かすり傷さえ治せないと迫害されていた回復魔術師。実は《死んだことさえカスリ傷》にできる最強魔術師でした!
上下左右
第一幕:王位争奪編
プロローグ ~『追放された最弱の回復魔術師』~
『プロローグ:追放された最弱の回復魔術師』
他人から感謝されたい。それがアトラスにとって何よりの喜びであり、行動原理でもある。だからこそ彼は自分の非力さに歯痒さを感じていた。
「カスリ傷さえ治せない回復魔術師に存在意義なんてあるのかよ」
「やっぱりアトラスは無能だな」
「役立たずは酸素の無駄だから息止めて死ねよ」
「ざぁ~こ、ざぁ~こ」
クラスメイトたちから嘲笑されるが、アトラスはそれを黙って受け流すほど温厚な男でもない。
群れの中心にいるクラスのリーダー格ウシオを睨みつける。丸太のように太い腕と、鋭い目付き、それと天然パーマが特徴的だった。
ウシオは学園において、一年生最強と称される魔術師である。一方、アトラスは世界でも数えるほどしかいない《回復魔法》の使い手でありながら、カスリ傷さえ満足に治癒できない、『ポンコツ魔術師』と称されていた。
最強と最弱。水と油の関係の二人は犬猿の仲だった。
「ウシオに俺を馬鹿にする資格はないだろ。そもそも肘を擦りむいたから治してくれと頼んできたのはお前なんだからな」
「治せてねぇから馬鹿にしてんだろ」
「だとしても先に感謝しろよ。話はそれからだろ」
「……っぐ、俺様はてめぇのそういうところが大嫌いなんだよっ!」
ウシオは吠えるがアトラスは怯える様子を見せない。弱い癖に肝っ玉が太いところも、彼がアトラスを嫌う理由の一つであった。
「強がるのもいいが、てめぇはここがどこだか分かっているのか?」
「ダンジョンだろ」
「ならその意味も理解しているんだろうな?」
「もちろん」
ダンジョンは魔物が生息する洞窟であるため、冒険者と呼ばれる者たちが探索し、安全が確保されてからでないと一般開放はされない。
しかしアトラスたちがいるのは学園近くで発見された未踏破のダンジョンであり、冒険者による安全確保もされていない。
どんな危険が待っているかも分からなかった。
「ダンジョンは危ないから注意しろってことだよな?」
「馬鹿か、察しろ! 俺様が言いたいのはそんなことじゃねぇ!」
「まさかと思うが、『月夜ばかりと思うなよ』と同じ類の脅しじゃないよな? だとしたらセンスを疑うが……」
「――ッ……と、とにかくだ。ここは未踏破のダンジョン。生徒一人が消えても、不思議じゃねぇってことだ。特に俺様の《爆裂魔法》を使えば、肉片一つ残さずに消すことだって可能だ。それを理解したなら言葉遣いには気を付けるんだな」
ウシオは手の平で小さな爆破を生み出す。だがアトラスは脅しに屈することはなく、いつもと変わらない平静さを貫く。
「チッ、気に入らねぇな。本当に殺しちまうかっ」
「こらっ、アトラスを虐めたら許さないからっ!」
アトラスとウシオのいざこざに首を突っ込む少女がいた。赤髪赤眼の彼女は彼を庇うようにウシオの前へと立ちはだかる。
彼女は子犬のような可愛らしい顔付きをしているが、その瞳は飼い主を守る忠犬のように吊り上がっている。きめ細かな色白の肌と、西瓜よりもさらに大きい胸の二つの膨らみは異性なら誰もが魅了に感じるだろう。
だがその魅力が帳消しになるほどの怒気を身体から放っていた。如何にアトラスを大切に想っているかが態度だけで伝わる。
少女の名前はルカ。アトラスの幼馴染だった。
「心配しないでね、アトラス。私があなたを守ってみせるからっ」
「クククッ、相変わらず男を見る目がないな。そろそろ俺様に乗り換えたらどうだ?」
「お生憎様。私は自分の目を信じているの。アトラスはあなたなんかよりも、絶対に強くなれるんだからっ」
