第4話 三人で
「一体どういう事なんだよ、巳影。」
「そんなのオレが一番知りたいんですけども。」
ひとまず少女を家の中に入れたものの、その少女は巳影から引っ付いて離れる気配は全く無く。それどころか、俺の方を巳影の後ろから不安そうに見つめている。
(…警戒されてるな。)
確かに俺は今防具に身を包んでいる上に、背中には剣を携えている。彼女はまだほんの子供、しかも魔物だ。武装した人間を怖がるのも当然といえば当然だろう。
(こういう、人間の姿をした魔物もファンタジア・ゲートに出て来るが……人の姿に近い魔物は、魔物の中でも位が高い上に強い。大抵は魔王城やその周辺に分布している筈なのに、どうしてこんな場所に居るんだ?)
目の前の少女から色々と聞き出す必要がありそうだ。が、まずは彼女の警戒心を解くのが優先だろう。
背中の剣を下ろし壁に立てかけると、その場にしゃがんで少女の目線に合わせる。
「ほら。なんにもしないよ。」
両手を顔の横でグーパーさせ、危害を加える気は無いと証明してみせる。
少女はおずおずと少しだけ巳影の後ろから身体を出すが、やはり不安そうに巳影の顔を見上げる。
「あっちは理人にーちゃんで、オレは巳影だよ。」
巳影は宥めるように少女の頭を撫でながら、指差ししながら名前を伝える。
「ミカゲ…?」
「そ、オレは巳影。」
「……。…おかーさま……じゃない…。」
少女は巳影の顔を見つめたまま悲しそうに呟くと、静かに俯いて口を紡ぎ、紫色の瞳にじわりと涙を滲ませた。
「…お母さんとはぐれちゃったのか?ごめんな、このネカマが紛らわしい姿してるからお母さんと勘違いしちゃったな。」
「おい。まるでオレが悪いみたいな言い方するなよな。」
その通りだろ、と心の中で巳影にツッコミつつ、俺は少女になるべく優しく話しかける。
「一人で寂しかったよな。どこから来たか、とかは分かるか?」
少女は暫く考えた後、首をふるふると横に振った。
巳影は少女に「よしよし、もう大丈夫だぞ、オレがお母さん探すの手伝うからな。」と、笑いかける。
「……おかーさま、さがしてくれるの…?」
曇っていた少女の表情が少し明るくなり、涙で潤んだ瞳が一瞬宝石のように輝く。
「おう!困ってる人を助けるのは当然の事だ。」
巳影はうんうんと力強く頷きながら答える。
完全にこの子を保護する流れになっている所だが、俺は遮るように巳影に話しかける。
「なあ巳影。ほっとけないのは確かだけど、この子はどう見ても───」
魔物の子供だろ、と言いかけて言葉を止めた。
ファンタジア・ゲートでは、魔物は"生物全てにとっての害である"という扱いだった。たとえ魔物が限りなく人間に近い姿でも、だ。
この世界でもそうした排他的な考えを持たれているのであれば、村の人達に見つかった場合、最悪の事態が起きる事はまず免れない。
或いは、俺たちがこの少女に牙を向けられる可能性だって十分に───
「なあ、心配し過ぎなんだって、理人。この子はオレがちゃんと守る。」
「またお前は…。」
いつもの思い切りの良さを存分に発揮してしまっている。こうなると巳影はこちらの話を一切聞かない。
「…巳影。犬猫を拾ったのとは話が違うんだぞ。お前、それなりの覚悟はあるんだな?」
「ああ、オレはこの子と会ったのは偶然じゃないと思ってるんだ。だからこそ、この子を親の元まで届けてやりたい。」
いつになく真っ直ぐな瞳でこちらを見る巳影。我儘な所はあるが、巳影がここまでハッキリとした意思を見せるのは初めてだった。
「……分かったよ、俺も手伝う。お前だけじゃ限界あるだろ。」
「よっしゃ、そう来なくちゃ!良かったな、理人も協力してくれるってさ。」
「三人で頑張ってお母さん探そう。」
「……ホントに、さがしてくれるの…?」
少女は俺と巳影の顔を交互に見た後、「ミトラ…。」と小さく呟いた。
「ミトラ?」
俺はキョトンとして少女を見る。
「わ、わたしの、なまえ…。」
「…そうか、いい名前だな。宜しく、ミトラちゃん。」
「…ん…ありがとう、ミカゲ、リヒト…。」
先程よりも緊張が解けたのか、ミトラの口元がほんのり弛む。何とかひとまずは彼女と友好な関係を築けそうだ。
「よし!」
パン、と巳影が手を叩き、「まずはキレイキレイしような、ミトラ。」と泥だらけのミトラを抱きかかえる。
謎に面倒見の良さを発揮している巳影にミトラを一旦任せる事にし、俺は立て掛けた剣を背中に背負い直す。
「巳影、そしたら俺、買い出しに行ってくる。メシとかその他に色々必要だろうし…村の様子も見ておきたいからさ。」
「オーケー、任せた。」
「…ミトラちゃんを村の人に見られないように気をつけろよ?」
「分かってるって。あ、ついでに情報収集も宜しくなっ!」
俺は返事代わりに軽く手を上げると、巳影の家を後にする。
ふと空を見上げると、太陽はもうすっかりてっぺんの方から降りてきていて、夕方が訪れるまでもうあまり時間が無い事を示していた。
(やっべ、暗くなる前に色々済ませないとだな。)
今の自分達は、村の人達からすれば完全に余所者だ。これだけ辺境の村となると、余所者に厳しくなっても仕方がないだろう。
村の人達が友好的である事を切に願いながら、村落の方へと急ぎ足で向かって行くのだった。
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