第一章 ~『整える魔術の準備』~
ゴブリンロードを撃退したアトラスであったが、魔物はダンジョン内を徘徊している以上、衝突は避けられない。
ゴブリンを倒しても新たな敵はやってくる。現に彼の目の前には、牙を剥き出しにするドラゴンがいた。
「黒鎧はドラゴンを一撃で倒したんだ……こいつに勝てなきゃ、スタート地点にさえ立てない」
巨大な翡翠色のドラゴンを前にして構える。このドラゴンは龍種の中でも下位なのだろう。ゴブリンロードと違い魔力を扱うことはできない。
しかし体長は自分の数十倍もある巨体である。魔力なしでも十二分に脅威となる。
「やはり俺も男だな。ドラゴン狩りにワクワクしている」
折角の機会だと、魔力で強化した超スピードでドラゴンの懐に入る。巨大が故に、機敏さを犠牲にしているドラゴン相手なら、間合いに入るのも容易い。
「魔術の実験体になってもらうぞ」
発動させたのは『時計爆弾』。ウシオに殺された魔術である。この魔術は触れてから発動までの時間が長いほど威力が増すが、それだけでは縛りとしては弱い。確実に発動するのでは、時間が大きな欠点とならないからだ。
時間をリスクと捉えるなら、もう一つ必ずセットで必要な縛りがある。それは解除条件だ。
これならば時間内に解除されないように振舞う必要があり、爆発までの時間が明確な欠点となる。
「もし俺がウシオの立場なら解除条件をどう設定するか……答えは一つだ」
ウシオは自分の実力に絶対の自信を持っている。なら自分にとってありえない結果、つまりは自身へのダメージを解除条件に設定するはずである。
ドラゴンが敵意を剥き出しにして、アトラスに爪を振るう。単純な質量の衝突を、魔力による防御の鎧を最低限にして受け止める。
吹き飛ばされたアトラスは回復の魔術によって傷を癒すが、ドラゴンに設置した『時計爆弾』は解除されていた。予想は確信へと変わる。
「ダメージを受けることによる解除条件は、知られると効果が半減だな」
察しの良い敵ならば、解除条件に気づく者も現れるだろう。だがもし敵が気づかなければ、アトラスから距離を取り、時間の経過を待つだけで勝利を得られる可能性さえある。
「利点と欠点は把握できた。ドラゴンとの闘いはこれで十分だな」
手をドラゴンへ翳すと、魔力を炎に変えて放つ。単純な肉体の防御で耐えられるような火力ではない。ドラゴンは苦悶の声をあげながら、全身を焼かれる。
力尽きたドラゴンは息絶えて倒れ込む。彼の実力は既にドラゴンでさえ、モノともしない領域へと到達していた。
「ドラゴンの死骸……動いてないかっ……」
死後硬直の蠕動かとも思ったが、ジッと注視することで違うと分かる。大きな魔力を持つ魔物がドラゴンの体内に隠れていたのだ。
「聞いたことがある。魔物の中には、他の魔物に寄生しながら暮らす魔物がいると……」
ドラゴンの口から飛び出してきたのは、白銀の甲冑だった。手の籠手がないため、本来なら肉体が見えるはずだが、半透過の液体が手の形を象っていた。
「こいつはアメーバって魔物だな」
アメーバは肉体を自由に変形できる。その特徴を活かし、ドラゴンのような大型魔物の体内に侵入し、隠れていることが多い。
「甲冑はこいつの魔法か……」
変形できるのはあくまでアメーバの身体だけ。ドラゴンの体内に甲冑を持ち込むことはできないため、外に出ると同時に生成したと考えるのが自然だ。
「甲冑を生み出せる魔法か……選択肢は数多くあるが、可能性が最も高いのは《服飾魔法》だな」
《服飾魔法》は使い手の多い主要な魔法の一つで、魔力から衣服を生み出すことができる。
その衣服は多岐に渡り、パーティー用のドレスから戦争用の甲冑まで何でもござれだ。仕立屋泣かせの魔法とも言われている。
「攻撃用の魔法を使うわけでもないし、楽に倒せる相手だな」
アメーバが操る甲冑が動き出し、アトラスを襲う。その動きは鈍重で、目を瞑っていても躱すことは容易い。
しかし甲冑は殴るでもなく、蹴るでもない。予想外の行動に出た。彼を逃さぬように抱き着いたのである。
