第三章 ~『地に落ちたウシオの評判』~


 真っ暗な視界に僅かな光が差し込んでくる。耳には少女の泣く声が届き、身体が揺らされていた。


「~~ぅ……だ、誰だよ、五月蠅いなぁ」

「アトラス、無事なのね!」

「ルカか。おはよう……ってどうして泣いているんだよ?」


 欠伸を漏らしながら目を覚ますと、ルカが瞳を充血させて泣いていた。


「死んだとばかり思っていたのよ! 生きていると知ったら、泣くに決まっているじゃない!」

「それもそうか……」

「でも生きているならどうして連絡してくれなかったのよ!?」

「まさかこんなに心配してくれているとは思わなくてな。後で言えばいいかなって」

「馬鹿ぁ! 心配するに決まっているじゃない! アトラスは……ぐすっ……私の大切な人なんだから!」

「……本当、俺には勿体ないくらい良い奴だよな」


 自分のために涙を流してくれる幼馴染に感謝する。


「それでアトラスはどこで何をしていたの?」

「ダンジョンで魔物と戦ったりしていたな」

「それでなのね。雰囲気が以前と違うわ」

「そんなに変わったか?」

「言葉で表現するのは難しいけど、逞しくなった気がするわね」

「逞しくか……あんだけ殺されれば、そりゃ雰囲気も変わるか……」

「殺されってどういうこと?」

「何でもない。こちらの話だ。それよりさ、時間大丈夫か?」

「まだ授業が始まるまでに余裕はあるわね。でもクロウにも無事だってことを教えてあげたいし、早めに行きましょうか」


 アトラスは身支度を済ませると、ルカと共に通学路を歩く。広葉樹が聳える並木道には学生の姿がチラホラと目に入る。


「なぁ、なんだか俺たち見られてないか?」

「きっとアトラスが原因ね」

「俺が? どうして?」

「実はアトラスはね、死んだことになっているの」


 確かに殺されたことは事実だが、死体が見つかっていないのに、死者として扱われていることに驚く。


「アトラスの実力ではダンジョンから生きて帰るのは不可能だと判断されたの。それで仲間を逃がすために命を張った英雄として、学園が盛大に弔いをしたの。それこそ上級生も一緒にね」

「学園でも有名な死人ってことか。そいつが通学路を歩いていたら、そりゃ見るなって方が無理な話だ」

「一躍、学園の有名人ね♪」

「嬉しくはないがな」


 ルカがクスクスと笑う。アトラスも最弱魔術師よりはマシかと、死人としての評価を受け入れる。


「ルカの隣にいるのはアトラスかい?」

「クロウ!」


 親友のクロウがアトラスの背に声をかける。振り向くと、そこには見慣れた金髪青目の好青年がいた。


「死人が歩いていて驚いたか?」

「いいや、アトラスは絶対に生きていると信じていたからね」

「ありがとな。やっぱりクロウは良い奴だよ」


 自分の能力を信頼してくれる仲間がいることは、心配されるのとはまた別の喜びがあった。


「それでどうやって生き延びたんだい?」

「魔物を倒したりしてな」

「道理でね。アトラス、君、強くなっただろ?」

「ふふふっ、図星だ」

「魔力を抑えているんだろうけど、内に秘めた魔力が感じさせるんだ。君は強いってね」

「学年で序列2位の実力者に褒められると悪い気はしないな」


 クロウはウシオの次に優秀な魔術師だと評価されていた。その彼だからこそ、アトラスの秘めたる実力を見抜いていた。


「でも強くなっても油断は駄目だよ。君は恨まれているからね」

「まさかウシオのことか?」

「ウシオはアトラスを犠牲にして逃げただろ。仲間を見殺しにした卑怯者だと、後ろ指を差されていてね。逆恨みされる可能性は十分にあるよ」

「忠告ありがとな。気を付けるよ」


 そう答えながらも、アトラスにとってウシオから恨まれるのは好都合だった。なにせ彼は一度ウシオに裏切られ、殺されているのだ。復活できたとはいえ、復讐心はしっかりと残っている。


 揉め事に発展する可能性は一つでも多い方が良い。それが報復へと発展するチャンスへと繋がるのだから。


「そろそろ学校だね。より一層注目も集まるよ」

「有名税だ。我慢するさ」


 三人一緒に学園の門を潜り、教室へと顔を出す。弔いを終えた死者の登校に、ギョッとした視線が集まる。


 アトラスたちが席に座ると、クラスメイト達が一斉に駆け寄ってきた。その目に嘲りは消えている。キラキラと尊敬で瞳を輝かせながら、彼らは問う。


「なぁ、どうやって生き延びたんだ!?」

「あの状況から生き残るなんてすげーな」

「ウシオでさえ逃げ出すのがやっとの状況だったのにな」


 教室がアトラスの話題で盛り上がっていく。その様子を恨めし気な目で見つめる男がいた。もちろん宿敵ウシオである。


「おい、退け」


 生徒の壁を押しのけながら、ウシオが近づいてくる。一学年最強と称された男が、最弱の回復魔術師と視線を交差させる。針で刺すような空気が満たされていった。


「久しぶりだな、最弱。元気そうで最低の気分だぜ」

「ははは、聞いたぜ。仲間を見殺しにして卑怯者扱いされているんだろ。そりゃ気分も悪くなる」

「――ッ……て、てめぇのせいで俺様がどれだけ迷惑したと思っているんだ!?」

「人を爆弾にして殺した奴が言っていい台詞じゃないだろ」

「うるせぇ! もう一度殺してやるよ、最弱!」

「やってみろよ、最強!」


 にらみ合う二人の魔力に敵愾心が含まれる。一触即発の空気を邪魔したのは、ルカとクロウだった。


「もしアトラスを虐めるようなら私たちが許さないわ」

「いくら一学年最強の君でも僕たち三人を相手にして勝てるかな」


 アトラスを庇おうとする二人に、ウシオはイラつきを抑えられないのか舌を鳴らす。


「邪魔するならやってやる! 手始めにてめぇらから始末してやるよ!」


 ウシオは手の平で小さな爆破を生み出し、アトラスたちを威嚇する。殺傷能力の高い魔法による脅しは、教室を恐怖で包み込む。


 しかしアトラス相手にその脅迫は悪手であった。自分の命以上に大切な友人たちを脅されて、黙ってみていられるような男ではない。


「おい、ウシオ」

「なんだ。最弱――ッ」


 アトラスの殺気を込めた視線を受け、ウシオは手を小刻みに震わせる。


「な、なんだ、てめぇ……本当にアトラスか?」

「俺がアトラスでなけりゃ、いったい誰なんだ?」

「……ぅ――クソッ、今回は見逃してやる! 俺様の優しさに感謝するんだな」


 アトラスの実力の一端を感じ取ったのか、彼は負け惜しみを残すと、背を向けて自分の席へと戻っていく。


「もしかして僕たちの助けは邪魔だったかい?」

「いいや、庇ってくれて助かったぜ。ありがとな」

「それにしても、凄い迫力だったね」

「たまたまさ」


 緊張感に包まれていた空気が時間の経過と共に緩んでいく。アトラスはちょっとした意趣返しができたと、口元に小さな笑みを浮かべるのだった。


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