[水曜投稿]消しゴムだった俺が人間になった理由。

いろ蓮

第1話 魔法にかけられて。

 全く…嫌気が刺す。

もしも、人間になれたなら。


 「あっ落ちた。」


 「はいどうぞ…あっ。」


 「あっ、ありがとう…バルバラさん。」


 ある魔法科高校の二年E組の教室。

 思春期を迎えた男女二人は、手が触れあい、赤面してそっぽを向いた。


『ちょっとぉ……申し訳ないけど、目の前で恋愛イベントしないでくれる?!』


 二人はまだ見つめ合っている。

 俺の声が聞こえていないのだろうか。

 無理もない。

 なんせ俺は、なのだから。


 「キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン!」

 四限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

 昼休憩は色々と面白い。

 昼食を心待ちにしていた男子生徒は教室を飛び出し、女子生徒は親しい友人達とお気に入りの場所に向かう。

 

 「バルバラ〜。」


 「ミラちゃん早いねぇ!」


 「今日の弁当は何かな〜?」


 「えっとねぇ、ハチミツ入りオムライスだよぉ!」


 「ゲッ……マジ?」


 二人は仲睦まじく、机同士を合わせ食事をしている。なんとも女子高生の昼食風景というものは、心が安らぐものだ。


 「ねぇね知ってる?って。」


 「知らな〜い。何それ、どっかの職人の珠玉の一品みたいな?!」


 「ちがうよぉ。なんでも願いが叶う伝説の器のことだよぉ。」


 バルバラという少女は、何やら耳打ちで囁いているが、聞き手のミラは構わず大声で返答している。


 「そんなのあるの?!」


 俺はあの男子生徒の机から動けないので、ひたすら二人の会話に聞き入っていた。


 『何でも願いが叶う……か。』


 もしそんなものがこの世にあるのなら、俺は人間になりたい。


 少女二人が朝食を食べ始めて三十分が経ち、休憩終了の鐘音が鳴った。


 「それじゃ、また放課後で~。」


 「はぁい。」


 午後の授業が始まると、あっという間に放課後を迎えた。


 「さよならぁ。」


 終礼ホームルームを終えると、生徒たちは各々目的地へと向かう。部活動で魔法の鍛錬をする者や学校の図書室で魔導書を漁る者、帰宅部ですぐ帰路につく者がいる。


 「お待たせ~。待った?」


 「ぜんぜぇん。ミラちゃんはいつもはもっと遅いもん。」


 「そいつは悪い。」


 「じゃ……行こ~!」


 この二人の少女たちは帰宅部らしい。

 俺も帰りたいが、持ち主であるあの男子生徒がいないと移動できない。

 

 「まったく。」


 消しゴムは不便すぎる。

 しかし、帰ったからといって、何もすることはないのだが。


 放課して待つこと数時間、外に広がる空はすっかり赤く染まり、日も落ちかけていた。

 

 『遅いにも程がある。』


 あの男子生徒は魔法野球部で、荷物は何も残っていない。

 魔法野球とは、魔法で生み出した球体と棒状の魔力を駆使する競技だ。昔は、牛革のボールと木製のバットでやっていたらしい。

 それはさておき、あの小僧は絶対に俺の事忘れて帰っているだろう。


 『人間だったら顔見た瞬間、即リンチだわ。』


 …と愚痴をこぼしていると突然、魔法詠唱が聞こえた。


 「ルエカノモ!」


 俺はその声の余韻が残りながら、前方が真っ白になるのが分かった。

 この時、必死になっていたので細かいことはよく覚えていない。

 しかし、うっすら記憶の片鱗は残っている。

 突然、二つの紐が目前に現れたので、その内の片方を引いた。

 それだけだ-考えたって仕方がない。

 記憶にないものを暗中模索するのは、気が滅入る。

 ここはひとまず、羽休めでも………?!


 『おいしょっと……って、えぇぇぇぇ!?』


 俺は意識が戻ると、なんと机に


 俺は正真正銘、消しゴムだった。

 そんなの俺自身が一番熟知している。

 でもどうだ−手足がある。

 一体俺の身に何が起こっている?


 「ガラガラッ!」


 教室の前方のドアが開いた。

 目を向けると、そこにはあの少女がいた。

 バルバラだ。


 「きゃぁ!!あなた誰?」


 『おいはぁ、なむえなんてぬい。』


 さっきまで消しゴムだったので、口の動かし方が分からない。

 なんだこの、不甲斐ない有様は。


 俺は自己嫌悪に苛まれて、いつの間にか涙目になっていた。


「ねぇ、大丈夫?冬なのに裸で寒いでしょう?家庭の諸事情で家に帰れないなら.......」


 彼女の声は、暖かかった。

 優しくて、柔らかくて、寒さも消し飛ぶくらいに。

 この時、バルバラの笑顔は一種の呪いのようなものだった。


 「女の子なんだから、裸はまずいよね。」


 俺が頷いてみせると、バルバラは着ていたコートを被せてくれた。彼女が着ていたので、まだ余熱が感じられる。それに、華やかないい香りだ。


 「あなたを見てると、なんかほっとけないのよねぇ。」


 彼女はぱっちり二重の目を細めて、微笑んできた。


 非常に可愛くて満足なのだが。

 なんだ、女の子って。

 確かに股間の局部にあれは……ない―それに割れ目もない。

 

 「まだ名前聞いてなかったね。私はバルバラ…宜しく。あなたの名前は?」


 『無ひ。』 俺は頭を大きく横に振った。


 「そっか。じゃ、また今度教えてね。」


 『なんか、こめ、ぬ。』


 『ふふっ。』バルバラは笑った。「あなたって面白いわね!」

 

 バルバラに笑われたが、別に不愉快ではなかった。むしろ、打ち解けられたようで嬉しかった。


 「家まで案内するねぇ。」


 『ありがぬう。』


 俺はバルバラに着いていき、昇降口まで降りた。すると、ピリッと鼻につく匂いがした。


 『ん!?』


 「こんなとこにいたのね…モノクロ。」


 『こぬ声は…』


 俺が人間みたいな姿になった詠唱の声の主。

確かに一致する。

数分前に聞いたばかりだ。


 「あなたは一体。」


 バルバラの視線の先には、その声の主が立ちはだかっていた。

 漆黒のマントを纏っていて、左手には両刃斧ラブリュスを持っている。


 「死ね…モノクロ!」


 その女の子は、猛烈な勢いで俺の前まで移動し、両刃斧を振りかざした。

 



 

 

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