紋章の支配者。仲間はアカン、スキルは分からん、人違い召喚。でも、たとえクズ勇者だったとしても人に優しくあろうと思うのに遅いということはない。

たすろう

第1話 プロローグ 魔王降臨


「大変だ、大変だ」


 カッセル王国王宮内の広い廊下をオットー・リンデマンは小走りで突き進む。

宮仕えをしている女中たちの横を慌てて通りすぎ、王宮内にいる護衛の兵士たちも驚いたような顔でリンデマンが通りすぎるのを見てしまう。

 それはカッセル王国の重臣でもある人物が血相を変えて慌てていれば、そういった反応も当然と言えば当然だろう。

 カッセル王国は長く安定した王制が続いており、王族は国民からの人気も上々。

 国力は周辺諸国と比べれば中の下といったところだが、国内に生息する魔物も弱く、比較的治安も良いと言われていた。

 そういったことから諸国を巡る冒険者たちの中で初心者が集まる国でもある。

 リンデマンは大きな扉の前で立ち止まると両端に立つ衛士を無視して大きな声を張り上げた。


「宰相閣下! マスロー宰相閣下! お目通りをお願いします! オットー・リンデマンでございます!」


 しばらくすると扉が開き、銀髪を後ろに束ね、眼鏡をかけた女性秘書官が現れる。

秘書官はある貴族のご息女だが、カッセル帝国きっての才女として名高く、将来を嘱望されて若くして宰相秘書官に抜擢された人物である。


「これはリンデマン伯爵、いかがされましたでしょうか」


「おお、すまん、カルメン殿。実は宰相閣下に危急の知らせで参ったのです」


「承知いたしました。お取次ぎしますので少々、お待ちください」


 カルメンは無表情に淡々と答え、再び現れると「中へどうぞ、伯爵」と扉を大きく開けた。

リンデマンは頷きながら荒い息を整え、王国行政トップであるユルゲン・マスロー宰相の執務室に入る。

 豪奢な調度品が並ぶ部屋の中には白に染め上げられた顎鬚を蓄え、顔に深いしわを刻む人物がデスクに座っていた。


「何じゃ……伯は慌てて」


 呆れたような顔でカッセル王国の宰相は盟友と言える伯爵に顔を向ける。


「それどころじゃありません、宰相閣下! やはり魔王が出現したのは事実のようです! こちらがつい先ほど〝影の里〟の者から提出された調査結果です」


 リンデマンは抱えていた書類をマスローのデスクに差し出した。


「何じゃと!? では、ここ最近、王国領内の魔物たちが強くなったという冒険者ギルドからの情報もこれに関連して……」


 マスローはリンデマンの報告に血相を変え、思わず立ち上がってしまう。


「はい、間違いなく魔王の所業でしょうな」


 マスローは書類に目を通し、顔がみるみる深刻なものに変わっていく。


「まさかとは……思っておったが、ついに我が国にも現れおったか。何故か魔王は一国に一人ずつ現れる。だが、我が王国は建国して百年、一度も魔王など出現してこなかったものを。何故、今……しかも、私の在職中に現れることになるとは」


 マスローは書類を置き震えながら拳を握ると窓の方に目を移し、今しがた空を覆いだした分厚く薄暗い雲を望む。


「ハア~。もう、ほんと面倒くさい。他の人の代で来ればいいのに」


「……は?」


「あ、いや、何でもない」


 マスローは咳ばらいをするとリンデマンに指示を出した。


「よし、リンデマン、こんな時のために他国から盗ん……じゃなくて、他国の召喚術を研究した成果を試すときがきた! 神の秘法と言われる召喚術が上手くいけば、普通ではあり得ない強力なスキルを持った者が来るという。何としても成功させるのじゃ」


「はい! すぐに手配をいたします。いやはや、我が国はまったく魔王が現れなかったために、あの重要な召喚術が失われていることを問題視して良かったですな。さすがはマスロー候でございます。他国では魔王が現れるたびに召喚しておりますゆえに、それをパクッて……いや、他国の召喚術を研究していて大正解でありました」

 

「ふむ、今までは無かったからと言って、何も備えないというのは、政治を預かる者としては怠惰と呼べるものじゃ。まさか、すぐに必要になるとは思わなかったが」


「ですが……上手くいきますでしょうか。いくら召喚術がうまくいったとしても、あちらの世界に資質のある者がいない限り召喚は出来ないと聞いておりますし」


「何を言っている。この日のために伝説の大魔導士ヘルムート・ファイアージンガー殿を招いていたのだぞ。まあ、伝説になるぐらい昔の大魔導士じゃが……よく生きているなってぐらい」


「ファイアージンガー殿は、こちらに招聘してからずっと日向ぼっこをして、あらぬ方向を見てニコニコ笑っていると聞いております。最近は独り言を言い出したと女中たちの間で噂になっているそうです。何でも先日は〝良いのがおった、良いのがおった〟と、ニヘラ~としていたとか」


「あ……そう」


 何とも言えぬ表情の二人の重鎮の隣で、カルメンが表情を変えずに眼鏡の位置を直す。


「まあ、それは……ほら、大魔導士だから。色々と見えるんじゃよ、我々には見えない別次元の存在とか、色んなものが」


「別次元……あの世とか見えてたりして。お迎えとか」


「こら! 大魔導士になんという失礼なことを!」


「宰相閣下がケチるから……他にも高名な現役魔導士はいたのに」


「本当に魔王が来るとは思ってなかったし……他の魔導士、ビックリするぐらいの報酬を言ってくるんじゃもの」


「あーあ、どうするんですか?」


「うおい! なんじゃ、全部、儂のせいみたいに! 伯だって魔王の危険性を説いていけば、国もまとまるし、もっと中央に権力を集めないと時代遅れになると言っていたではないか! 実際、その効果もあって以前より貴族領主たちや魔法学院、教会からも協力が得られやすくなったのも事実じゃろ。良い案だったじゃろうが!」


「でも報酬が三食昼寝付きって……。いくら宮廷魔術師の名前が付くとはいえ、よく受けてくれましたね、ファイアージンガー殿」


「まあ、あんまり会話が成立しておるのか分からない部分もあったからな……。あ、おやつも付けておるぞ。高い羊羹も」


「……」


「オッフォン! とにかくだ。魔王が現れたのが事実であるなら、国を挙げてやらねばならん! 儂は陛下にお伝えしてくる。伯は優秀な騎士を選出しろ。魔法学院にも、教会にも連絡をして優秀な人材の派遣を要請してくれ。魔王討伐のための協力を仰ぐのだ」


 王宮の外はついに雨が降り出し、その雨脚が徐々に強くなっていく。


「分かりました! では、ついに……」


「ああ、そうじゃ! 我が国、初めての!」


 マスロー宰相の背後にある大きな窓の外で激しい稲光が発生し、部屋内に閃光が走る。




「勇者召喚じゃ!!」




「大丈夫かな……」


「それを言うな」

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