第78話 みんなには内緒?水と春の㊙デート!





 時は少し戻る。沙織と秋月が喫茶店キャロルでお喋りしていた頃。俺と綾辻さん、そしてマーは、高宮町にある公園にいた。

 ここは高宮公園と呼ばれ、線路沿いにポツンとある小さな公園だ。周りをアパートや雑居ビルに囲われ、中には年季の入ったブランコと滑り台、ベンチが1つあるのみ。2車線道路と隣接しているため、いつも車の走行音が聴こえ、時折、電車の走る音も線路から響いてくる。たまに親子が遊んでいるのを見かけるが、人がいない時間の方が圧倒的に多い寂れた公園だ。ちょっとした密談には都合が良い。

 そんな少々喧しくも人気のない公園で、俺と綾辻さんはベンチに座っていた。俺達の間には、人ひとりが座れるくらいの間が不自然に空いている。


《ンーーッ、あんパン美味うま美味うま! おい、おかわりくれ!》

「はいはい分かったから、ゆっくり食え」

「ふふっ、モーメ君も可愛いね」

《見た目に騙されちゃダメだよ千春ちゃん。こんなんでもモーメは大犯罪者なんだから!》


 ここに来る前にコンビニで買ったあんパンを俺が袋から取り出すと、モーメは奪い取ってまたむしゃむしゃと食べ始めた。俺と綾辻さんの間に座ってあんぱんを頬張っているモーメを見て、綾辻さんは可愛がり、彼女の膝の上にいるマーは拗ねたように腰に手を当てる。


