第10話 連携の秘密?奴隷蟻を倒せ!



 俺が自称『魔法使い』の女を取り逃がした頃、高宮第一高校の体育館では、ノーライフであるスレイブアントと魔法少女のキューティズの戦いが続いていた。

 バトル開始当初は百体ほどいたスレイブアントは、攻防の中で八十体ほどまで数を減らしている。

 しかし、キューティズの三人の顔色は決して良いものではない。


「むぅ……」

「つ、疲れたぁ……!」

「バカ、まだ終わってないのに気抜いてんじゃないわよ!」


 渋い顔をしている綾辻さんスプリングの横で、自身の杖を地面について脱力しようとしている沙織サマーに、秋月オータムが叱責する。

 彼女たちの前では、スレイブアントが今にも襲い掛かってきそうな様子で、隊列を組んで武器を構えていた。

 その大きな蟻の隊列を睨みながら、オータムはひとり思考していた。


(……この数の連携、誰かが指示を出してると考えなきゃ説明がつかない)


 盾の部隊が守り、弓の部隊で掩護射撃を行い、剣の部隊と槍の部隊で追い込む。事前にプログラムされた動きにしては、あまりにも迅速かつ適切にキューティズの動きに対応している。

 さきほど試しにオータムが剣の部隊の攻撃から逃れて、そのまま盾の部隊と弓の部隊に斬りかかったが、すぐにサマーの相手をしていたはずの槍の部隊が襲撃してきた。

 この襲撃といい、戦闘開始直後にサマーとオータムの攻撃に合わせて綺麗に隊列が分かれた事といい、不自然すぎる。それらの一連のスレイブアントの動きを見て、オータムは何者かが全体の戦況を見ながら随時指揮をとっていると推測していた。


(私の推測が正しければ、あの軍団の中に指示を出しているヤツがいるはず……いや、待てよ)


 オータムは何か閃いたような顔つきで暗い天井を見上げた。


「どうしたのオータム?」

「……ねぇ、体育館の電気のスイッチってどこにあるか覚えてる?」

「えっ?」


 スプリングはオータムの質問を聞いて首を傾げたが、途端、スレイブアントの弓矢が飛んできて「うわぁっとと!」と驚きながら、その場から飛び退いた。


「たしか、出入口の横だったと思うけど……!」

「なになに、灯りが欲しい感じ?」

「えぇ!」

「オーケー、まかせなさいな!」


 オータムは頷いたのを見て、サマーは得意げに笑った。

 その後、すぐにスレイブアントが攻撃を仕掛けてきたが、サマーはその攻撃をすり抜けて、ロッドを構えた。


「サマーマジック、皆を照らす希望の光よ、輝け!」


 サマーが呪文を唱えると、シャインロッドの先に魔力が収束して光の玉を生成した。

 サマーはロッドを振って、光の玉を天井付近まで飛ばす。その光の玉によって、体育館内はまるで昼間のような明るさになった。


「えっ!」

「な、なにアレェ!」

「……やっぱり」


 はっきり見えるようになった体育館の中。その天井にいたものを見て、スプリングとサマーは驚愕し、オータムは案の定といった表情を浮かべた。

 丸い頭部に、大きな複眼、細長い腹部、真ん中にある丸っこい胸部の背中からは平らなはねが左右に生えている。大きさはスレイブアントと同じくらいだ。

 三人に姿を見られたノーライフ“ドラゴン・オブザー・フライ”は、天井から足をはなして飛翔し始めた。


「ノーライフがもう一匹、いつの間に……!」

「変な見た目。あれってハエ? トンボ?」

「どっちでもいいわよ。いずれにしろアレがこの蟻たちに指示を出して動かしてたのね」


 オータムの言葉に、ドラゴン・オブザー・フライはギクリと身を震わせ、挙動不審な動きをし始めた。その反応から、オータムはドラゴン・オブザー・フライにそれなりの知性があることとあまり戦闘能力がないことを見抜いた。


