第6話 新たな日常





 村の人達に挨拶を済ませて巳影の家に戻る頃には、もうすっかり辺り一面が鮮やかな橙色に染まっていた。

 大きな袋をサンタのように背中に抱え、早足に巳影の家へと向かう。


 「ただいま〜っと。」


 「おう、おかえり!どうだった?」


 俺が扉を開けるなり、巳影は興味津々に質問をして来た。


 「ああ、早速傭兵として雇ってもらえる事になった。」


 巳影の質問に答えながら背中の袋を床に置き、中に入っている食料や生活必需品を取り出す。


 「傭兵?スゲーな理人、もう剣士らしい事し始めたのかよ。」


 「傭兵とか正直自信無いけど…ミトラちゃんの為にやるしかないと思って。


 袋の中身を取り出しながら一つ一つ大雑把に目視でチェックしていると、横からミトラがちょこちょこと寄ってくる。


 「お、おかえりなさい…。」


 「ん、ただいま。」


 ミトラの方へと目を向けると、見違えるようにサッパリとした姿へと変わっていて、思わず「おお…。」と驚嘆の声を上げる。


 ボサボサに伸びきっていた真っ白の頭髪は、毛先が切り揃えられて絹織物のように艶めき、身体中の泥も綺麗に落とされていた。


 「可愛くなったな、ミトラちゃん。」


 「…!!!」


 俺の言葉にミトラは目を丸くすると、恥ずかしそうに俯いて、身体に合わずブカブカ(恐らく巳影のだろうか)の服の裾をモジモジと弄る。


 「あ、あのね、ミカゲがね、ミトラのかみ…きってくれたの。」


 「そっか、あんまりにも綺麗だったからお姫様かと思ったよ。」


 俺はミトラの頭を優しく撫でてやる。彼女は手が触れた瞬間ピクリと肩を震わせ、恐る恐る俺の目を見る。少しの間の後、安心したのか照れくさそうに頬を緩ませた。


 「うぉいコラ。」


 ゴスン、と音を立てて俺の頭にチョップが落とされた。


 「いって!!」


 「そういうトコだぞお前理人この野郎。」


 「は?」


 「ミトラ、ああいうスケコマシ男には気をつけるんだぞ。」


 「スケ…?」


 「変な言葉教えんなっつの。んなワケわからん事言ってないで、お前も少しは手伝え。」


 俺は机の上にランタンやロウソク、火打石を置いて、火をつけろと巳影にそれとなく促す。

 そして首を傾げたままのミトラに「ミトラちゃん。」と声を掛け、チョイチョイと手招きする。


 「お腹減ってるだろ。パンとか野菜は好きか?」


 「うん、すきだよ。…あと…ミトラ、トマトのスープもすき…。」


 「トマトか、流石にそれは貰ってこなかったな。…明日、トマトがあったら買ってくるよ。」


 「ホント…!?いいの?」


 「ああ。今日の晩ご飯しっかり食べて、明日も家で良い子にしてたらご褒美にトマトのスープ作ってあげるよ。」


 「…!!うん、ミトラまってる…!」


 ミトラは目を輝かせながら力強く頷く。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、俺は密かに安堵していた。


 (食いモンも人間と同じで良かった…。人肉なんて言われたらどうしようかと思ってたが。)


 薄暗くなった部屋に、橙色の温かい光が灯る。数本のロウソク、そしてランタンに火がつけられ、部屋を明るく照らした。


 「じゃあ早速ご飯作るからな、ミトラちゃん。」


 「うんっ。」


 「おっ、理人シェフ、今日のメニューは?」


 「小麦粉を丹念に練って寝かせ、かまどで焼いたものに、大地の恵みをふんだんに吸収した茎でございます。」


 「要するにパンとじゃが芋じゃねーか!!!」


 「無一文だったし貰えただけありがたいと思えって。」


 「うう…オレ達の生活はお前にかかってる、明日から頼むぜ理人〜。」


 「言われなくても。ただ、俺に何かあった時はお前がミトラちゃんを守ってやれよ。」


 「あ、オレの事信用してねぇな?オレだって本気になればデキル男だって証明してやるよ

っ。まずは料理から見せてやろう!」


 そう言って張り切って腕まくりをしながら巳影は芋を台所に持って行き、洗ってそのまま水を入れた鍋にぶち込んだ。俺は巳影の頭にチョップをぶち込んだ。


 「ぶぇふ!!」


 「芽を取れ。皮をむけ。アクを取れ。お前は初心者か。」


 「お前は姑か!」


 「…ぷっ…。」


 ミトラが吹き出し、クスクスと笑う。


 「ん?ミトラ、姑の意味分かるか?」


 「そうじゃなくてお前のあまりの馬鹿さに笑ってんだよ。」


 未だ笑い続けるミトラの頭をよしよしと撫でる。

 彼女が魔物だろうと、たとえ角が生えていようと、面白そうに笑うその様子は人間の子供と何ら変わりはない。


 (…人間は必要以上に怯え過ぎなだけなんだよな。)


 巳影が言っていたように、俺たちはミトラを守ることが使命なのかもしれない。ミトラこそが人間と魔物が分かり合う為の鍵であり、始まりの門なのだ。


 …なんて漫画じみた設定を頭の中で妄想する。下らないな、と妄想の全てをかき消し、俺は巳影を調理場から引き剥がして芋の下処理に取り掛かった。


 ───因みに、飯を食うまで巳影がずっとむくれていたのは言うまでもない。

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