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ヤヤヤ

 話がある、と姉からメッセージをもらった時、瞬時に頭に浮かんだのは「離婚」の二文字だった。そうであるに違いない、と確信に近いものを姉の言葉から感じ取っていた。もしそうでなければ、他に一体どんな話があるというのか。それ以外の用件を海斗は思いつくことができなかった。

 自宅で夕食を済ませた後、もう一度ゆっくり携帯電話の画面に目を落とした。表示されている緑色の吹き出しには相変わらず「話があるから、今日夕方過ぎにそっちに向かうね!」とあった。この最後の「ね!」がいつもの姉の感じではなかったのだ。おそらく、こちらのことを心配させないように姉なりに気を遣ったのだろう。しかしそれが逆にこの用件がいかにシリアスであるかを海斗に伝えていた。

 時刻を確認すると、すでに20時を回っていた。窓の外では夜の気配がふんだんに漂っていて、今の時刻がもう夕方過ぎでないことは明らかであった。

 果たして海斗の予測は、見事に的中した。

「私たち、離婚が決まりましたー」

 姉は、わざとらしく声を弾ませて言った。そして、「不倫しててさー」と、悪びれる様子もなく続けた。

「え、不倫?」

「そうそう、不倫」

 ドライブの最中だった。姉は自身の車で海斗のアパートまでやってきて、海斗に助手席に乗るよう指示を出したのだ。そうやっていつもぞんざいに扱われる海斗は、いつだって姉に逆らうことができない。だからしぶしぶながらも了解し、そうして姉の打ち明け話を聞かされるはめになったのである。

 姉夫婦が離婚することにとくに異論はなかった。海斗にとっては、むしろほっとする気持ちのほうが大きかったのは事実だ。なぜなら姉の夫である真司は大手広告代理店に勤めるエリート中のエリートで、アルバイトで生計を立てている海斗はどうしたって劣等感を感じずにはいられなかった。

「不倫は、ダメでしょ」

「いいんだよ」

 姉は真顔で言った。「どうでもいいからさ、たまには付き合えよ、ばか弟」

 そのばか弟の六つ年上のばか姉は、一体なにをしているというのだ。不倫だぞ? 人の道を踏み外しているじゃないか。

 海斗がどうにか反論を試みようとして言葉を探していると、急に車のスピードが上がった。どうやら姉は無謀なことを企んでいるらしい。海斗は、今日死ぬのかもしれない、と思いながらも、それでもいいか、と納得してしまう自分が不思議でしょうがなかった。

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