4. 北のオアシスへ

 かつては出ていたフェリーが、この世界ではもう出てすらいなかったし、飛行機などという物はそもそも機能せず、飛んですらいなかった。


 仕方がないので、報酬で得た金で、食料を買い込み、バイクに積み込むと、そのままその電動バイクでホッカイドウを目指すことになった。


 その途上、トウキョウを離れて数時間すると、後ろに乗るアリサがつまらなさそうに、風景を眺めながら呟いていた。


「砂ばっかりだね、つまんない」

 その無邪気な娘は、知らなかったが。


 これにはもちろん理由があり、15年前の崩壊後、人々の多くが地下に潜り、地上は見捨てられ、ほとんどの街がゴーストタウンと化した。


 ニホンには直接的な核の被害はなかったが、それでも地上はすでに核の冬によって、多くの動植物が死滅していた。


 戦後15年経ち、少しずつ自然は回復してきていたが、大規模な気候変動と急速な温暖化により、ほとんどが「砂漠化」していた。


 強烈な直射日光と、甚大な環境被害をもたらす旱魃や大雨、台風に見舞われた大地は、疲れきっているようにも見える。そこに、かつての自然豊かな「東北地方」はなかった。


 通る車もほとんどなく、ところどころが崩れかけた高速道路をたどって、十数時間。


 すでに廃墟となった、アオモリから船に乗ろうと計画していた彼だったが。


 船の姿など、港のどこにもなかった。もっとも港と言っても、今や近辺の水上生活者や地下都市の人間が、わずかに利用する程度だった。


 岸辺にいた、帽子をかぶって釣り糸を垂れている老人に聞くと。

「船? そんなもんあるわけないべ。今じゃ、誰もホッカイドウなんかに渡らん」

 と、にべもない回答が返ってきたが。


「どうするの、パパ?」

 娘が不安そうな表情で見つめてくる中、リョウジは、過去の世界でもう一つの交通手段があったことを思い出していた。


「アリサ、トンネルを使って行くぞ」

 そう、それはかつて「青函トンネル」と言われたトンネルだった。


 かつて20世紀後半に築かれてから、北海道と本州を鉄道で結んでいた路線であり、津軽海峡に築かれた海底トンネル。


 鉄道はもう走らなくなったが、この遺物はまだ残っていた。


 早速、そのツガル半島の先端まで行くと。


 古い線路脇にあった、古ぼけた鉄柵が破れかかっており、その柵の向こう側に、暗くて重苦しい雰囲気を感じさせるトンネルが口を開けていた。


 今や通る人すらほとんどいない、まるで忘れられた古代遺跡のように鎮座しており、あちこちに苔や雑草が生えて、トンネルの入口が見づらくなっていた。


「パパ。何だかここ、怖い」

 いつもは、どこか強気で毒舌を振るう娘が、珍しく泣きそうな表情を浮かべて抗議してきたが。


「大丈夫だ。ここを抜けたら、ホッカイドウ。そして『オアシス』があるさ」

 娘を、そして自分自身を奮い立たせるように、彼は言い放ち、鉄柵を押していた。破れかかっていた鉄柵は、簡単に倒れた。


 アリサを後ろに乗せてバイクをトンネル入口に走らせる。


 トンネルの中は、外とは違い、ひんやりとしていて、薄暗かった。灯りすらついていない。


 かつての名残で線路が残っているため、バイクの車体が頻繁に小刻みに揺れるので、アリサは、


「お尻痛いよー」

 と泣きそうな声で愚痴っていた。それでも昔のバイクとは違い、電動バイクは振動にも強かったのだが。


 しばらくは順調に進んでいたが。


 20分ほども走ると。

 線路の中央を塞ぐように、数人の男たちが立っているのが目につき、速度を緩めながらヘッドライトを通して見ると。


 彼らは手にはアーミーナイフ、金属バット、日本刀などを握っていた。それも、流行りの「高周波」機能つきだった。

 バイクの速度を落とし、男たちの前で停まると。


「いらっしゃい。通行料置いていきな」

 1人の若者がバイクの進路を塞ぐように立ち塞がっていた。見ると、長い髪を持ち、ピアスをつけて、両腕に龍のタトゥーをしている20代前半くらいの痩せた男だった。その手に厚みがある、アーミーナイフが握られている。