「いったい何の真似だ……」
困惑していたアトラスに、アメーバは答えを示す。彼の口から身体の中に入り込もうとしたのだ。
「俺の身体を乗っ取るつもりなら甘かったな」
アトラスは自分の手で首を絞める。アメーバの身体を食道から先へ進ませないようにするための行動であった。
しかし次の瞬間、焼けるような痛みが彼を襲う。口の中から突き刺すような刃物が現れたのだ。
口から異物を吐き出すと、針鼠のように鋼鉄の棘で覆われた球体が飛び出してきた。
「クソッ、意識が……」
口腔内で伸びた針は、食道や舌にも大きな風穴を開けていた。串刺しにされた痛みと出血で視界が暗くなっていく。
だがすぐに視界は明るくなり、口内の傷も治癒される。死んだことで蘇生したのだと察する。
「まさかこんな方法で俺を殺せるなんてな」
これだから魔術師同士の闘いは油断できない。気を取り直し、足に魔力を込めて、棘の球体を蹴り上げる。中にいるアメーバごと球体は粉々に破壊された。
「倒すには倒せたが、勝った気がしないな。ただ《服飾魔法》が手に入ったから良しとするか」
裸同然の格好をどうにかしたいと思っていた彼にとって、《服飾魔法》は天からの恵みだ。どんな服を生み出すべきか頭を悩ませる。
「学生服でもいいが、折角のダンジョンだしな。冒険者風の服装も悪くないか」
ダンジョン内では体温調整のために外套を着ることが多く、暗いダンジョン内で敵から発見されないように、黒を基調とした服が好まれる。
「正義の白が理想だが、汚れが目立つしな。黒で我慢するか」
服は人に安心感を与えてくれる。格好だけでも合わせることで、自分が熟練の冒険者になれたような気がした。
「それにしても今回の戦いは教訓だな。魔法や魔術は工夫でいくらでも応用が利く。自分の戦力を把握するためにも、会得した力を整理するか」
アトラスは頭の中で習得してきた魔法と魔術を思い返す。
――――――――――――――――――
《回復魔法》
魔力によって傷を癒す力。
魔術:『死んだことさえカスリ傷』。どれほどの外傷を受けても、カスリ傷に変える力。死ぬと自動で発動し、死因となった魔法や魔術を会得することができる上、最大魔力量も増加する。どのような制約があるかは不明。
《爆裂魔法》
魔力を爆破させる力。
魔術:『時計爆弾』触れている対象を爆弾に変える。起爆するまでの時間が長ければ長いほど威力が上昇。一定以上のダメージを術者が受けると解除される制限あり。
《炎魔法》
魔力を炎に変える力。
魔術:なし
《収納魔法》
魔力を収納用の空間に変える力。
魔術:『収納空間』自分の半径一メートル以内に収納用の空間を開く。両手を合わせた時間が長いほど空間に収納できるモノの幅が広がる。空間内には無生物しか収納できず、無理矢理押し込もうとすると、その生物は死亡する。
《斬撃魔法》
魔力に切れ味を持たせる力。
魔術:なし
《服飾魔法》
魔力から衣服を生み出す力。
魔術:なし
――――――――――――――――――
「魔法のバリエーションは十分すぎるほどに増えた。魔力量も負けていない。リベンジするための準備は整った」
アトラスは宿敵との再戦のために、黒鎧の元へと向かう。扉を守護するために座り込む彼へゆっくりと近づく。
「久しぶりだな、宿敵!」
アトラスは以前の自分とは違うと誇示するように魔力を開放する。刺すような魔力に警戒するように黒鎧が立ち上がると、背中から大剣を引き抜く。
「俺は本気で戦いたいんだ。玩具は捨てろ」
アトラスの言葉を理解したのか、黒鎧は大剣を捨てる。魔力を斬撃に変えられる黒鎧にとって、剣は小回りをなくすだけの重りにしかならない。
「素手と素手、魔術と魔術で殴りあおうぜ」
二人の強者が相対する。互いのすべての力を総動員した殴り合いが始まろうとしていた。
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