幕間 ~『第二王女の憂鬱』~
『第三章:筆頭執行官の椅子』
王国の宝と称された白亜の王城。その城の中でも内庭のバラ園を見渡せる私室に、銀髪赤眼の少女がいた。
その少女こそ、王国の第二王女――クレアである。ピンクのドレスで着飾った彼女は、容貌こそマリアと瓜二つだが、性格の醜悪さが滲み出ている鋭い目つきが、折角の美貌を台無しにしていた。
「ホセ、急ぎの話とやらを聞かせてもらえるかしら」
クレアは紅茶を啜りながら対面に座る男に問う。
ホセと呼ばれた男もまた銀髪赤眼の美丈夫である。クレアの従兄であり、直系ではないものの、王族の血筋である。
「テロンが敗れました」
「はぁ?」
驚きで硬直した指が紅茶のカップを床に落とす。カップの割れる音が鳴るが、クレアの心はここに在らずだ。
「聞き間違えかしら。誰が敗れたと?」
「執行官のテロンがです」
「ありえないわ。テロンは王国でも指折りの魔術師よ。お姉様に倒せるはずがないわ」
「いいえ、マリア様ではありません。なにせテロンは殺されましたから」
「――――ッ」
マリアは虫も殺せない心根の持ち主だ。もしテロンが敗れたとしても、命を奪うような真似をするはずがない。別人による犯行だと断定する。
「フドウ村には用心棒がいたわよね。そいつの仕業?」
「いいえ、ありえません」
「あら? どうしてそう言い切れるの?」
「その用心棒なら私の手で始末しましたから。だからこそ言えます。テロンはあの程度の男に敗れるほど弱くない」
ホセの端正な顔が怒りと悲しみで軋む。クレアもまた仲間の死を悼むように、小さく息を吐きだした。
「敵の正体は分かっているの?」
「村人から聞き出しました。エルフを連れた冒険者のアトラスという少年です。ただ……」
「ただ?」
「冒険者組合に問い合わせましたが、そのような男はいないとのことです」
「冒険者が嘘なのか、偽名なのか、どちらかね」
「おそらくは偽名である可能性が高いかと。なにせ冒険者以外でエルフを連れている男がいれば噂になりますから」
「納得の理由ね。探す当てはあるの?」
「エルフを連れている上位の冒険者から探すつもりです」
「テロンを倒すほどの冒険者なら当然ね」
「しかも本気のあいつをです」
「本気?」
「テロンの死体には右手がありませんでしたから」
「――ッ……つまり必殺の魔術を使っても倒せない相手ということね」
「そうなります」
テロンの魔術は右手を犠牲にすることで、一万本の剣を雨のように降らせる技だ。並みの魔術師では死を免れることはできない。
「あの魔術を正面から防ぐことは困難だわ。もちろん躱すこともね」
「想定される魔法は『幻術』、もしくは『無敵』ですね。これらの魔法を扱える者は数も多く、テロンとの相性も悪いですから」
「レアな魔法は……挙げればキリがないわね」
魔法は無限の可能性だ。どんな使い手がいて、どんな魔法があるのか、すべてを把握している者はこの世にいない。
だからこそ限定された条件の中から可能性を探る。
「でも冒険者の中から見つかって欲しいわね。最悪なのは、お姉様の執行官になっているケースよ」
「それは厄介な事態ですね」
王女は執行官という直属の部下を持つことができる。執行官の強さこそが王女の力そのものであり、次期女王となるためには優秀な執行官を集めることが一番の近道であった。
「お姉様は落ちこぼれの魔術師だけど、民からの人望だけはあるわ。もし優秀な執行官が味方に付けば、強敵になることも考えられる」
「優秀な人物はさらに優秀な人材を引き寄せます。まともな戦力が整う前に動くべきかと」
「そうね……計画をさらに前へと進めることにしましょう」
クレアは口元に小さな笑みを零す。もしテロンを殺せるほどの男が敵陣営に加入したのなら、勢力図が変わるかもしれない。
巻き起こる混乱に期待を抱きながら、窓の外の薔薇園を眺めるのだった。
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