「アトラスが俺様より強くだってよ。笑えない冗談だ」
「いいえ、これは冗談ではなく確信よ。なにせアトラスは世界でも珍しい《回復魔法》の使い手なのよ。きっとまだ才能が眠っているはずだわ」
「クククッ、確かに《回復魔法》の使い手は珍しい。そこは認めてやるよ。だがな、アトラスに隠された才能なんか残ってねぇよ。なにせ新しい力を習得するための魔術容量がゼロなんだからな」
魔術容量とは魔術を習得するために必要な器のことであり、人によっては才能の器と表現することもある。
この魔術容量が多ければ多いほど新しい魔術を習得する余地が残されている。その魔術容量がゼロということは、これ以上伸びしろのない、現時点がピークであることを意味した。
「で、でも、魔力を増やせばきっと……」
「魔力量も学園最弱だろ」
「――ッ……そ、それでも、アトラスは私にとって正義のヒーローなんだもん」
「はぁ? なんだそれ?」
「アトラスは私が困ったときにはいつだって助けに来てくれたの。あなたなんかとは違うんだもん!」
「反論にすらなってねぇよ! なぁ、みんな!」
ウシオの呼びかけに同調するように、アトラスに対する嘲笑が強くなる。居た堪れない空気の中、ルカは立ち尽くすことしかできなかった。
「おい、無能な回復魔術師様は置いて、先に進もうぜ」
ウシオは取り巻きのクラスメイトと共にダンジョンの先へ進む。取り残されたアトラスの心中には惨めさが飛来するが、それ以上にルカは、悔しさから目尻に涙を浮かべていた。
「……ぐすっ……ご、ごめんね。アトラス、私が不甲斐ないばかりに庇ってあげられなくて……」
「いいや、悪いのは俺さ。俺が魔術師として未熟だから……もっと強ければルカのことも守れるのに……」
「アトラス……」
「それにさ、感謝しているんだぜ。俺はルカがいてくれるからヒーローを目指せるんだ。挫けずにいられるのも、そのおかげさ」
人は期待されるから努力できるのである。今はまだ力不足でも必ずウシオを超えるような魔術師になると、心の中で誓う。
「みんなと逸れると危険だし、追いかけるとするか」
「うん♪」
アトラスたちは周囲を土の壁に覆われた細道を進む。視界も薄暗くて不明瞭であるため、魔物が飛び出してきても不思議ではない。
「俺から離れるなよ」
「ふふふ、やっぱりアトラスも男の子だね♪」
「ま、まぁな」
アトラスは確かに最弱ではあるが、少女の後ろに隠れるような臆病者ではない。ルカの盾になるように一歩前を先導する。
「道の突き当りに人影が見えるわ」
「魔物かもな。注意して進むぞ」
ゴクリと息を呑んで、細道を進む。人影の正体が見える距離まで近づくと、そこで初めて安堵する。
そこにいたのは金髪青目の少年だ。スラっとした高身長と優しい顔つきは女性なら誰もがドキリとさせられるほどに魅力的だ。彼こそはアトラスやルカの親友であり、幼馴染でもあるクロウだった。
「クロウがなぜここに?」
「もちろん。アトラスたちが来るのを待っていたのさ」
「こんな道の途中で?」
「どうせ合流するなら、ルカと二人っきりの時間を与えてあげた方がいいかと思ってね。もしかして迷惑だったかい?」
「い、いや、そんなことはないが……」
クロウは端正な顔を崩して、ニヤニヤと笑みを浮かべる。お節介な性格の彼だ。何を言いたいのかは容易に察せられた。
「さぁ、お邪魔虫で悪いけど僕も参加させてもらうよ。三人で冒険を再開だ」
「俺は役立たずだから、戦力は二人だけどな」
「自分を卑下する必要はないよ。アトラスはやればできる奴だと、親友の僕が保証するから」
「ありがとな……でもさ、カスリ傷さえ満足に完治できないんだぜ。そんな俺の力が役に立つのかよ?」