「アリサ。座っていろ」

 それだけを告げて、バイクを降りると、リョウジは、


「くだらねえ。今時、通行料なんて取ってるのか? ちなみにいくらだ?」

 と、男たちに声をかけながら、様子を探るように見渡す。


 男たちは5人。いずれも20代くらいの若者で、ピアスとタトゥーがどの男たちにもついていた。恐らくはチームのようなものだろう。


「一人10万ダーラ」

 そんな法外な値段を、何でもないことのように告げて、ニタニタと気持ちの悪い笑顔を浮かべる長髪男。それをタブレットを通してこの男の口座に振り込め、という。

 彼らはそのために、わざわざこんな場所にも関わらず、ネットが繋がるようにしていた。


「払えない、と言ったら?」

「おっさんが痛い目に遭うだけだ」

「じゃあ、払わん」


 その瞬間、若者たちがいきり立ち、

「何だと、コラ!」

「ぶっ殺せ!」

 口々に叫びながら、襲いかかってきた。


 だが、いくら秩序が崩壊した世界とはいえ、実際にはこうした無法者たちの多くが、単に「時代の流れに乗って」粋がっているだけの男たちだった。


 剣道の有段者であるリョウジに敵うはずもなく、リーダーと思われる、声をかけてきた男が腹を斬られ、別の1人は頭を割られていた。


「ひぃ!」

 リーダーの男を倒すと、残った3人の男が一斉に逃げ出す始末。


(やれやれ)

 露払いをしたが、何ともくだらない、と思ったリョウジは、彼らをまともに相手にせずに、さっさとバイクにまたがって、青函トンネルの出口を目指した。



 ホッカイドウ。

 かつては、観光の名所であり、本州以南から、また海外からも多くの観光客が訪れた北の大地。


 ところが、ここにも「爪痕つめあと」はあった。

 特にひどいのが「戦争」の爪痕だった。

 この土地には、世界崩壊を招いた15年前の戦争で、豊富な資源を狙って、他国が侵攻してきており、多くの街が廃墟と化していた。


 おまけに、本来は「亜寒帯」のはずのこの北の大地は、相次ぐ気候変動で、温帯化、亜熱帯化しており、かつてのような冷涼な気候がもたらす美しい動植物は見られなくなっていた。


 廃墟の街と、温帯化したわずかな植物を眺めながら、何とかその日の夜に、その街へとたどり着いた彼ら。


 冬にも関わらず、その街は暖かかった。極端な地球温暖化と気候変動により、亜寒帯であったそこは、すでにちょうどいいくらいの「暖かい」冬になっていた。もちろん、雪の姿も見られない。


 サッポロ。


 かつての北海道の中心都市だった。

 だが、ここもまた他の街と同じように、ビルだけが墓標のように建つ、廃墟に近い街になっており、人気ひとけはなかった。


 街とは思えない、暗い廃墟の中にバイクを走らせていると。


「ねえ、パパ? こんなところにその『』ってのあるの?」

 と、問う娘の疑問はもっともだと、リョウジは思っていたが。


 街の中心部、かつて「大通公園」と呼ばれた場所に来てみて、リョウジは気づいた。

 そこに大きな格納庫のような倉庫が建っており、入口には門番のように、二人の男が立っていた。


 彼らは、レーザー銃で武装しており、しかもヒビヤ公園でアリサを狙った連中と同じように、黒い袈裟のような服装に、黒い頭巾を着ていた。


 警戒しながらバイクで近づくと、

「旅人か?」

 と門番の一人の若い男が無遠慮に聞いてきた。


「ああ。ここは『オアシス』って聞いてな」

「ああ。当主様によって治められている、この街はまさに『オアシス』だ」


 もう一人の中年太りした男が、喜色を浮かべながら近づいてきたが、その物言いや表情が、何だかすでに宗教がかっているように思えて、リョウジには気味が悪く感じていた。


「とりあえず、中に入れてくれるか?」

 恐らく、そんなに簡単には入れないだろう。そう予想していたリョウジだったが。


「いいだろう。我々は来る者は拒まない。ようこそ、ビルフッドへ」

 最初に声をかけてきた若い男がそう言って、倉庫脇の機械を操作すると、格納庫のような倉庫のシャッターがゆっくり開き始める。


 奇妙なことに、武器さえ取り上げられなかった。


 そのことも、あっさり通されたことも彼には予想外だったが。


(ビルフッドねえ。「札幌」を無理矢理、英語にしただけじゃねえか。くだらねえ)

 内心、そう思っていたリョウジ。彼はかつて「漢字」が地名に使われていたことを知っていた。そして彼の口癖が「くだらねえ」だった。


 やがて、シャッターが上がると、その先には、地下へと続く長い坂道の道路が続いていた。その両脇に、この時代に相応しくないほど、立派なLEDの青白い街灯までついている。


 ひとまず中に入るも、一体どこまで続いているのか、と思うほど延々と坂道は続き、途中から螺旋らせん状に円を描くようにして降りて行った。


「ぐるぐるで、目が回るよー」

 アリサは、後ろで可愛らしい声を上げていたが。


 終点に着いてみると、そこにはかつての高速道路の料金所のような入口とゲートがあり、そこで彼はバイクを停められた。料金所のような小さな建物に一人の壮年の男がいた。


 しかし、上で話したことを告げると、あっさりと通され、バイク置き場まで教えてくれるのだった。


 親切すぎることに返って、警戒心を抱きながらも、ゲートをくぐると。


 その先には、不思議な光景が広がっていた。

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