6. オアシスの秘密
食後、本来ならすぐに宿に向かうはずだったが。
「どこに行くの、パパ?」
宿へと向かわず、街を歩き出した父を見て、娘が声をかけていた。
「ちょっとな……」
と、だけ答えてリョウジは、ゆっくりとした足取りで歩き出していた。
彼には、気になることがあったのだ。
それは、「当主」へ至る道だった。
どうすれば、その「当主」に会えるのか、と。アリサを狙った理由を問いたださないと気が済まない。
それと同時に、先程のレストランから出てきてから、ずっと足音が後ろからついて来ているのが気になっていた。
相手はわかっていた。例の黒ずくめの男たちだ。
人通りが多いところでは、何かと目立つ。
そう思ったリョウジは、街外れの人気が少ない通りに入って行く。
「ねえ、パパ。こんな何もないところに何の用があるの?」
横からアリサがつまらなさそうに声を上げるが。
リョウジは、夜になって人通りが少なくなった街角の小さな公園の前で足を止めると、いきなり振り向いて駆けだした。
「パパ!」
後ろでアリサが叫ぶ声が聞こえるが、彼の動きは一直線に足音の方向に向かっていた。
建物の陰まで走ると、その陰に隠れていた黒ずくめの男たち3人が、ギョッとしたように目を見開き、リョウジを見ていた。
「何の用だ?」
いきなり距離を詰めてきたリョウジに面食らって、男たちはひるんだように固まるが。
「旅人がこの街に何の用だ?」
逆に質問を返されていた。
「ちょうどいい。俺もお前らに聞きたいことがあったんだ」
「な、何だ?」
「なあ、当主様ってのは、どうすれば会えるんだ?」
その瞬間、男たちは、流れるような動作でそれぞれ腰からレーザー銃を引き抜いていた。白い銃の銃口がリョウジに向けられる。
その動きには無駄も躊躇もなく、訓練されていることが窺われる。
追いかけてきたアリサがリョウジの背中に追いつく頃。
「貴様、当主様に会って何をするつもりだ?」
「なあに。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」
「それは許されんことだ」
「そうなのか? この街の門番は、あっさり入れてくれたぞ。『来る者は拒まない』って言ってな」
「拒まないが、貴様のように怪しい動きをする奴は放っておけん」
いつの間にか、口論になっていたが。
「くだらねえな。さっさとかかってこい」
いつもの口癖を吐いた後、リョウジが挑発すると、男たちはレーザー銃を発射していた。
その銃口と視線の動きを注視していたリョウジは、紙一重でそれをかわしながら日本刀を引き抜いて、まずは一番近くにいた男の右肩から脇腹にかけてを袈裟斬りに斬り下げた。
もう一人の男は返す刀で、そのまま左脇腹から逆袈裟に斬り上げていた。
たちまち二人の悲鳴と、肉が斬られる鈍い音と共に、男たち二人が倒れる。
残った一人が、面食らったような、恐怖の表情を面上に張り付けているのを見逃さず、リョウジは男の背後に回り込み、
男は、恐怖に顔を引きつらせたまま、銃を落として手を上げて、懇願した。
「た、助けてくれ」
「助けてやってもいいが、一つだけ教えろ」
低く、
「な、なんだ?」
「当主にはどうすれば会える?」
「そ、それは……」
さすがに主を売りたくはないと思ったのか、男の口の動きが鈍るが。
「死にたいか?」
そうリョウジが凄んだ声を上げると、ようやく観念したようだった。
「14層に非常口がある。そこから真っすぐ行けば、当主様の館に行ける。だが、警備ロボットが多数配備されているぞ。間違いなく死ぬ」
一番聞きたい情報を、あっさり引き出すことが出来て、満足したのか、リョウジは男を解放した。
「き、貴様。このことは当主様に報告するぞ。生きてここから出られると思うな」
陳腐に思えるような、お決まりの捨て
残された二人は。
「ねえ、パパ。『とうしゅ』なんてどうでもいいから、今日はもうホテルに行こう? あたし、疲れちゃったよ。誰かさんのせいで」
アリサが相変わらずの毒舌ぶりを発揮して、その鋭い目でリョウジを恨めしそうに睨んでいた。
「わかったわかった。とりあえず今日はやめておこう」
なだめるように娘にそう声をかけ、リョウジはバーテンダーに教えてもらった宿へと足を向けた。
そのホテルは、貧民街の一角、レストランのある歓楽街から一歩外れた通りにあった。
古ぼけた洋館のような建物で、どこか中世のヨーロッパを思わせるようなルネサンス様式の造りだった。
(このネット全盛期時代に、随分とレトロなことだ)
リョウジはまずそう思っていた。
社会が大きく崩れ、文明の多くが崩壊していたが、ここにはネットは生きていた。「基地局」が全国にあるわけではないため、破壊された地上ではネットは繋がりにくいが。
ただし、こうした地下都市や水上都市のような文明社会では、ネットは依然として必須のものとして、接続ができるようになっていたし、事実として、この街に入ってからリョウジが持つタブレットのアンテナはきちんと3本立っていた。
また、一方で人々の間で、携帯電話は急速に衰退し、タブレットのような小型端末が全盛になっていた。それも、腕時計型の、腕と一体化したような超小型タブレットが主流になっていた。言い換えればそのタブレットが携帯やメールの代わりも果たしていた。
宿に着いて、2階にあるフロントに向かうと。
そこは、さすがに無人化されており、空き室をフロントの端末で検索し、オンライン決済と自動チェックイン、チェックアウトができるようになっていた。
あっさりと宿泊は出来た上に、料金は大人一人に子供料金一人分で一泊2500ダーラしかしなかった。貧民街のそこは、物価すらも低いらしい。
部屋は8畳ほどの広さの風呂、トイレつきの古い洋室で、通りに面してヨーロッパ風の、縦に長い十時窓がついていた。ベッドはダブルベッドが一つ。
2人は親子に思われたから、妥当なところだったが。
「ベッドだ!」
久しぶりのまともな寝床であるベッドに喜びを全身で表現し、アリサは飛び込むようにベッドにダイブしていた。
「パパ。あたし、疲れちゃった。おやすみなさい」
しかし数瞬後、彼女は仰向けになって、穏やかな寝息を立てて眠ってしまうのだった。
その安らかな寝顔と寝息を見せる愛娘の姿を見下ろしながら、リョウジは思っていた。
(やはり当主が怪しいな。何故、アリサの結晶を狙った? それを確かめないとこの街から出られん)
だが、リョウジの「考え」とは別に、この街からは逃れられない「秘密」があった。
彼らはすでにオアシスの「蟻地獄」の罠にハマっていたことに気づいていなかった。
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