「立つさ。なにせ日常では傷を負ってもカスリ傷が精々だけど、非日常のダンジョンならもっと大きな怪我を負うかもしれない……傷の癒せる回復魔術師がいれば、僅かな差で命が繋がるかもしれないんだ。回復量が少なくても、ゼロじゃないんだから。胸を張って、自分の能力を信じればいいのさ」
「本当、クロウは良い奴だよな。それにルカも。俺は友達に恵まれたよ」
「その台詞、なんだか死ぬ前兆みたいで不吉だね。でもまぁ、このダンジョンはランクも低いから心配しなくてもいいけどね」
「ランク?」
「ほら、さっきゴブリンが現れただろ。最弱のFランクダンジョンでよく出現する魔物だからね。きっとここも安全な場所さ」
ダンジョンはSからFまでランク付けされており、危険度が高ければ高いほどSに近づく。魔物の強さはダンジョンのボスである守護者の趣向によって配置されるため、必ずしもランクと一致するとは限らないが、概ね比例する傾向ではある。
「ねぇ、本当に未踏破ダンジョンに挑戦して良かったのかしら?」
「ルカは心配性だね」
「でも学園の周囲はかつて魔王が支配していた地域だって聞くし、もしかしたら守護者が魔王の可能性も……」
「ないない。魔王なんて御伽噺の産物さ。それに僕たちは魔術師なんだから。現れても返り討ちにしてやればいいのさ」
クロウの自信に満ちた声が、ルカの不安を拭い去る。だがすぐに心の底に仕舞ったはずの恐怖が呼び戻されることになる。ダンジョン内を反響するような悲鳴が前方から届いたのだ。
「誰の声かしら?」
「生徒の誰かだね」
「確認しに行くぞ」
きっとゴブリンのような魔物が現れ、大袈裟に反応しただけだと思いつつも、心のどこかには一抹の不安があった。
警戒しながら細道を抜けると、大きな円形の空間へと飛び出した。そこで凄惨な光景を目撃する。
「ドラ……ゴン……」
土肌のドラゴンが鋭い牙で生徒たちを食い散らかしていた。学生の力では到底及ばぬ強大な敵を前に、生徒たちはパニックに陥っていた。この例に頼りになる親友二人も漏れず、彼らまた恐怖で震えて動けずにいた。
「……っ……こ、怖いよ……アトラスッ」
「む、無理だ。ぼ、僕では……勝てないっ……アトラス、どうすればいい?」
二人の縋るような眼差しがアトラスに突き刺さる。恐怖はない。土壇場で動けずに、ヒーローとしての期待に応えられないことの方がもっと恐ろしいからだ。
「聞けええええっ!」
逃げ纏うクラスメイトたちの注目を集めるように大声で叫ぶ。反響した声は混乱に静謐をもたらし、一瞬の静止を生み出した。
「ドラゴンはその図体だ。細道まで逃げ込めば助かるぞ!」
「で、でも、そこまで逃げるには距離が……」
「だから時間を稼ぐ。ウシオ、聞こえているか?」
「なんだ、雑魚」
「俺とお前の二人で時間を稼ぐぞ。手伝え」
「なぜ俺様が……」
「最強のくせに怖いのかよ?」
「ぐっ、誰が怖いって。やってやる。ただしてめぇも逃げるなよ」
「当たり前だ」
アトラスは大きく息を吐き出す。圧倒的強者のドラゴンとの闘いは十中八九死ぬ運命だ。だが例え自分のことを馬鹿にしているクラスメイトたちのためでも、正義のヒーローならばここで命を惜しむことはない。
「アトラス、僕も手伝うよ」
「もちろん、私も」
「二人共、ありがとな」
アトラスの勇気が二人の恐怖を拭い去ったのか、震えが止まっていた。頼れる仲間たちと共にドラゴンを見据える。
「二人の援護はありがたい。ただ危ないと感じたら、俺のことは気にせず逃げろよ」
アトラスはクラスメイトを守るため、ドラゴンへと駆けだす。既に生徒の半数以上が食われている。被害を抑えるためにも、誰かが注意を引き付ける必要がある。
