7. 当主

 全身黒ずくめの兵士から、男は報告を受けていた。


 両袖式の豪華な机の奥、革張りのオフィスチェアーに腰かけた50代くらいに見える男は、皺の多い顔立ちに、肩まで伸びた白髪混じりの長髪が目立つ男であったが、反面、眼光だけが異様に鋭く、見る者に威圧感さえ与える。坊主のような、黒い袈裟けさ姿がまるで寺の住職のようにも見える。


 そのすぐ傍らには、レーザー銃を構えている、同じく黒ずくめの兵士が二人控えていた。


「当主様。ネズミが一匹入り込みました。こちらに向かっています」


 だが、当主と呼ばれた男は、驚く様子も見せず、ただ一言、

「で、貴様はのこのこと逃げてきたというわけか」

 と、報告してきたその兵士を睨みつけていた。


「お、お許し下さい!」

 懇願するように頭を下げる兵士に対し、


「連れていけ」

 男は、すぐ近くに控えていた兵士に命じると、報告をした兵士は、二人の兵士に両肩を掴まれて連れていかれた。最後まで「お許し下さい!」と叫びながら。

 そのまま報告した兵士は、ドアの外に連れていかれていた。


 数瞬後、レーザー銃の電気的な音が響くと同時に、男の悲鳴が轟き、再びすぐに辺りは静寂に包まれていた。


 戻ってきた二人の兵士に対し、

「ネズミを調べておけ」

 とだけ短く言った後、男は部屋を出て、自分の寝室へと向かった。


 向かいながら、

(結晶が向こうから来てくれるとは好都合だ)

 冷酷な眼差しを廊下の奥の空間に放ちながら、「男」が来るのを待つことを決め、寝室へ着くと、自身の腕時計型タブレットから電話代わりの通信機能を使い、私設軍隊である彼ら兵士の長に指令を飛ばしていた。


「入口に50名集めろ」



 そんなことはつゆ知らず、リョウジは翌朝、14層に向かっていた。

 幸い旅人は、バイクで6層までは上がることができた。街の外れにある大型エレベーターが層を行き来できるようになっており、リョウジはバイクに乗りながら、その14層へとたどり着いていた。上流階級以上の5層から上には、貧民街からは入ることすらできないようだった。


 14層は広く、15層と同じような貧民街にも見える、レトロで錆びついた街だった。どうやらここには、銀行、オフィス、役所の支部などがあるようだった。


 街を一通りバイクで駆け抜けていたリョウジは、街外れにある検問所のような場所を見つけて、バイクを停めた。


 そこは、どうやら「非常口」のようであり、検問所の向こう側に水平のバーが道を塞ぐように建っていた。そのバーを守るように、黒ずくめの兵士が二人、レーザー銃を持って立っていた。


 おもむろにバイクを降りると、リョウジは男たちに近づいて行った。アリサは心配そうに父の背中をバイクの後ろの席から眺めていた。


「なんだ、貴様。ここは立ち入り禁止だ」

 兵士の一人、20代くらいの若い男が銃を構えて、リョウジを制するが。


 リョウジは、辺りに人がいないこと、そしてこの検問所には兵士が二人しかいないことを確認した後、腰の刀に手をかけた。


 次の瞬間、抜く手が見えないほどの速さで、刀を抜いたリョウジは検問所の左側にいた、声をかけてきた男の左脇腹から右肩までを斬り上げていた。「抜刀術ばっとうじゅつ」とも「居合いあい」とも呼ばれる剣術の技だった。


 短い悲鳴を上げる左側の兵士。目を見張ると同時に、瞬時にレーザー銃を発射していた右側の兵士。


 しかし、そのレーザー銃の光線はリョウジの脇腹近くの空間をすり抜けていった。

 ハッとした、右側の兵士の顔面に刃の先端が突き刺さっており、男は音も立てずに、血生臭い匂いを残して崩れ落ちた。


 何事もなかったかのように、バイクに戻ったリョウジは、再びエンジンをかけていたが。


「パパ。ホントに行くの?」

 アリサは、表情を曇らせていた。まるで彼女はこの先に「不安」があるかのように、どこか気が乗らないようだった。


「大丈夫だ」

 リョウジは、安心させるように優しく声をかけていたが、アリサはなおも表情を暗くしていた。


 バーをバイクに乗りながら日本刀で斬り、リョウジは通路の先に乗り出した。


 そこからは上り坂になっていた。

 まるでこの街に下ってきた時とは逆のように、螺旋状の通路をひたすら登っていく。同じようにLEDの光が道の両脇に光っていた。


 しばらくはその螺旋状の上り坂が続いたが、やがて何層も上に登った頃。道は平坦になった。


(かなり上まで来たな)

 リョウジの感覚では、14層から1層か2層くらいまで登ってきていたと感じていた。


 ところが、そこから先には無数の「警備ロボット」がいた。

 この時代、警備の任務を担っていたのは、彼らのようなAIの自立式ロボットとも言える人型のSA(Security Androidセキュリティ・アンドロイド)と呼ばれるアンドロイドだった。


