神殿騎士マックス 2


きっと誰よりもエルマ近い存在であり唯一だと自負もあったが、3年前に現れたディビドの存在が時折心を乱す。


彼はいつの間にかエルマの懐に入り、忠誠を誓い彼女の願いを叶えるからだ。


とても自分にはできない部分...まるで置いてきぼりの気持ちになる。


しかもディビドはエルマを女性として見ている...冗談で言っている様に見せかけているかもだが間違いない。


ディビドはエルマを『可愛い、お嫁さんにしたい』と屈託も無くさらりと言ってのける。


そう言われてエルマも頬を赤くする姿を見てショックを受ける...マックスだってエルマの事を誰よりも可愛いと思っているが立場的にそんな事は言えないからだ。


エルマは『神の花嫁』という立場にあるため結婚はしないと言っていたが、ディビドならいつの間にか彼女を攫ってはいかないかと心配になる。


何故ならディビドはそれができる男だからだ、そういう能力を持っている...もしエルマが心変わりして何もかも捨ててディビドについて行ってしまったら...そう不安に感じるのだ。


不安だけでは無い...きっと嫉妬もある。


自分だけの唯一だったものがいつの間にか入り込み、信頼され、実力を発揮する...でもそれだけなのだろうか?


結構いろいろな目にもあったし、正直な所本当に見た目と性格が乖離しているが、一番苦しいと思っていたあの時に手を伸ばしてくれた恩人であり信頼して秘密を明かしてくれた人であり家族以上の存在である。


ジル殿下の事だって気に食わない、女性に好かれそうな見目麗しい姿もそうだし、エルマはジル殿下にとっても恩人であろうに何故毎回毎回エルマが怖がるのにいつも愛の告白を伝え身体に触れようとする所も嫌で仕方ない!


しかも中身は悪魔アスモデウスなのかもしれないのだ、今日倒したあのフォロカルという化け物と同じ、地下墓地で出現したアンデットよりも禍々しく強力な存在...それなりに強かったのにそれでも受肉の上で失敗していたせいでそんなに強く無い方だとディビドは言っていた。


もし悪魔になろうがエルマを命にかけても守るつもりではあるが、もし守りきれなけばエルマはどんな目にあうのだろうかと不安を覚える。


マックスは夜空をさらにしっかり見ようと兜を脱ぐ。


普段なら絶対にそんな事はしないが、標高の高いライゼンハイマーの夜空はとても綺麗で星がとても近くに見えた。


綺麗な星空を視界に邪魔もなく見ておきたかった。


暗闇ゆえ顔はぼんやり見えないが母親に似た黒い短めの髪と輪郭は14歳になったばかりの少年らしい輪郭だと分かる。


こんな星空を見ていると、エルマに出会って少しした時、まだいじめにあっていた時の事を思い出す。その時もめそめそと泣いていた。


そんな時、「遊びにいくよ!」と言われて無理矢理手を引っ張られながら連れ回され、街に出向いていると大人達が「エルマ様エルマ様!」と言ってはお菓子をたくさんくれるのでそれをエルマは肩掛けバッグに詰め込んで寺院の裏山へ足を運ぶ。


ちょっとした高さの山なのであっという間に上り切り空が真っ暗になるまでその場所にいて、そこで貰ったお菓子を食べながら「今日もヘルムートおじさまに怒られてお仕置きされた」だの「教皇様の5番目の孫はじめて見たけど教皇様にそっくりだった」だのたわいの無い話をして笑いあった。


流石に星空が出始めて帰らないとまずいかもと思い始めた時だった。


「今日はいい天気だから星空が綺麗だよ!」


そう言われ見上げると満天の星空だった。


「やっぱりバーレで星空を見るならここだねぇ...」


「...そうですね」


「私は預言者でみんなにエルマ様エルマ様って崇められたりされるけどさ...これから起こる事が解ってるだけでどうにもならない事もいろいろ見てきたんだよねぇ」


「....」


「被害が起こるから対策をする様にって言っても対策してくれないで大変な事が起こって苦しむ人々もいたりして、無力だなぁって思うことがいっぱいあるんだよ」


「エルマ様もそんな事思うんですか?」


「所詮私だって人間だもの...それにちっぽけでどうしようもない悪餓鬼で行儀が悪いってヘルムートおじさまに怒られてばかりだしねぇ」


「ヘルムート様はエルマ様の事が心配だからじゃないですか...女の子とは思えないような危険な事してるし...」


「ぐっ...痛いところ突かれた...自覚はしてるんだけどねぇ...」


「あはは」


「まぁ私だって結構いろいろ悩む事が多いんだよねぇ...でもさ、そんな時こっそり夜抜け出してここで星空見にくるんだよ」


「そうなんですか?」


「なんかね、こんなに夜空に星を敷き詰める力がある神様なんだから、私の悩みくらい何とかしてくれるって思うんだよね」


「そうですねぇ」


そう言いながら2人で星空をずっと眺めていた。


その後戻ってきた時、ヘルムート枢機卿やフリッツ団長に心配されていてめちゃくちゃ説教されたのは苦い思い出である。


寺院に来てから誰よりもマックスを心配し気にかけてくれたのはエルマだった。


(フリッツは確かに恩人ではあるが、まだ神殿騎士見習いになるにしても小さすぎるマックスをそこに放り込むくらいしかしなかったため、マックス的にはそこまで恩を受けてる感はない)


