第3話 魔物の少女




 「どーよ!素敵なマイハウスだろ!」


 森を二十分ほど歩いたところに、小さな村があった。まさに辺境の村だ。地面は最低限にしか整地されておらず、申し訳程度に村を囲う柵の先はすぐに森といった具合で、巳影の家とやらはそこから更に山を登った所、村から少々離れた場所にひっそりと佇んでいた。

 藁だとか木の枝なんかで出来た簡素な家を勝手に想像していたが、木造りの案外まともな一軒家で、中も最低限必要な物が揃っている良物件だった。


 「へー、悪くないな。」


 「だろ?遠慮なく寛いでってくれよ。」


 「…誰かの家だったらどうするんだ?」


 「多分大丈夫じゃね?オレ、この家のすぐ近くで目が覚めたし。」


 その解釈はどうなのかと思ったが、今の巳影は村人だし家の一つくらい所有していてもおかしくはないだろうと妙に納得してしまった。


 「なあ理人、怪我とかはしてないか?」


 「ん?ああ、特に怪我はしてない。……薬なんかあるのか?」


 「おう、薪代わりの枝拾ってる時についでに摘んできた。」


 ほれ、と巳影はずた袋から一枚の葉っぱを取り出す。


 「何だそれ?」


 「薬草。」


 「ただの葉っぱだろ。」


 「まあ見とけって。」


 どう見てもその辺の雑草にしか見えない葉っぱを、巳影は躊躇なくパクリと食べた。


 「おいおい死んだわお前。」


 その辺の雑草を食べ出すとは、いよいよ巳影も始まったか。

 哀れみの目で巳影を見つめていると、やがて巳影の足元が淡い光に包まれる。そちらに視線をやると、先程巳影が怪我していた場所が淡く発光しており、穴がみるみるうちに塞がっていく。


 「ほれ見たか?ホンモノの薬草だろ。クッソ苦いけど。」


 「いや、何だよその適応力。」


 絶対に夢だと思い、俺は自分の頬を抓る。普通に痛かった。


 「理人クン、まだ夢だと思ってんのかよ〜?」


 「これを夢以外の何だって言うんだよ。」


 「本当に夢だったら、オレはさっきルビーアントに噛まれた時点で飛び起きてるよ。」


 ふっ、と巳影は鼻で笑う。知らんがな。


 先程のルビーアントといい今の薬草といい、極めつけは女になった巳影。どう考えても現実では有り得ない事ばかり起きている。

 これを夢と考える他無いのだが、剣でルビーアントを斬った感覚はやけにリアルで、その感触は未だに手に残っていた。

 巳影に反論出来ず、黙ったまま自分の右手を見つめた。


 「よし、ちょっと水汲んでくる。喉乾いてるだろ?」


 そう言うと巳影は家の扉を開け、木製のバケツ片手に外の井戸へと向かって行った。


 「…夢じゃないんなら、なんで俺たちはこの世界に来たんだ…。」


 ため息と共に、一人呟いた。何もかもが分からない状態で、一体これからどうすれば良いというのか。

 これならいっそ王様だとか偉い人に、目覚めるなり「キミ今日から勇者だから。」とか言われた方がマシな気さえしてくる。


 なんとはなしに、鞘から剣を引き抜く。ずっしりとした剣の重みが、右腕に負荷をかける。


 「…巳影は何で村人なんだろうな。」


 村人と思わせて実は案外隠れた才能があるのかもしれない。巳影が戻って来たら、色々と話し合う必要がありそうだ。そう思った時、外から巳影の悲鳴が上がった。


 「うおおぉぉう!!?」


 「!?今度は何だ!?」


 剣を片手に慌てて外に飛び出すと、怯える巳影の脚に一人の少女が引っ付いていた。


 「なんだ、女の子か…?」


 呆気に取られて、思わず剣を構えた肩の力が抜ける。

 巳影の脚にしがみついている少女は、ワンピースと裸足の足がすっかり泥まみれになっていて、ボサボサに伸びた長く白い髪を、一層真っ白に際立たせていた。

 顔がちょうど巳影の太もも辺りにあるので、身長は90cmくらいだろうか。


 少女が巳影の脚を抱き締めたままゆっくりと顔を上げると、額に生えた小さな黒い二本角が露わになる。そして巳影の顔を見上げて、嬉しそうに微笑み一言、呟くように言った。


 「────おかーさま。」


 ガランガラン、と剣を地面に落とす音が響く。

 呆然として巳影を見つめるが、巳影もまたこちらを目を丸くして見つめる。


 ───この魔物の少女との出会いが、俺たちの運命を大きく左右する事になるなど、今はまだ知る由もなかった。

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