 破壊された地上では、その姿はほとんど見られないが、地下都市や水上都市のように、人類の残滓ざんしが残っている場所では、未だに彼らが活躍していた。


 彼らSAは、痩せた人型をしており、全身が白く塗られているのが特徴的だった。人間の両目の部分が四角い形のセンサーになっており、右腕にはレーザー銃を携帯している。


 人口減少社会が当の昔に現実のものとなった、この「ニホン」において、彼らが警備を担っていた。


 その警備ロボット、SAが道を塞ぐように、何十体も並んでいた。


「住民データ照合。データなし。侵入者、発見」

 どこか感情表現にとぼしく、機械的な音声が流れたかと思うと、彼らSAは一斉にリョウジに向けて銃を放ってきた。


 バイクを操作しながら、それを何とかかわしながらも、日本刀で銃を持つ右手を中心に斬り、あるいはバイクで体当たりをして、動きを封じるリョウジだったが。


 何体かのSAを倒した時だった。


 レーザー銃の光線をかわしたリョウジの後ろで、短い悲鳴の声が上がった。


 アリサだった。彼女の右胸の部分に光線が当たっていた。

「アリサ!」

 咄嗟にバイクを停めて、振り向くリョウジだったが。


「し、しびれるー」

 アリサの身体からは、血の匂いがしなかったし、服も破れてはいなかった。それどころか、全身を痙攣けいれんさせるように、小刻みに震えていた。


 リョウジはすぐに気づいた。

(こいつら、殺すつもりはないらしい。恐らくアリサの持つ結晶が壊れることを恐れて、当主とやらが命じたか)


 そう思うと、たとえSAが何体いようと怖くはないと思い直すリョウジ。事実、アリサはただ痺れているだけで、外傷自体がほとんどなかった。


 数分後、警備アンドロイドの大半を破壊し、あるいは腕を斬り落として無力化し、銃を使えなくしていたリョウジは、なおもしびれが収まらないアリサに、


「アリサ。痺れるだろうが、もう少し耐えてくれ。振り落とされるなよ」

 とだけ声をかけて、アリサを気遣い、ゆっくりとしたスピードでバイクを奥へと走らせた。

 アリサは、痺れのために、まともに会話ができないのか、頷くだけだった。


 トンネルのような形状の、天井が半円形の長い直線道路を抜けると、開けた場所に出た。


 そこには、中世ヨーロッパの邸宅のような、バロック式建築の洋館があり、建物の正面、ファサードの部分には、カラスのような黒い鳥の彫刻が見えた。それが何とも言えない不気味な、まるで「お化け屋敷」のような建物だと、リョウジが感じたのは、黒い鳥の彫刻がまるで生きているように精緻せいちに作られていることに起因していた。


 バイクを停めて、ようやく痺れが収まってきたアリサを、それでも抱きかかえるように地上に下ろしたリョウジ。


「大丈夫か?」

 と聞くと、アリサはまだ上手く話せないのか、コクコクと頷くだけだった。


 正面のファサードに大きな観音開きのドアがあり、そこから中に入れるようだった。


 ついに、当主の館に着いた、と思い、一歩踏み出した途端。


 ドアが向こう側から開き、壮年の男が現れた。全身を黒い袈裟のような衣装に包み、白髪の長髪で、皺が年輪のように刻まれており、目だけが鋭い。壮年にも老年にも見えた。


「ご苦労だったな、賞金稼ぎのリョウジ。結晶を渡してもらおうか?」

 男の口が開く。


(何故、俺の名前や素性を)

 と、咄嗟に思ったリョウジだったが。同時に、すぐに気づいた。


(クラッキングか)

 この時代、何よりも個人の持つタブレットが、身元を保証していた。そこにほとんどの個人情報が記されており、リョウジは自分の素性が、すでに何者かのクラッキングによって男に漏れたことを悟った。


「お前が当主か。イヤなこった。大体、何故、アリサの結晶を狙う?」

 逆に問いかけていたが。


 次の瞬間、ほとんど足音も立てずに、無数の兵士たちが四方八方から現れ、驚くリョウジとアリサをあっという間に取り囲んでいた。


 どの兵士も、同じように黒ずくめの袈裟に頭巾をかぶっており、それぞれがレーザー銃を構えていた。その銃口が一斉にリョウジに向けられた。

 当主の私設軍隊とすぐに気づいたが。


「降参だ」

 さすがに、これだけの人数に囲まれては勝てない。とリョウジは瞬時に判断して、両手を上げていた。

 何よりも、アリサをかばいながらでは、無理がある、と。


「ふっ。潔いことだな」

 そのリョウジの様子を見て、当主はほくそ笑み、


「連れていけ」

 と命じると共に、アリサに近づいた。


 怯えた表情を見せるアリサ。5人ほどの兵士に囲まれ、ご大層に電子手錠まではめられて連行されるリョウジは、目だけはアリサから離さずに叫んでいた。


「アリサ!」

「パパ!」

 一方のアリサは、すでに当主によって、腕を掴まれ、苦悶の表情を浮かべ、痺れが収まってきた口をようやく動かし、遠ざかっていく父をいつまでも見つめていた。


 そのまま、アリサは当主に連れられて、ドアの向こう側へと消えていった。


 リョウジは、絶望のあまり、必死に手足を動かして抵抗するも、複数の兵士たちに肩や腕をがっちりと捕まれ、電子手錠までかけられており、身動きすら取れないのだった。

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