確かに両親の件や年齢が近いからというのもあったかもだが、彼女だけはそうやって近くに寄り添ってくれたのだ。


そんな彼女と一緒に居たい、幼い内は年が近いからと許されて共に居たが年を追うごとに責任などからそれなりの立場に無ければ一緒に居られないと思い、神殿騎士にとって最も栄誉と言える護衛騎士の立場を目標としたのだ。


しかも久々に誕生した預言者の立場のエルマは地位としては最も高く大勢の人々や王族の前にも立つ必要もあるので、神殿騎士最強かつ相応しい知識と振る舞いも身につける必要があり(本人がある意味最強で護衛が本当に必要なのかという点もあってか扱いが若干雑だが神による神託を受ける立場だから一応は人の中で決められた教皇より尊ばれる)、ただ一生懸命に強くなるために地下墓地でのレベル上げ以外にも身体も鍛え、背丈を高くしたいから苦手なヤクの乳を飲み、フリッツや修道士達から言葉使いも正してもらったり、聖典の勉強もやってきたのだ。


父親と違って体格的にも恵まれてはおらず、信仰心だってそこまで無いが、持ち前の頭の良さで聖典の教えはスラスラと答えることができ、身長も14歳で何とか170位にまで伸び、血の滲む努力によって(ほぼ物理的に)どの神殿騎士より強くなり、10代前半でその地位まで登りつめた。


預言者かつ神の花嫁であるエルマはこのまま結婚する事なく一生をアルトマイヤー寺院での生活をするはずであり、一番一緒に居るにはマックスにとっては護衛騎士になる事しかないからだ。


だから安心していたのだ、このまま一生一緒にいられると...本当の恋人にもお嫁さんにもできないとしても近くで笑いあえる関係であれば満足できると思っていたのだ。


そう...出会った最初から異性としてマックスはエルマを恋愛対象として好きだったのだ...


大きくため息を吐く...


「マックス氏?」


後ろから声が聞こえる、大慌てで兜を被る。


「マックス氏寝られなかった?」


振り向くとそこには高そうな白いネグリジェに紫色のストールを肩にかけたエルマが立っていた。


いつもの服装と違うエルマの姿、しかも無防備な寝衣姿にマックスはどきっとするが、平素を装う。


「あ...はい...」


「あーそうだよね、今日いろいろあって緊張が解けなくて寧ろ寝られないよねぇ」


いつものようにヘラヘラと笑ってマックスの横に座る。


「星空綺麗だねぇ...やっぱりライゼンハイマーは標高高いから星空綺麗だわ」


「そうですね」


「なんか2人でこっそり寺院の裏庭に行って見に行った時のこと思い出すね」


「出逢ってすぐの時でしたね...沈着冷静の見本みたいなヘルムート様があそこまで怒る人だと初めて知りましたよ」


「おじさま実の身内ってのもあって私に厳しいからねぇ...いつもこめかみぐりぐりの刑を受けてた事が懐かしいなぁ...まぁ悪餓鬼だったから怒られて当然だったけどね」


「あはは、今でもそんなに変わらないですよ、エルマ様は無鉄砲だし見ててハラハラしますもん」


「むむ!それでも最近は怒られないように努力してるからお仕置きは無くなったよ!小言はあるけど...」


「小言はあるんですね...」


マックスはヘルムートが頭を痛めている姿を思い起こす...きっと一番頭を痛めてるのはあの方だろうなぁと思う。


エルマは少しだけ押し黙ってから口を開く。


「あのさ、今日本当にありがとうね」


「え?」


「正直な所2人が来なきゃ私あの悪魔のお腹の中だったし」


「そんな事ないですよ、大体あの悪魔エルマ様お一人の攻撃で倒したじゃないですか!」


「ディビドの足止めとマックス氏のガードがあったからだよ、だからあれは3人で倒したの!やっぱり1人で何とかするのは無理だよ~」


「エルマ様」


「今日は本当に自覚したよ...1人で抱え込んだら駄目だなぁって...悪魔に啖呵きって挑んではいたけど実は怖かった...ズタズタに切り裂かれて食べられるの怖いなって」


エルマは少しだけ震えていた。落ち着いた所で急に恐ろしくなったからだ。


「当たり前ですよ!あんな蛇の化け物倒すなんて...誰もが怖いに決まってるじゃないですか...僕だってエルマ様守るのに必死だったからその時気にもしませんでしたが、僕1人で襲われてたらあんな化け物怖くて腰が抜けてましたもの...僕が怖がりなの誰よりも知ってるでしょ?」