「水樹君はどうだった? 今日一日モーメ君と過ごしてみて」

「一緒にって言っても、ずっとコイツ寝てたからな。特に何も……強いて言えば、腕に軽い青あざができたくらいかな」


 俺は服の袖を上げて、ここに来るまでモーメが巻き付いていた右腕を見る。別に痛みはないが、そこには青いインクが掠ったような細い痕ができていた。


「沙織ちゃんやミーちゃんには気づかれなかった?」

「あぁ。といっても沙織の奴には気にもされなかったよ。今日はテストの結果に夢中だった」

「ふふっ。テスト返却の時はいつも落ち込んでるもんね、沙織ちゃん」


 沙織の様子を思い浮かべたのか、綾辻さんは俺の顔を見ながらうっすら笑った。


「綾辻さんは補習とか大丈夫そう?」

「えっ! う、うん、なんとかね。水樹君は大丈夫だった?」


 俺が訊ねると綾辻さんはピクッと一瞬背筋を伸ばしたかと思うと、浮かべていた笑みがぎこちないものに変わった。そして誤魔化すように首を傾げて訊き返してきた。


「……うん、問題ない」

「そっかぁ」


 俺がじーっと眺めながら無表情で頷くと、綾辻さんはばつの悪そうに顔を逸らした。

 前に沙織が綾辻さんの成績はどの教科も中位くらいだと言っていた。赤点は無くても、彼女自身あまり褒められた結果ではないと思っているようだ。


「それより、どうかな? これからもモーメ君とやっていけそう?」

「さぁな」


 綾辻さんは早口になって話題を戻す。俺はチラリとあんパンを口いっぱいにしているモーメを見た。


「けど幸い、明々後日から夏休みだし、明日のテスト返却と明後日の終業式を乗り切ったら、しばらく学校でのコイツとの振る舞いも気にせずに済むさ」

「そっか。私にどれだけのことができるか分からないけど、何か困ったことがあったら言ってね」

「あぁ、ありがとな」


 邪気ひとつない顔で言う綾辻さんに、俺は素直に礼を返した。


《ケッ、オイラの監視が嫌ならとっとと逃がせばいいんだ……おかわり》

「これが最後だぞ」


 俺は袋に入っていた最後のあんパンをモーメにやった。ビニール袋の中には、一緒に買っておいたチルドカップのカフェラテ2つとミネラルウォーターが残った。


「はい」

「えっ! あ、ありがとう」

《私の分もあるの? わーい、ありがとう!》


 俺がカフェラテを差し出すと、綾辻さんは畏まりながら、マーは喜んで受け取った。


《オイラの分は?》

「お前、あんパン5個もたいらげといて、まだ要求するのかよ」

《あんだよ、何ならあの青色のヤツにお前のことバラしたっていいだぞ?》


 モーメはへそを曲げた顔で俺を睨む。本人としては脅してるつもりなのだろうが、マスコットみたいな外見のニャピーに威圧されても、イマイチ迫力が無い。

 そんなモーメを半ば無視して、俺はミネラルウォーターのペットボトルを袋から出した。


《っ!》


 それを見てモーメはビクッと震えて後退りした。だが俺がペットボトルのキャップを外してそのまま飲むと、ホッとして警戒を解いた。


「あの、私ので良かったら飲む? まだ開けてないけど……」


 綾辻さんが気を使って差し出すと、モーメは礼も言わずに分捕った。そしてあっという間にストローを突き刺し、ズズズっとカフェラテを飲み始める。

 あまりの図々しさに、俺とマーは揃ってため息をついた。


《千春ちゃん、モーメなんかに気を使わなくても良いんだよ?》

「そうだぞ。形はどうあれ、コイツは捕虜なんだし」

「でも、可哀想だよ」

「いやいやいやいやいやいや」


 俺は扇ぐように手を振った。


「その優しさは綾辻さんの良いところだけど、親切の使いどころは間違えちゃダメだぞ」


 その優しさゆえに魔法少女なんてやってるんだろうけど、玲さんも言ってたけど、この調子じゃそのうち本当に身を滅ぼしそうで、なんだか見てられない。


「う、うん」


 綾辻さんは申し訳なさそうにしながらも愛想笑いを浮かべて頷いた。けど本当に分かっているのかは定かでない。


「まぁいいや……それで?」

「えっ?」

「話したいことがあるって言ってたけど、話って?」

「あっ、うん。あのね……“ますは”水樹君に聞きたいことがあるの」


 ここに来てようやく俺達は本題に入った。





 俺と綾辻さんが、こんな人気のない公園に二人で……正しくは二人と二匹だけど、この公園に来た理由は、ほのぼのとデートするためでも、ましてやモーメにあんパンを食べさせるためでもない。

 きっかけは今日の休み時間、綾辻さんがMINEで俺に送ってきた一件のメッセージである。


【今日の放課後、時間あるかな? 話したいことがあるんだけど】


 メッセージを見た時、俺は「なんだろう?」と首を傾げたが、同時に“ラッキーベル”のことが脳裏に過った。いずれにせよ断る理由もなかったので、俺はすぐにスタンプで『OK』とスタンプで返した。

 そして放課後、昇降口で合流し、途中コンビニに寄って今に至るわけだ。





 そばの線路から電車の走行音が響く。本題に入ろうとするや否やしばらく沈黙が流れたが、音が止むと綾辻さんは口を開いた。


「あの……水樹君は、どうしてガーディアンズに入ったの?」

「へ?」


 あまり想像していなかった綾辻さんの問いに、俺の口から調子の外れた声が出た。


「聞きたいことってそれ?」

「うん。昨日マーちゃんと色々話している時に気になっちゃって。あっ嫌だったら全然言わなくて良いんだけど」

「いや、大丈夫」


 俺は気勢を殺がれたように脱力してベンチの背もたれに寄りかかった。


「でも、あんまり気分の良い話じゃないぞ?」

「……うん」


 俺が訊ねると、綾辻さんはキリッと顔を引き締めて力強く頷いた。


「…………はぁぁ」


 俺は小さくため息をついて顔を俯かせる。

 綾辻さんの話は想定していたものではなかったが、この話はこの話で気が重い。嫌でも事件当時の記憶が脳裏に浮かぶ。


「俺は…………」


 俺は口を噤み、しばらく空を見上げた。頭上には綿のような白い雲が浮かび、澄んだ青空が広がっていた。

 少しの間だんまりした俺だが、綾辻さんは次の言葉を待ってくれた。


「昨日話した通り、今の俺があるのは先代の青龍とガーディアンズのエージェント達のおかげだ。あの時、命がけで俺を助けてくれた“清水しみずさん”……先代や玲さん達のために何かできないかって思ったのが、俺がガーディアンズに入った理由だ」

「それってつまり、恩返しってこと?」

「そんなんじゃない。けど、じっとしてられなかったんだ」


 あれは恩返しというよりも、贖罪だ。

 俺は能力を使って、手に持っていたミネラルウォーターを眼前に浮かせた。俺の操る透き通った水の塊は、球状の水流となって原子軌道のような渦を形作る。

 綾辻さんにはそれが空中を漂う火の玉のように見えた。


「この能力で俺が誰かの助けになれば、亡くなった先代の命も無駄にしないで済む……そんな風に考えて、罪悪感を紛らわしてたんだ」

「……罪悪感?」


 綾辻さんは宙に浮く水の塊から俺へ目を移した。


「別に、亡くなったのは水樹君のせいじゃ」

「いや、俺のせいだよ」


 俺は宙に浮かせた水をペットボトルの中に戻した。


「宗田が人質を取った時、身柄の引き渡しに応じるようにしたのは俺なんだ」

「えっ!」


 当時、先代は人質と俺の身柄を交換することは微塵も考えていなかった。けど俺が独断で前に出て、宗田に人質を解放するように仕向けたのだ。


「結果、先代は命を落とした。俺の勝手な正義感と下手な自己犠牲のせいで死なせたようなもんだ」


 綾辻さんは絶句した。マーも顔を青くしている。モーメは聞いているのかいないのか、ただ黙ってカフェラテを飲んでいた。

 案の定、重苦しい空気が漂う。どことなく車道からの車の走行音が遠くから聴こえるように感じた。


「ま、きっかけを言えば、そんな感じだ」


 俺は空気を換えるため、できるだけフラットな口調で話を区切った。


「けど、今、俺がガーディアンズにいるのは償いのためでも、罪悪感に苛まれてるからでもない。心の底から誰かを助けたいと思って、自分のためにやってるんだ。ハデスの件に関わるのも、沙織や綾辻さん達を守りたいからだしな」

