036.冒険者ギルドにて 5(キッカ視点)

「……てめぇ。俺様を知らない、だと……? この町でもっとも優秀なC級冒険者のヤットコ様を」

「この町ってC級で優秀なの? 知らなかったわぁ。この町って人材薄いのね。自分を様付け、酔ってるわねー。……え、ヤットコって名前なの?」

「C級冒険者パーティ、『トット・ト・イケ』を」

「は? なにそのパーティ名。どこのハムスターよ、あ、それとも、自分はC級の中でも優秀って意味?……なんだか、俺は四天王の中でも最弱ぅってフレーズが似合いそうね」

「準男爵の俺が率いるこの町でもっとも優秀なチームさえもしらねぇとか。はっ、奇抜な格好しているだけの雑魚か」


 キツネさんが奇抜な格好していることには同意するけど、あの人を雑魚っていえるくらい、この世界には強い人がいるのだろうか。

 もしキツネさんがこの世界でも中堅どころなのであれば、この異世界はどれだけ力のインフレなのかと驚きを隠せない。


 後、キツネさん。ハムスターはないです。トットってところだけで反応しちゃってるよ。


「へー。あんた準男爵なんだぁ」


 キツネさんは「奇抜な格好? どこが?」と自身の白装束の長い袖をひらりと拡げてまぢまぢと自分の衣装を見ているけど、拡げたら蝶のように拡がるその袖は、流石に奇抜だと思います。


 あと、誰もツッコまないけど、キツネさんの服って、スカートタイプの巫女装束よね。この世界では珍しくないのかな。


 ヤットコが自分のことを準男爵と自慢げに言ってたけど、貴族なら確かに平民である冒険者風情がと言えるかもしれない。でも、キツネさんも爵位もってるはずだし、準男爵って……


「そうだ。そうだ! お前みてぇな一般人が準男爵である俺に逆らうこと自体ありえねぇんだよ!」

「逆らうもなにも……あんたのこと知らなかったし」

「ぐっ……」

「いや、だからさ。私があんたになんかしたの? で、なんかしたから私の大事なメリィちゃんに手を出したの? だったらなんで私に手ださなかったの。なに、弱いものいじめでもしたかったの? 弱いものいじめのために私を出汁にしてるだけ? てかどう考えてもあんたと接点のない私に絡んでくるあんた達みたらそうにしかみえないのよ」

「お、おめぇがっ! 俺が受けようとした緊急オーダーなんぞ受けて、俺より目立ちやがったからだろうがっ!」


 そんなどなり声に、私達はいざ知らず。

 周りの冒険者の人達も、「は?」と声を出した。


「おめぇが受けなかったら、俺があの緊急オーダーを受けて、あんな森の魔物なんぞ一掃して、一気に英雄として駆け上がることができたんだっ!」

「……あんた、なに言ってんの?」


 ぞわっと。

 キツネさんの怒りに、また火が灯った気がした。

 それは魔力の流れとも言うものなのかもしれない。私も魔剣士として魔力を扱う能力がすでに備わっているためか、その動きが分かった。シレさんもアズも、その魔力感知でキツネさんが怒っていることに気づいたのか、それとも怖かったのか、ぶるりと体を震わせる。


「選帝侯に覚えがあればお前等とは違って、準男爵の俺は一気に爵位さえも駆け上がることができる! 俺の時代がくるはずだったんだ! なのにお前は、俺がいない間に緊急オーダーを受けて森へ向かった! 何も調査の結果を持たずに数日で逃げ帰ってきたお前よりも俺がいけば、有益な情報を得て、魔物さえも殲滅して俺等パーティには輝かしい未来が――」

「ないないない。なに? そんなありえない未来に、それが出来なかったからって駄々捏ねて、メリィちゃん殴ったの?」

「ああ? 貴族様にたてついた馬鹿な一般市民を殴って何が悪い! 貴族様のために体捧げるくらいしか活用方法もねぇだろうがぁ」


 ……ああ。

 なるほど。と私は思った。

 これが、この世界の貴族の考え。

 一部の、貴族至上主義者の考えなんだな、と私は前の世界でも味わうことのなかった考えを浴びせかけられた。

 こんなのと関わることの嫌さが身に染みる。

 自分がどれだけ偉いのかと声高々に。自分が一般市民を見下していいのだと嘲るその姿。同じ人なのに、自分には高貴な血が流れているからと、人を人と思わないその醜いその姿に、私は、この世界で生きていく難しさと息苦しさを感じた。


 こんな世界で、やっていけるのか。

 平和に慣れ親しんだ私達が、このような思想をもつ彼等と対話していくことができるのだろうか。


 弱者を踏みにじる、魔物と、人。

 でも、準男爵って……



「ほんっと。あんた達みたいなクズは、同じことしか考えないのね。下半身が頭にあるのかと思うくらいだわ。それはそれで想像すると怖いわね。ああ、だからあんたは客商売の女性にしか相手にされないのね。見た目も心も下半身だから。あー、怖い怖い。安心しなさい。その女性達もあんたたちのこと毛嫌いしてるわよきっと。だって、魅力もなにも、クソみたいなことしか言ってないガキだからね、あんた」

「て、てめぇ! 言わせておけばっ!」


 何が言わせておけばなのかとは思わなくもないけども、キツネさんの煽りに、我慢の限界が来た。

 ヤットコが拳を振り上げる。まるで、大きな大木が落ちてきたかのように太い腕と硬く握り締められた拳がキツネさんに迫る。


「ほんっと。そこまで怒らすようなこと、言ってないんだけどねぇ」


 ふわりと。

 風切り音が聞こえてきそうなほどに振り下ろされた拳を、キツネさんは木の葉が水に流れていくような緩やかな動きで、残像を残しながらその拳に軽く触れて受け流した。


「でも」


 全く違う方向へとたたらを踏むようにバランスを崩したヤットコの腹部に手を添える。


「私のほうが怒ってるから、そうやって先に手を出してくれたほうが」


 だんっ!

 と。足をしっかりと踏みこむ音。その足が地面をついて衝撃を溢れさせたのは、ただの一回。

 だけども、その一回の踏み込みの間に、ヤットコの喉と胸と腹部に、大きな凹みが現れた。見ただけで、そこに大きな塊をぶつけられたかのような大きな凹み。


「楽なんだけどねー」


 ヤットコの巨体が宙に浮いて叩きつけられるように背中から木製の床に落ちていった。


 今の。もしかして……


「その喉のは、メリィちゃんの痛み。胸のはメリィちゃんの痛み。そしてお腹のは、メリィちゃんの痛みよっ!」


 葉崩しと、三瞬突き……?

 あえて私が覚えてるスキルを使って、見せてくれた……?

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