね、私も似合わないと思っていたので!」




 肌を隠しながら、冬雪は急いで試着室へと戻っていった。

 続いて、冬雪が着てきたのは可愛いらしいリボンが着いたビキニだった。さっきと比べると、布の面積は多いし、それに心做しか冬雪の表情もさっきよりは表情が明るめに見える。





「俺はこっちの可愛いらしい方が……好き、かな」



 冬雪を前にして好きというのは些か恥ずかしいものがある。以前も同じような言葉を言ったような気がしてならない、冬雪を前にすると自然と胸がドキドキする。





「……柊木くんがそう言ってくれるなら、私これにします。ありがとうございます!」



 俺は生まれて初めて他人が自分に心から嬉しそうに笑ってくれた姿を見ることができた。その初めてが冬雪で良かった。冬雪が笑った顔は俺にとって大事な宝物になりかけていた。









 02





 夏休み二日目、俺と冬雪はアキと莉奈と共に夏油リゾートホテルにやってきていた。

 夏休みということで宿泊客が沢山いて、俺は思わず吐きかけたが我慢した。今日は思う存分冬雪を楽しませないと。





「やっぱ男物の水着だよなぁ、なあ桜」





「お前、わかってて言っているだろ」





 ホテルでチェックインを済ませたあと、俺たちは水着に着替えて大規模プール施設にやって来た。灼熱の太陽に黒いモザイク塗れの人間が浮かぶプール、俺にとってはかなりの地獄だ。

 幼いころからずっと慣れてきたことだが、俺がプールに行くといつも体をジロジロ見られれる、そんなに女の子に見えるのか……?





「さ、冬雪。お姉ちゃんといっしょに思いっきり遊ぶわよ!」





「待ってよ、お姉ちゃん!」





 今まで継承戦のせいで中々話せなかった姉妹が、夏休みにいっしょになって遊べるぐらいに仲が戻ったと思うと俺は嬉しくてたまらなかった。

 俺やアキは流れるプールに入った二人の後をついていきながら、今後の話をすることにした。





「今のところ、妹の方から何か仕掛けてくることはないのか?」





「ああ、他の執事に監視してもらってるが変な動きはないな。同年代の友達と仲良く遊んでるよ」





 冬雪、莉奈の妹、詩織。中等部の二年生らしいがまだあまり情報がない。

 アキと戦ってから一ヶ月も経とうとしているのに未だに動きがないなんてあまりにも不穏すぎる。



「ちょっと二人とも! せっかくの夏休みなんだからハメぐらい外したらどうなの?」





 俺とアキが遊んでいないことに不審に思ったのか、莉奈は振り返りざまに水をかけてきた。



「おい、やったな〜!」





 アキは笑いながら莉奈よりも倍にして水をかけ、俺もすかさず追撃をかける。

 ああ、俺が求めていた普通というのはこれだったかもしれないな。友達と楽しくワイワイやりながら、夏という短い時間を過ごしていく。これほど楽しい思い出はもうないだろうと思うほど、俺たちはプールを満喫した。











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