「そうだったねぇ...最初にゾンビに襲われた時めちゃくちゃ怖がって泣いてたもんねぇ...それがこんなに立派になってお姉さんは嬉しいよ」


「お姉さんって...エルマ様僕と1歳半しか違わないじゃないですか...」


「年上は年上なのよ!たとえ1日違いだったとしても先に産まれればお姉さんなのよ!だから私はマックス氏のお姉さんなの!」


「そんな無茶苦茶な...」


「無茶苦茶でもいいのよ!マックス氏は私の弟なの!...確かにマリウスは実の弟だけど年1しか会ってあげられないし貴族の子だからそれなりな対応しちゃうけどさ...マックス氏の方が長い付き合いだし、こんな破天荒でも良くやってくれるしマリウスとおんなじくらいに貴方の事を弟の様に私は思ってるからね!」


そう言ってエルマはマックスを頭を抱えるように抱きしめる。


「え!エルマ様!!」


兜や鎧越しとはいえ女性に抱擁され驚きを隠せない。


「私はマックス氏のお姉さんだから、たまにはお姉さんに甘えたっていいんだからね...」


エルマにとってのマックスは幼い時からの付き合いになるし彼女にとって弟であり友人である。


しかもマックスは両親も亡くし本来の泣き虫で怖がりで優しい性格からすれば過酷な道を歩んでいるのも知っている。


特に今回は実の弟のマリウスに付きっきりで寂しい思いをさせたのかもしれない、とエルマは思って出た行動だった。


肉親に対する親愛の情、実際本人はマリウスに対する情と変わらない情をもって抱きしめた....ただマックス本人の本当の気持ちなど知らないまま、それは優しさ故にとても残酷だ。


マックスは全身甲冑の姿故、エルマの体温の暖かさは感じる事ができない。しかも何時もは胸を潰して隠しているのにネグリジェのせいかむっちりとした胸が胸当てに当たっているのがわかるが肝心の柔らかさを直接感じる事はできない。


しかし自身の血が沸騰しそうで全身が熱くなる...こう見えても14歳の多感な年頃である、視野に入るだけでも正直毒だ。


それなりに異性に興味がある年頃である。しかも好きな相手に対してなら尚のことだ。


先輩の神殿騎士にも『そういう事』の知識を吹き込まれた事もあるが、『神殿騎士たるもの健全な青少年に何吹き込んでる!』とエルマが大層お怒りになり先輩方が蝗の刑に処されていた所を見るにエルマ自身はそう言う事は苦手なのかもしれない。


平常心、平常心と心の中で唱えるも心臓のドキドキが聞こえたりしないかと思う。


「エルマ様、もう僕は14ですよ?実の姉や母にだってこんな風に甘えたりしない年齢ですよ?」


そう言ってエルマを引き離し、ベンチに横に座らせる。


「む!まだ14じゃない」


不満げにエルマは頬を膨らませる。マックスはついかわいいなぁと思ってしまう。


「...でも嬉しいです...僕にとってエルマ様は命より大切な方ですもの」


そう、肉親と同じ程大切に思って貰えるだけでも満足しなければ...叶わぬ男女の仲に成らずとも...それだけでも満たされねばならないとマックスは自身を戒める。


「ふふふ、でもマックス氏も自分を大切にするんだよ!」


「それはこっちの台詞です!」


何時もの様にエルマの護衛兼弟分である自分に戻らねばとマックスは思う。


ただきっと今日感じた熱はしばらくおさまらないだろうなぁ...それこそ眠れないかもしれないとマックスは思った。


そんな姿をディビドは二階の窓から眺めていた。


「...若干妬けますがまぁ長く共にいた仲ですものね...」


ディビドは夜目も効くし読唇術も心得ているから、エルマが語った事は全て分かる。


「マックス...君は所詮弟のポジションでしか見られてないしそれで満足しようとしてる時点で私の敵じゃないんですよね」


ディビドはじっとエルマを見つめる。


「預言者としての力だけじゃない...あの憎き悪魔を滅ぼす素晴らしい力...そんな大きな力を持っているのになんて優しくて可愛いなんて...こんな悪に手を染めた穢れた私すら愛してくれる...」


すっと糸目が開く...普段見せた事すらない恍惚とした顔をし紫色の瞳が潤む。


「...エルマ様、貴女だけです...私の願いであるあの憎き悪魔共を滅ぼす事ができる唯一の方...私の大切な人...」


ーーーーー

※ゲーム豆知識

預言者の立場

一般的には保護対象として見られがちだが、預言者は神の意思によって行動する人々である故基本自由に行動させている。

教皇はそれを知っている為エルマを自由にさせている。

護衛も一応つけてはあるがそもそも何か有れば大体神罰により倒されるのであまり心配されてない。


神の花嫁

トラウゴット教は人に純潔を強要させないが、制約をする事によって力を得させる場合がある。(聖ジョシュアは純潔を聖サンソンは髪を切らないなど)

しかし『神の花嫁』はエルマがジルと婚約を徹底的に破棄させる為の手段としてついた嘘でしかなく、制約でも何でもない。後に本来の神託にエルマはかなり悩む結果になる。

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