「…………そっか。そうなんだ」


 綾辻さんは消え入るような声で呟くと、さっきの俺と同じように顔を俯かせ、しばらく虚空を見つめた。


「……すごいね、水樹君は」

「別にちっともすごくねぇよ。俺から言わせれば、綾辻さんの方が十分すごいぞ」

「ううん。私なんて、いつも沙織ちゃんや麻里奈ちゃんに助けられてばっかりだし、魔法少女だって借りものの力だし、適性があったのだって偶々だし」

「いやいや、偶々じゃないだろ」

「えっ?」


 どんどん気持ちが沈んでいく綾辻さんの言葉を遮ると、綾辻さんは顔を上げてこっちを見た。


「玲さんから聞いた。マー達が助けを求めた時、最初に声を掛けて応えたのは綾辻さんなんだろ?」

「そう、だったかな?」

《そうだよ》


 首を傾げる綾辻さんの代わりに、マーが肯定した。


《私達がこの世界にやってきた時、傷ついた私達を最初に見つけてくれたのも千春ちゃんだし、キューティズとして戦うことをお願いした時、最初に返事をくれたのも千春ちゃんだった。だから沙織ちゃんと麻里奈ちゃんも協力してくれたんだよ》

「……そっか。そうだったね」


 マーは訴えかけるように綾辻さんに言った。その言葉を聞いて、綾辻さんの表情が少し和らいだように見えた。


「いくら才能や仲間に恵まれても、それを活かすも殺すも本人の意志や努力次第だ。その意志を持って何も関係ない人を助けようと行動できるのは、とてもすごいことだし、そこはちゃんと誇っても良い所だと思うぞ。その意志に救われた者だっているしな。なっ?」

《うん!》


 俺が視線を下げてマーを見て訊ねると、マーは大きく頷いた。


『救えなかった者もいるけどな?』


 そんな俺の頭の中の“敵”の声が頭を過ったが、俺は言葉を飲み込んだ。


「うん、ありがとう。水樹君、マーちゃん」

《えへへ!》

《ケッ!》


 綾辻さんは憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべ、マーは照れたように笑う。それを見てモーメは『くだらねぇ!』とでも言うように眉をひそめてストローに口を付けた。


「それで、なんでこんなこと聞きたかったのか知らないけど、納得できたか?」

「うん……それでね、今の話を聞いて、やっぱり水樹君には話しておこうと思うの」

「ん?」


 俺は綾辻さんへ目を向ける。綾辻さんは意を決したような面持ちでまっすぐこっちを見ていた。


《っ!》

《んぐッ!》


 しかし、唐突にマーとモーメが何かに反応した。


「どうしたの、マーちゃん?」

《ハデスだよ、近くにいる》

「えっ!」


 なんともタイミングが悪いことだが、ハデスが出たということなら仕方ない。

 俺と綾辻さんは気持ちを切り替えてベンチから立ち上がった。


「行こう!」

「うん!」

《こっちだよ!》


 ハデスの気配が感じる方向を指さして、マーは飛んでいく。俺と綾辻さんはその後を追う。


《頑張ってなぁ》

「お前も行くんだよ!」

《ぐえっ!》


 他人事のように手を振りながら、しれっとその場に残ろうとしたモーメの頭を掴んで、俺は綾辻さんと一緒に走った。




 ***




 俺と綾辻さんはマーに導かれ、高宮町の端にある大通りへ向かう。

 恐怖や怯えに染まった顔で走って逃げる人々と何回もすれ違いながら、やがて俺達は現場にたどり着いた。偶然だろうか、ここは昨日俺達が戦った交差点の近くである。

 さっきまで騒がしいほどに木霊していた悲鳴や怒鳴り声もすっかり遠くへと行ってしまった。

 現場には乗り捨てられた車が並び、見渡す限り人の姿は無くゴーストタウンのようになっていた。


「ここ? マーちゃん?」

《うん、近くにいるはずだよ》


 現場は不自然なほど静まり返っていた。だが、遠くから微かに物音が聴こえる。

 綾辻さんとマーと一緒に、俺も周辺を警戒する。すると突如、どこからか風を切るような音が聴こえた。

 反射的に目を向けると、何かが俺達のいるところへ飛んできているのが見えた。


「危ない!」

「キャっ!」


 飛んできたのは闇を煮詰めたような漆黒のエネルギー弾だった。

 弾は俺達のすぐそばに着弾し、爆発音と共に周辺に衝撃波を広げる。俺は綾辻さんを抱き寄せ、衝撃から庇うように背を向けた。


「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう」


 礼を言いながら綾辻さんは俺の顔を見上げる。幸い怪我はないようだ。俺の方には背中に殴られたような痛みがあったが、こっちも怪我を負うほどではなかった。


「大丈夫ですかァ?」


 ふと、聞き覚えのある声が聴こえた。そしてエネルギー弾が飛んできた方向から、誰かが俺達の方へ飛んできた。

 俺と綾辻さんは揃って目を向ける。


「えっ!」


 それは、青色のコスチュームを着た少女……キューティ・サマーだった。






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