幕間 ~『第二王女による値踏み』~

『第四章:魔王の誕生』



 アトラスたちが執行官に任命される姿をヴェールの向こう側から眺めていたのはマリアだけではなかった。


 第二王女のクレアもまた貴賓座で試合を楽しんでいた。


「凄い試合だったわね」


 背後に控えていた護衛のホセに同意を求める。彼は傍まで寄ると、声が他の者に聞かれないように顔を耳に近づける。


「だからこそ厄介ですね。あのアトラスという男。膨大な魔力量に、王国格闘術の組み合わせ。テロンが敗れるのも無理はありません」


 ホセの目から見てもアトラスの実力は学生の枠を超えていた。少なく見積もっても国内トップクラスの冒険者相当の力がある。


「でも魔力と体術だけでテロンが敗れるかしら?」

「アトラスという少年ですが、最弱の回復魔術師と呼ばれていたそうです」

「あの実力で最弱? 冗談でしょ?」

「妬みや嫉妬による風説でしょうが、その根拠となる情報が一つだけあります」

「根拠?」

「彼はカスリ傷さえ治せない《回復魔法》の使い手だそうです」

「……きっとそれが強さの秘密ね。カスリ傷を治せない代わりに、強力な魔術を手に入れたと考えるのが自然だわ。その力でテロンを倒したのね」

「さすがはクレア様。ご慧眼です」


 魔術師にとって弱点は強みの裏返しである。その弱点が致命的であればあるほど危険を警戒するのが一流の心構えであった。


「ねぇ、あの子、仲間にできないかしら?」

「無理でしょうね」

「大金を積んでも?」

「残念ながら」

「貴族の地位も用意するわ」

「無駄ですよ。なにせ彼はフドウ村でテロンと戦ったのですから。利害だけで動く人間ならば、テロンほどの強者と敵対はしません」


 仮に勝つ自信があっても、魔術師同士の闘いは条件次第で優劣が逆転する。感情を抜きにすれば、見ず知らずの村人のために命を賭ける理由はない。


 故にアトラスという男が、正義を動機にしてテロンと戦ったことに疑う余地はない。そんな人間が金や権力に媚びるはずもない。


「なら脅迫はどうかしら?」

「可能性はあります。ですが仕込みに時間がかかりますし、裏切られる危険から使い捨ての運用になります」

「リスクを考えると、仲間にするより潰した方がよさそうね」

「それが利口かと。なにせ我々と違いマリア様には味方が少ない。彼を倒せば、再びパワーバランスがこちらに大きく傾きます」


 クレアにはホセを始め、支援者が数多くいる。しかしマリアには戦力となり得る味方はアトラスたちしかいない。


 彼を排除することがそのまま両陣営の勝敗を決めるに等しいのだ。二人は頭の中で策を講じる。


「私、良い案を思いついたわ」

「奇遇ですね。私もです」

「あの子を利用するのね?」

「はい。我々の忠実な手駒を動かしましょう」


 クレアたちはリング場で跪いているアトラスたちに視線を向ける。


「うふふ、まさかお姉様も採用した執行官の中に裏切り者が混じっているとは思わないでしょうね」


 獅子身中の虫は単純だが強力な一手だ。敵陣営の情報を手に入れることができる上に、そのまま刺客とすることもできるからだ。


「でも残念ね。あれほどの逸材を殺すしか手段がないなんて」

「それならばもう一人の逸材を拾われては如何ですか?」

「まさかウシオって子?」

「はい。彼の実力も中々のモノです」


 ホセの提案に、クレアはう~んとうねり声を漏らす。


「やっぱり駄目ね。負け犬を執行官にするのは生理的に受け付けないわ」

「執行官にする必要はありません。あくまで利用するだけです」

「利用?」

「学年最強と聞いていたので、事前に彼については調べていたのですが、何でも『時計爆弾』という魔術を使えるそうです」


 対象に触れることで設置することのできる時限式の爆弾。これを活かした謀略をホセは口にする。


「面白いアイデアね。でもそれだと決定打に欠けるわ」

「それについても考えています。彼の魔法は攻撃系です。ならば我らの力で、新たな魔術を授けることが可能です」

「うふふ、テロンにも使った、あの手を使うのね」

「そのために吊るすニンジンも考えてあります。きっと彼は我らのために立派に働いてくれるでしょう」


 クレアとホセは気絶しているウシオを見下ろす。無機質な目に込められた感情はまるで便利な道具でも見ているかのようであった。


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