第0.5章 魔法少女とヒーローの日常

第1話 幼馴染





 俺……水樹優人には秘密がある。

 それは、俺が“守護神ガーディアンズ”の『青龍』の称号を持つ“ハイドロード”であることだ。



 1年前、中学を卒業してすぐに、俺はとあるイカれた科学者による人体改造プロジェクトに巻き込まれた。なぜ俺だったのか、その理由はいまだ謎だが、そのせいで俺は被験者として、身体を改造され、ある“能力”を身につけさせられた。

 その後は科学者の手先として命がけの調教と洗脳をされかけたが、幸い、その前に当時の『青龍』の称号を持っていた人とキャプテンによって救出され、正気のまま一命をとりとめることができた。

 それからは……まぁ、色々あって、ガーディアンズに入って研修や訓練を受けて、能力を活かしながら世のため人のため活動して、そのうち“ハイドロード”なんて名前がついて、さらに『青龍』の称号を得た。


 この話は、また次の機会に話すとしよう……。



 とにかく、そんな過去を経て、俺……水樹優人は、ガーディアンズの四神の一人としてヒーローをやっている高校生となった。

 ヒーロー活動は、年中無休。主に自己管理で事にあたっている。たまにガーディアンズ本部から召集され、突発的なミッションを受けたりするけど、そんなときは、両親や周りの友達とかにはアルバイトだって言って誤魔化してる。

 命懸けのミッションも少なくないが、小さい頃に夢に描いた親父のような警察官みたいになれたと思ってることもあり、特に辞めたいとか思ったことはない。


 それに、ヒーローとして忙しい毎日を送っていても、しっかりと高校生として学生生活を楽しめているしな……。


 昼休みに食堂へダッシュしたり、放課後に部活へ顔を出したり、定期テストの結果に一喜一憂したり、友達と少年誌の回し読みしたりと……、我ながら平凡で楽しい青春時代になってると思う。

 普段、周りに隠れてデンジャラスなことをやってることもあってか、平常時のそんな何気ない日常が楽しくて仕方ない。






 ある日。

 帰りのHRが終わり、生徒たちは皆、席を立つ。そして、多くの生徒は放課後の活動に取り組み、残りは校舎を後にする。


「優人ぉ、帰ろうー」

「あぁ」


 周りのクラスメイト達と同じように、俺と沙織も教室を出る。お互いに“用事”や部活がないとき、俺と沙織はこうして二人で並んで家に帰ることが多い。


 教室を出ると、肌を刺すような夏の暑さに襲われた。クーラーが効いた教室の涼しさとのギャップもあって、梅雨明け後の空気が格段に暑く感じる。だが、毎年この暑さを感じると、『あぁ、あともう少しで夏休みなんだなぁ』という感じもするため嫌いじゃない。


「今日はどこか寄って帰るか?」

「そうだねぇ、今日は本屋に寄りたいなぁ。新刊の発売日だからさぁ」

「あぁ、分かった」


 そういえば、今日はあの少年マンガの新刊が出るんだったな……。


「俺も買いたい新刊あったからちょうど良いや」

「あははっ、そうでしょ?」


 分かってたよ、という感じで沙織はニコッと俺に含みのある笑みを向けた。

 何で沙織がそんな笑って俺を見るのか分からず、一瞬首を捻ったが、すぐに彼女の思惑を察した。


「買うんでしょ?」

「……あぁ」


 沙織のヤツ、俺に新刊買わせて、自分は借りて読む気だ。

 俺は苦笑いで「ちゃっかりしてんなぁ」と言いつつ首を縦に振った。


「はいはい貸してやるよ」

「やったー! じゃあ、早く行こ!」


 沙織はピョンと跳ねて喜び、歩くスピードを速めた。俺も彼女についていくよう、速く歩いた。


「そんな急がなくても、単行本はそうそう売り切れたりしないだろ?」

「いやいや、そんなんじゃなくて早く読みたいんだって!」


 気持ちは分かるが、あまり急ぐと転ぶぞ?





