第14話 西ノ宮莉奈編⑤ 決着
01
錦戸アキと出会ったのは中学生のころだ。俺はある事故の後遺症で他人の顔が認識出来なくなり、人との付き合いを控えていた。最初はグループから孤立していた俺を迎え入れようとしてくれた人間もいたけど、俺は他人の顔が覚えられないせいでよく人違いを起こしていた。そのせいで親切にしてくれたヤツらは、俺を気味の悪いものとして"名前を呼んではいけない人間"扱いをし始めた。
風邪で休んでいても、大事な連絡事項は一切連絡をしない。体育の時間は俺をいない者として教師も含めた意地の悪い人間が俺を嘲笑う。そういう扱いに慣れていた俺は怒りもせず、泣きもせずずっと我慢してきた。あと一年経てばクラス替えだと思うようにしていたある時、俺を救ってくれた人がいた。
ソイツは男女問わず人気者でスポーツ万能の天才だったのに嫌われ者の俺に手を差し伸べた。……俺が人の顔を覚えることができないことに気づいたアキは毎回毎回セリフを変えて自己紹介を何度もしてくれた、どんなに忘れられようとアイツは俺を友達として扱ってくれた。それが嬉しくて、他の人にも認められたくなった俺はその人の仕草や特徴を見て個人を認識できるようになっていた。時間さえかければ個人の認識も出来るようになる、きっとみんな見直してくれるはずだと思い込んだ。
だが努力をしても、"人の顔を覚えられない異常者"の評判は変わらなかった。気がつくと、自分を受け入れてくれる人だけ顔が見えるようになっていた。それ以外はみんな、顔にモザイクがかかっている。俺を受け入れてくれる人だけが友達でいてくれたらいい、冬雪と出会う前の俺はそう考えていた。
「……アキはみんなと違う人間だったから友達になったんだ。今まで黙ってて悪かった」
アキは俺が弱音を吐いたのに嫌な感情を出さずに天井に響くような笑いを出した。
「何となくわかってた。でもまあ、あからさまに媚びてくるヤツらよりかはお前はまだ普通の人間だよ」
人間という生き物は自分に気が合いそうな人間と友達になったり、自分を引き立てさせるために容姿が悪い人と友達になるなど人によって友達になる理由は様々だとアキは言った。……俺を普通の人と言ってくれたのは冬雪とアキだけだ。
冬雪は俺が立ち上がった姿を見て、声を荒らげた。普段から大きな声を出したことがないのか、声が裏返っていた。
「私は……姉妹で殺し合いなんかしたくない! だから柊木くん、絶対に負けないで!」
俺が自分を異常者ではなく、普通の人間ということをアキを通してわかったように冬雪もまた自分の答えを見つけたようだった。殺し合い上等の跡継ぎ争いを壊すために当主になるか……応援をされた以上は勝たなきゃ意味無い。
「クズはクズなりに勝たせてもらう。あれだけ応援されたら勝つしかないからな」
俺は再び戦いの火を心に点ける。体全体の動力を最大限に起動させ、ボロボロの体を無理矢理起こす。目は霞んできたがまだアキの顔はハッキリと見える。アキには一切の作戦は通用しないのは分かりきっている。さぁ、心を無にして戦え。
「俺はな、お嬢には感謝しきれないよ。ずっと戦いたかった奴と本音と本音で殴り合いが出来るんだからな」
すぅっと息を吸い込んだかと思えば、豪快に音を立てて空気を吐き出し、俺に本音をぶつけてきた。
「」
02
凡人の気持ちは凡人にしかわからないように天才にも天才にしかわからない悩みはある。何をしても完璧にできる天才肌のアキの周りには色々な人間がいた。アキといれば、自分も同じ才能ある人間だと周りが勝手に思ってくれる。周囲はアキの能力を称え、彼自身を見ずに重いプレッシャーをアイツに与えてきた。
天才なんだから才能のない人間と付き合うべきではない、お前は人の言うことを聞いていればいいとアキの両親はアイツにずっと自分を殺す呪いをかけていたのは何となく知っていた。でもまさか俺を羨ましく思ってたのは知らなかったな、アキと出会う前の俺は人と触れ合うことが怖かったから他人を知ろうとは思えなかった。
「俺はずっとお前が羨ましかったんだよ、なぁ孤高の嘘つきさん」
アキは俺との殴り合いの最中にも、いつものように軽口を叩く。俺もまたアイツに習うように
「いい加減そのあだ名はやめろ。天才ナルシスト様がなに言ってんだよ」
錦戸アキという男は一人で孤立していた俺に話しかけた理由は一人でいるのが気楽そうに見えたからだと、初めて出会ったときに言っていた。周りの人間は薄気味悪い俺と付き合うのは辞めろと止めたが、アキは他のヤツらと違って意志を持って俺と友達になることを選んでくれた。
例え周囲から嫌われようが自分を押し殺すよりかはマシだ、その言葉を聞いた俺はなんて自分勝手な人間だろうと思っていたが今ならわかるかもしれない。アキは最初から俺がどうしようもないぐらい"寂しがり屋で嘘つき"な人間だということに気づいていた。
自分が改めてクズだということに気づけたのはアキのおかげだ。ようやく自分自身と向き合うためにも俺は必ず冬雪のために勝たなきゃいけない。既にお互い体がボロボロなこともあって、最後の一撃を準備するのにも一苦労だ。
さっきまで喋っていたアキも口を閉ざし、俺がどう仕掛けてくるかを伺っていた。俺がまだ策を考えているかもしれないと思ったかもしれないが、何も考えていない。"正攻法"ではアキには勝てない。
「うおおおおお!!」
俺の眉間に目掛けてアキは長い足を振り下ろし、隙をついて俺は男として大事な部位に膝を入れる。そう、今の俺は男の柊木桜ではなく"秋月美颯"という女の子だ。
「お、お前……卑怯だ、ぞ……」
信じられないという目で俺を見ながら、アキはついに倒れた。そして同時に俺もまた電源切れのようで、意識を暗闇へ落としていく。
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