第14話 フウゲツ、ジンを蹂躙す

そんなゲチス軍の動きなどつゆ知らぬジンは、帆船の操船方法を調べていた。いくら船を奪えたとしても動かせなければ意味がない。

 そんなわけでジンは気配遮断を自身の周囲にもかけつつ必死で海辺にある船屋を探し回っていた。

 そうして、何軒かのハズレの船屋を回った後、

 ジンは街の外れにポツンと取り残されていた船屋が目に止まる。

 その船屋は見るからにボロボロで、屋根は抜け落ち、いつ壊れてもおかしくはないといった有り様だった。


 それでもこの船屋に何かがあるような気がしたジンはボロボロの船屋へと向かう。


 中に足を踏み入れるとブワッと土埃が舞う


「げほっ、げほっ、げほっ。」


 思わず埃を吸い込んでしまったジンは咳き込む。

 それでもジンはそんな長年人が入った痕跡もなく、抜け落ちて穴の空いた屋根から太陽の光が差し込む土埃舞う船屋を探し回る。


 一階には、船を修理するための備品と思われるものが散らかっていただけで特に目ぼしい物はなかった。部品と言っても長く外気に晒されたお陰か見事に錆び付いていた。そのため使い物になるような物はなかった。


 そうこうしているうちに俺は崩れ落ちた階段を発見する。何とか登る方法はないかと周囲を物色していると、

 帆船のメインロープと思われる太いロープを見つけた。幸い、ちぎれたり、虫に食われると言ったようなことにはなっていなかったのでこのロープを使って2階へと登ることにした。


 俺は船屋の2階にある壁と垂直に突っ張り棒のような形で通された太い木へとロープを投げる。

 ロープの反対側を捕まえて廃船となったであろう船艇のマストに括り付ける。

 そうしてロープを伝って2階へと飛び移った。


 2階は書斎のようであった。俺はやっと目当てのものがありそうだと思い内心安堵しつつも、本を漁っていく。航海日誌の類が殆どであり、中身も気になったのだが、そんなことをしている余裕はなく、目当ての本を見つける。『初級航海の勧め〜帆船〜』であった。これだ!と思った俺は素早く手に取り本を開く。本を開くと執筆された年が書かれている。

 現在が、【創世3458年】であり、この本は【創世3327年初版】と書かれているため、130年も前の本というわけだ。驚きだね。ただ、130年も前の本があの帆船に通用するのか...?と言った疑問はあったものの、これしか手掛かりがない以上これをためしてみる他にない。


 続きを読み始める。

 3時間ほどかけて読み終えた俺は大切な部分を要約する。

 細かいことはかなりあるが、基礎中の基礎は3つほど。


 一つ、帆船の動力には基本的には魔力を使用するということ。ただし、魔力がない場合は動かせないわけでは無く、風の力を利用して、船を進めることができる。ただし、風の力を利用する場合、風上を北として、北東方向と北西方向よりも北には進むことが出来ず、ジグザグと風上へと上る必要がある。


 二つ、進行方向は風の力を利用する場合、メインロープと、帆の角度を調整して決める必要がある。魔力の場合は進みたい方向をイメージしつつ流すだけで良いが、風上に向かうほど魔力を多く使用する。


 三つ、風の力を利用できればできるほど消費魔力は節約できるということ。歴戦の船乗りほど魔力を使わずに操船できるらしい。


 とまあこんな感じ。俺は手持ちの袋にその本を仕舞い込み唯一、一隻のみ置かれている帆船へと向かう。


 薄暗くなりはじめた周囲に鳴く虫や動物はおらず、静寂と夜の闇とともに、ジンはゲチスの陰謀に巻き込まれてゆくのであった。


 時は3時間ほど前、

 ジンが船屋にあった『初級航海の勧め〜帆船〜』を手に取った時に遡る。


 新生都市ゲチスにある、軍本部司令室では、特定の条件下でのみ反応する様に作られたランプに青色の反応が出る。


「ジャラララーン。ジャラララーン。」


 弦楽器特にヴァイオリンの類であろうか?そんな弦によって生み出される音に似た、一風変わった音が鳴り響く。


「どうやらターゲットが例の本を手に取ったようです。」


 実はこのランプ出す色で地域を、音で何に関するサインなのかが判るようになっていた。

 ゲチス特有の暗号のようなもので、特定の人物のみしかその意味を知ることは出来ず、更に全ての意味を知る者はランプの製作者のみという情報守秘の徹底が行われていた。


「あー面倒だなあ。私が気持ちよく休暇を満喫してるとこを邪魔するとかほんっと意味不明よね。元帥も人遣いが荒いし。

 とはいえウチの大佐ちゃんを出し抜くほどの気配操作能力と、体を割られても生きて逃走してしかもほんとにあの街まで来れちゃう生命力の持ち主!あー楽しみでゾクゾクしちゃう。」


 彼女の見た目は20代半ばとは言っても年齢は100を優に越える。衣服は振り袖の着物に似た淡いピンク色に染められたものを好んで着ている。

 遠い昔、別の大陸へ行った時に買ったものだそうだ。

 勿論到達者であるが、ただの到達者ではない。何と、レベルは253。この新生都市ゲチスに於いて総裁ゲチス、グレゾン元帥に次ぐ3番手の戦闘力の持ち主であり、敵を倒す姿は正しく花鳥風月の如しと言える。武器は1m程の刀で振れば鮮やかな桜が舞い散り、敵を斬れば、その血で鮮やかな夕焼けの幻想を周囲に魅せ、彼女の織りなす技の数々は、この世の物とは思えない程の壮大な流星を生み出すという。

 そんなわけでついた神名が【花鳥神】である。


 彼女は面倒ごとを押し付けた元帥への苛立ちと、未知なる技能の持ち主と戦う楽しみという相反するかのような想いを抱えながらも、

 自身の愛刀を手に取り立ち上がる。


「さあ、いっくよー!ウチの大佐ちゃんを相手取れる少年がどんな者なのか見せて貰おうじゃないの!」


 そうして、元帥に休暇を奪われた不満が無いわけでは無いが、少年と会う楽しみを糧にフウゲツは転移技能を持つ者3人ほど引き連れてブルータールへ向かうのだった。


 こうしてジンに新たな絶望を与える舞台は整ったのであった。

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