「あっ。おーい、沙織ちゃーん!」


 二年生のフロアの廊下を歩き、階段の前まで行ったところで、ふと沙織を呼ぶ声が聞こえた。

 沙織と一緒に振り返ると、ピンク髪の少女が沙織に向けて手を振って走ってきた。ピンク髪の少女の後ろには、黄色っぽい髪色をした少女もいる。


「ん、千春、麻里奈?」


 沙織が反応して二人の名前を口にする。


「いま帰り?」

「うん、これから優人と駅前の本屋によって買えるとこ」


 沙織が答えると、ピンク髪の少女は「そうなんだ」と呟いた。

 ピンク髪の少女の名前は、綾辻あやつじ千春ちはるさん。ミドルボブの髪型で、とても優しい顔つきをしている子だ。純粋で明るく、まっすぐな性格をしており、男女問わず人気がある。


「何か用事?」

「今から千春と“キャロル”に行くから、沙織もどうかなって思ってたんだけど……」


 沙織に訊かれて、黄色の髪色をした少女がチラリと俺を見ながら答えた。俺が「どうも」と簡単に挨拶すると、少女は綾辻さんと一緒にうっすらと笑って挨拶を返してくれた。


 黄色っぽい髪色をした少女は、秋月あきつき麻里奈まりな。背中くらいまである長い後ろ髪をひとつにまとめ、落ち着いた雰囲気を感じさせる顔つきをした子だ。性格も大人びており、滅多なことがないと取り乱さない。


「彼氏との先約があるならダメみたいね?」

「もう、だから彼氏じゃないってば!」


 秋月はクスクス笑い、沙織は強い口調で否定した。秋月は沙織と俺が一緒にいることを、よくこうやってからかってくる。

 いたずらっ子のように笑う秋月に沙織がツッコミを入れるのも、今ではすっかり見慣れたものだ。

 綾辻さんと秋月との付き合いは中学生からのことなので、二人のこんなやり取りを見るのも、かれこれ四年以上になる。


「残念ね。沙織、キャロルの夏の新作パフェ、楽しみにしてたのに……」

「あっ、そういえば今日からだったっけ?」

「ふふ、先に食べてくるわね?」

「うぬぬっ……!」


 キャロルは学校の最寄り駅の前にある喫茶店で、俺達四人は、なにかとよく使わせてもらっている。女子三人あるいは俺と沙織の二人で、放課後や休日にそこでゆっくりと過ごすことも珍しくない。


「どうする? 新刊は諦めてキャロルに行くか?」


 その場合、俺は新刊買ってすぐ家に帰るけどな。

 流石に、女子三人と喫茶店でお茶する度胸は俺にはない。


「うーん……いや、今日は私が誘ったんだから、パフェはまた今度!」

「ふふっ。じゃあ、私と麻里奈ちゃんで行ってくるね」


 決心した、といった感じでキリッとした顔をする沙織を見て、綾辻さんはニコリと柔和な笑みを浮かべた。

 隣に立つ秋月も、いたずらっ子ようにクスクスと笑う。


「まぁ、そうよね。沙織にとっては、私たちよりも大好きな彼氏の方が良いわよねぇ」

「そんなんじゃないよ……というか彼氏じゃないてば!」

「またまたぁ!」

「またまたじゃなぁーい!」


 秋月にからかわれて頬を膨らませる沙織に、綾辻さんと俺はクスクスと笑うのだった。




 ***





「まったく、麻里奈ったらもう!」


 綾辻さん達と別れ、学校を出てからずっと沙織はごねていた。

 道行く周りの人たちのがすれ違いざまにこっちを見てくるので、少しは声を抑えてほしい。


「……優人は、どうなのさ?」

「はぁ?」


 なにが“どう?”なのさ……?


「いや、私が彼氏だなんだって言われてるってことは……それってつまり優人とって、私が……か、彼女だって言われてるみたいなような、ないような……」


 言われてるみたいなもんだよ。

 そんな間接的な言い方だけじゃなく、この前も葉山に『お前ら非公式カップルは……』とか言われたし。


「それについて、優人はどう思ってるのかなって……?」

「どうって……」


 今日の秋月だけじゃなく、俺と沙織がそういう風……カップルみたいに言われるのは今に始まった事じゃない。

 幼稚園や小学校の時は、『やーいカップルカップル!』とか『チューしろよぉ』とからかわれ、泣いたり喧嘩したりしたし、父さんと母さん、沙織の両親からは今でも『あなた達いつ付き合うのよ?』だの『優人君はいつ沙織と結婚してくれるの?』だの、さんざん言われている。