「動揺している今がチャンスよ、スプリング! あのノーライフを倒せば、蟻の連携も崩せるはずよ!」

「分かった!」


 スプリングは力強く頷いて、ウィンドガンナーの銃口を天井に向けた。やがて銃身が魔力に覆われ、ピンク色に発光する。


「ストームフォース・バージニッド!」


 スプリングが引き金を引くと、ウィンドガンナーに蓄積された魔力は、流星群のような暴風の弾丸となってドラゴン・オブザー・フライを射貫いた。

 ドラゴン・オブザー・フライは絹を裂くような悲鳴を上げ、黒い影となって爆ぜて消滅した。


 司令塔が消え、スレイブアントの軍団は混乱したように動き出した。小型犬ほどの大きさの蟻の群れが右往左往と動き回る様子は、なかなかに不気味である。

 その光景を見て、サマーも思わず「うわ、キモっ!」と呟いていた。


「まとめる者がいなくなって、パニックになってるわね」

「よし、一気に片付けちゃおう!」


 スプリングの言葉を聞いて、三人は意識を合わせたように揃って頷き、自身の武器を握る手にギュっと力を込めた。


「スプリング・ウィンド・チャージ!」

「サマー・シャイン・チャージ!」

「オータム・メイプル・チャージ!」


 三人の呪文に反応して、桃、青、黄色の三色の魔力がそれぞれの武器に収束していく。魔力を極限まで貯めた三人の武器は、清らかな光を放ち、強力なパワーを生んだ。

 やがて、スプリングが銃の引き金を引き、サマーが杖を掲げ、オータムが剣を振るう。


「ストームフォース・ソニック!」

「サンフォース・ストライク!」

「アースフォース・スラッシュ!」


 スプリングの射撃、サマーの魔法、オータムの斬撃によって生じた光が、スレイブアントの軍団をのみ込んでいく。光に包まれたスレイブアントの黒い影は、みるみる小さくなって、やがて消滅した。

 ノーライフを撃った魔力は飛散していき、徐々に光も消えていく。そしてその場にはバトルで荒れた体育館だけが残った。




 ***





《みんな、お疲れ様ぁ》

《ノーライフの魔力も感じないし、ちゃんと全部倒したみたいだね》

《三人とも凄いわぁ》


 変身後、体育館の隅に隠れていたニャピー達がフヨフヨと浮いて三人の元へ戻ってきた。

 戦闘能力がないニャピー達は、キューティズが戦っている時は、いつも付近のどこかで隠れている。今回はどうやら体育館の窓についたカーテンの裏にいたようだ。


「はぁぁ」

「よぉーし、勝ったぁ!」

「こらこら、まだ終わってないでしょ?」


 ノーライフを一掃し、三人は変身を解く。綾辻さんと沙織が気を抜いたのを見て、秋月が軽く注意した。


「マー、ミー、ムー、いつものお願い」

《ラージャー!》


 秋月の依頼に声を揃えて元気良く応えると、マー達は円形に並んで手をつなぐ。


《聖域に住まう精霊王よ、我らニャピーとの契約に従い、災厄の傷跡を癒したまえ。輝け、キューティーパワー!》


 すると、三人を中心に魔力が溜まって虹色に輝き始め、心地の良い光のオーラが周囲に伝播していく。そして、そのオーラに触れた体育館は、まるで時間が巻き戻ったように元に戻っていった。

 虹色の光が消えると、ノーライフとのバトルで荒らされた体育館は、すっかり以前の状態に戻っていた。

 このように、ニャピーの魔法でバトル後の現状復帰してくれるのが、マジック少女戦士キューティズが町の人達に人気な理由のひとつだったりする。

 魔法少女の物語でも良くある魔法だ。

 死人は蘇らないけどな……。



「ありがとう、ムー達」

《イェーイ!》


 役目を終え、ニャピー達はハイタッチする。

 現場が元に戻ったのを確認して、ようやく秋月は肩の力を抜いた。


「ふぅ……それにしても、あのメデューサとかいうヤツ、一体なにを企んでたのかしら?」

「なんか罠を仕掛けようとしてたみたいだったよねぇ。まぁ、何はともあれ阻止できたから良いじゃん!」

「あははぁ……」

「まったく、もう……」


 沙織はのんきに笑って考えるのを放棄した。現状、いくら考えても答えは出ないから、行動としてはあながち間違っていないが、あまりの危機感のなさに、綾辻さんは苦笑いし、秋月は頭を抱えた。


「はぁぁ……うーーん、身体動かしたらお腹すいちゃった。みんな、帰ろう!」

「うん、そうだね!」

《私も、魔法使ったら眠くなったよ》

《ボクも》

《ふふっ、実は私もぉ》

「あ、ちょっと皆ぁ……」


 もうすっかり万事解決ムードとなってしまった秋月を除く皆は、家へ帰るため体育館を出ようとする。


「……はぁ、やれやれ」


 なんとも締まりのない幕切れに、一人残された秋月はため息を洩らした。

 ハデスの幹部メデューサの出現。その罠を防いで窮地は脱したが、噂になっていた人影の正体や秋月が見た影の正体も、結局ハッキリしていない。


「いったい、何が起きてるの……」


 窓から見える月を見上げながら、秋月は不穏な予感を覚えるのだった。




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