「ウシオ、俺がドラゴンの注意を引く。《爆裂魔法》で仕留めろ」
「クククッ、雑魚らしく上手く囮役をやれよ」
ウシオと合流したアトラスは全身から魔力を放ち、ドラゴンを見据える。敵意を剥き出しにする彼を前にして、逃げ纏う生徒から標的が切り替えられた。
「俺を食おうするドラゴンの隙を付いて目を潰す。そこにウシオの《爆裂魔法》だ。追撃はクロウとルカに任せた」
命懸けになる。だが勝算はゼロじゃない。どんな生物も目を潰されれば怯むのだ。そこに信頼する仲間たちの攻撃を加えれば、きっとドラゴンでさえ倒せるはずである。
「必ず生きて帰る。行くぞおおおっ!」
「クククッ、アトラス。行くのはお前一人でだ」
ドラゴンへと駆けだそうとするアトラスの襟首を、ウシオが背後から掴むと、そのままドラゴンの前へと放り投げた。
宙を舞い、地面に叩きつけられたアトラスは、ドラゴンの足元で残酷な言葉を聞く。
「ククク、無能なアトラスに時間稼ぎの囮役ができるかよ。だが餌として……そして何より素材としては役に立つ」
「は? 素材?」
「俺様の《爆裂魔法》はそのまま使ってもそれなりの殺傷力がある。だがドラゴン相手には威力不足だ。そこで必殺の魔術『時計爆弾』の出番になる。この魔術は時間経過のタイムラグと、仕掛けた対象を素材としなければならない制約を持つが、威力は通常の《爆裂魔法》の数十倍だ。ドラゴン相手の犠牲になれるなら、てめぇも本望だよな」
ウシオが魔術を発動させたのか、時計の秒針の進む音が聞こえてくる。音の発信元は身体の中からだ。
ドラゴンの注意が足元のアトラスに向かうと、ウシオはその隙に逃げ出していた。憎しみが心を染めるが、視界の端に捉えた大切な親友たちのために冷静さを取り戻す。
「クロウ、ルカを連れて逃げろ!」
「だが君は……」
「俺はもう無理だ。爆弾になって死ぬしかない!」
「駄目よ! アトラスも一緒じゃなきゃ、私もここに残る!」
ルカはアトラスの元へと走りだそうとするが、クロウは彼女の腕を掴んで、行かせない。
「このままだとアトラスが死んじゃう!」
「ルカ、アトラスはもう助からないよ。だから……彼の想いを踏みにじるなっ!」
クロウは下唇を噛み締めながら、腕を掴む力を強くする。ルカの瞳には涙が滲んでいた。
「頼んだぜ、親友! ここは俺に任せて先に行け!」
憧れた正義のヒーローになる夢は叶えられた。ルカを連れたクロウは細道へと逃げ込み、安全が確保された。
「どうせ死ぬなら最後までだ。俺を馬鹿にしていた奴らも助けてやる」
生徒全員が逃げ切るまで時間を稼ぐ。対峙するドラゴンは大きく口を開けて、噛み殺そうとするも、図体のせいか動きは遅い。ギリギリのところで躱す。いずれ死ぬことからは避けられないが、無駄死にだけは絶対に御免だ。
「アトラスくん、馬鹿にしてごめんなさいっ」
「雑魚だと笑ってすまなかった!」
「お前が生きて帰ったら、俺、土下座で謝るからっ」
すれ違うクラスメイトたちが礼を送る。命懸けの奮闘は彼らに今までのアトラスへの無礼を後悔させた。
「おい、アトラス。てめぇを除いて全員の生徒が逃げ切ったぜぇ~」
「ウシオ……」
「じゃあな、人間爆弾。恨んで枕元に立つなよ。その顔、二度と見たくねぇからよ」
「こっちの台詞だ、馬鹿野郎」
秒針の進む音が止まり、予定していた時刻になったのか鐘の音が鳴る。そして同時に全身を揺らすような衝撃と共に、爆発音が響いた。
爆発は地盤を崩壊させ、ドラゴンと共に地下へと落下していく。消え行く意識の中で、落下する重力と痛みを全身で感じるのだった。
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