「……別に、勝手に言わせてればいいだろ。周りに言われたからって、どうなるわけでもないし」

「そうだけど……私が訊きたいのは、そういうことじゃなくて……」


 沙織は暗い顔で、「むぅ……」と口を結ぶ。


「……少しは意識してくれても良いじゃん、まったく」


 ボソボソと呟いて普通の人にとって聞こえるかどうか怪しい小さな声だったけど、普通より感覚が優れている俺には十分に聞こえる音量だった。


 意識してないわけじゃないんだけどなぁ。


 胸の鼓動が大きくなったのを感じつつも、段々と感情の変化が鈍くなっていく自分のあたまに、俺は辟易した。




 ***




 本屋についてすぐ、沙織は新刊コーナーに向かった。


「おっ、あったあった! 続き気になってたんだよねぇ……では、はい、お願いします!」」

「はいはい」


 お目当てのものを手に取って、沙織はニコニコしながら俺にそれを渡す。

 その後、俺たちは他にも何かないかと一緒に店内を見て回った。




「えっ、この漫画の作者また休載したの?」

「腰の病気だってさ。病状そのものは大したことないらしいけど大事を取って、またしばらくは休むって」

「優人は知ってたんだ……ハァ、この人のマンガ好きだったのになぁ……」

「俺もこの先生の連載楽しみにしてたのになぁ。続き気になってたし」

「あっ、ネタバレしないでよ! 週刊誌派の優人と違って、私は単行本派だから!」

「分かってるよ」


 漫画コーナーでは、休載した漫画について二人揃ってため息をついた。



「最近、なんかやけにタイトルが長いラノベが多いけど、これ何なの?」

「さぁ、よく分かんない。俺も不思議に思ってるけど……」

「ここにある本も……『帝国から追放された俺はヒーラー能力を使って田舎で医者として過ごす ~拾ったエルフが実は隣の国のお姫様でスローライフをエンジョイしていた俺に助けを求めてきた件~ 』って、もうあらすじ読まなくても話の内容が分かるんだけど……!」

「……言ってやんな」


 ライトノベルコーナーでは、新刊の表紙に書かれたタイトルの長さに違和感を覚えた。



「んー、あんまり面白そうなの無いなぁ」

「面白そうって……ここ参考書コーナーだよ。面白いのがあるわけないじゃん!」

「いやいや、それは沙織が勉強嫌いなだけだって。参考書にも面白いものはたくさんあるんだから」

「嘘だぁ!」

「例えば、ほらコレ、帝都大の教授が書いてる『高校化学の新エビデンス』。分厚くて辞書みたいな参考書だけど、基礎的なことから応用的なことまで簡単な文章で書かれてるから受験にも役立つし、それとこの『高校数学でわかる物理基礎』は間違ったこともほとんど書いてないし、最近の研究についても触れられてるから結構実用的だ。あっ、この『流体力学エッセンス』も面白いよ」

「あぁー、分かった、分かったから! 私にはどれも難しすぎるから! というか、それ全部理系科目じゃん?」

「まぁーね」

「前にも言ったけど、私、物理と化学って苦手なんだよね……」

「……沙織ってなんで理系選択したの?」

「えっ! それは、だから、そのぉ……」



 参考書コーナーでは、俺がおすすめする参考書や実用書を紹介したが、どれも沙織には不評のようだった。



 そんな風に各コーナーで話をしながら、俺と沙織は店内を見て回っている。


「えっ?」

「ん?」


 最後に雑誌コーナーを見に行こうとした時、ふと沙織が何かの声を聴いたような反応をして、店の外へ顔を向けた。


「……どうした?」

「あ、あぁー! 何でもない何でもない!」


 そう言って、沙織は挙動不審に手と顔を横に振っている。

 その反応はどう見ても何かあった時の反応だ。 


「あッあぁーーッ、そ、そういえば私、今日は早く帰るってお母さんと約束してたんだったァ! ごめん優人、私さきに帰るね!」


 俺の返事も聞かず、沙織は「じゃあねェ!」といって、そのままお店を飛び出していった。周りにいた学生や主婦の人たちは、彼女の行動に何事かと首を傾けている。


「……はぁ」


 俺は一人、その場に残された。

 どうして沙織があんな取り乱して、慌てて出ていったのか……大体のことは理解できる。


 どうせいつものように、近くで“ノーライフ”が出たのだろう。


 俺は沙織の後を追うように、本屋を後にした。



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