転の生-うたてのせい-【短編】

河野 る宇

*転の生-うたてのせい-

「え──」

 見下ろす瞳が驚きに満ちている。

「え?」

 俺はそれに苦笑いで応えるしかなく視線を泳がせる。

「どうしてお前が、それを知っているんだ?」

 アルクは瞬きも忘れて俺を凝視した──



***



 ──俺の村は北東の辺境にあって、とても小さい。

 でも、過去に英雄が出たこともあって、王都から兵士が派遣されている。彼らは怖いモンスターから村を護ってくれる有り難い存在だ。

 なかには、村の人と結婚して定住する兵士もいる。そのせいなのか、村から強い戦士や魔法使いが出たりしていた。

 たぶん、そういう事も見越して兵士も来ているんだと思う。

 大成たいせいしなかった自分の代わり──なんて言えば酷く感じるが、出来れば夢は大きくと考えてしまうんだろう。

 かあさんから、祖母は王都から派遣された優秀なアーチャーだったって聞いた。だったらきっと、俺にも凄い能力があるかもしれない。

 成人の儀を終えても、まだその片鱗すら見えてこないけど……。

 そういやあ、幼なじみで親友のアルクには先祖に凄い人はいないのに、魔法使いの素質があるとか誰かが言っていた。

 だからなのか、あいつはガキの頃から父親に期待されていた。

 あそこの親父は妙に威圧感があって怖いんだ。おふくろさんは優しくて綺麗な人だけど、折れそうなくらいにはかない印象がある。

 それで家庭は円満だって言うのがどうしても信じられない。

「家の中じゃあ、優しい人だよ」

 ──ってあいつは言うけど、本当なのか疑わしい。

 いやまあ。英雄が生まれる村とはいっても小さいし、何かあるなら噂は瞬く間に広まるだろうからアルクの言葉は嘘じゃないんだろう。

 正直に言えば、俺はあいつが少し羨ましい。

 アルクの親父は強面だけど強いし、おふくろさんは美人だ。その両方をあいつは受け継いでいる。

 ちょっとくらい妬んでも仕方ないさ。

「ルトカ!」

 川に設置してある罠を見に行こうと歩いている俺にアルクが声を掛けてきた。

「おう!」

 それに応えて手を上げるとアルクが駆け寄ってくる。まあいつものことだ。

 俺が魚を獲って、アルクがウサギや鹿を狩る。さっきは俺にも凄い能力があるかもしれないと言ったけど、本当はそんなこと少しも思っちゃいない。

 こうやって川に罠を仕掛けて魚を獲るだけ。俺には強い力なんてない。俺は強くない。

「アルク! 今日も大漁だ! ほら──」

 振り向くとアルクは空を仰いでいた。




***



 ──兄弟のように育ってきた幼なじみは時々、どこか遠い目をする。何かを思い出しているのか、その瞳には憂いが見て取れた。

 ずっと昔、どうしてそんな顔をするのかと尋ねたことがある。

「やり残してきたことがあるんだ──」

 それは、とても大事なことで、大したことじゃないと言う。

「どっちなんだよ」

 と呆れたら、なんとも複雑な顔をした。

「──おまえさ。あのこと、誰にも言ってないよな?」

 ふと気になって確認する。

「当たり前だろ」

 アルクは眉を寄せて不満げな顔をした。

「そうか? ガキのころ突然、おまえがあんなことを言うもんだから俺はびっくりしたぞ」

「お前だから言ったんだ」

 信頼しているお前だから、馬鹿にされてもいいと思って話した。

「お……おう。そうか」

 信頼していると言われりゃ嬉しいが、さすがにあの話をすぐに信じられるほど俺は柔軟な性格じゃない。

 かといってアルクの真剣な顔を見れば、嘘だとつっぱねることも出来ない。

「前世の記憶があるなんて、お前が信じられないのは当然だよ」

「いや、そこもだけど。一番はそこじゃないって」

「え?」

「いや、なにそんな驚いた顔してんだ」

 滅びた世界から来たってことの方がびっくりするじゃねえか。

 突拍子もない話ではあれど興味があった俺は、時折アルクが話す世界の事をいつも黙って聞いていた。

 アルクも一人で抱えている事が苦しいときがあるのか、二人きりのときにぽつりぽつりと話してくれる。

 ──人類が滅びた世界から転生してきた幼馴染みは、そこでやり残したことがあるという。

 けれど、それをしたとしても何も変わらない。ただ、結果が知りたかっただけだと。

 人類が滅びて世界の崩壊が始まり、アルクはもう一人の女性と最後の二人になってしまったらしい。

 最後まで生き残ったのは凄いな。

「俺は一度、世界を救った英雄だったから」

「一度……?」

 その言い方がなんだか気になった。それを察してかアルクが続ける。

「俺のいた世界は特殊な位置にあったみたいでさ」

 そのせいで、何度か滅びの危機に遭ってきた。

「その度に英雄が現れて世界を救ってきたんだ」

 でも──

「次に起きた危機には、誰も現れなかった」

 それでもどうにかしようと、生きている英雄たちが集まって戦った。だけど、今回ばかりはどうにもならなかったよ。

「それで、あえなくドボン」

 世界中から集められた英雄は二十五人ほど。下は俺が最年少、上は六十五歳なんだぜと肩をすくめる。

 確かに凄いなとは思ったが、そんなに英雄が生きていたってことは──それくらい、世界の危機が頻繁ひんぱんに起こっていたってことか。

「俺はこの世界に生まれ変わったけど、そこにいた人たちがどうなったのか解らない」

 みんな、どこかに移転してればいいんだけどな。

 目を伏せてぼそりとつぶやいたアルクの顔に、俺は眉尻まゆじりを下げた。そんな哀しい目をしたおまえに、何か言える訳ないじゃないか。




 ***



 ──次の日

 俺はまた、アルクと二人で漁と狩りに行くために村の外に向かって歩いていた。

「明日はうちの畑でタロイモの収穫だ」

 途中にある畑を目にしてアルクがつぶやく。

 本当はメイモロっていうやつなんだけど、アルクの前世にあったタロイモっていうのに味も見た目もそっくりだからそう呼んでるらしい。

 他の奴らは、アルクが小さい頃に間違えて覚えたまま成長して変えられなくなったって思っている。

「おう。手伝うぜ。うちはまだ少しかかるみたいだから」

「ありがとう」

 そのまぶしい笑顔を村の女たちに向けてやれよと思いつつ、村の入り口から出て平原を目指した。

「今日もいい天気だな」

「まずは魚をまとめて罠を仕掛けなおそうぜ」

 漁をする川の幅はそれほど広くなく、深さも腰くらいまでと流れも緩やかだ。

 川の幅、三分の一くらいに三角形をした長く目の細かい網を張っていて、抜け出せなくなった魚を持ってきた篭に入れて流されないように川の中に沈めておく。

 こうしておけば魚は死なないから、アルクの狩りに付き合って帰るときに魚を回収する。



 ──平原を渡る風に目を細めるアルクを一瞥し、同じ方向を見つめる。

 何気ない生活、穏やかな日々に、アルクはどんな気持ちなんだろう。

「英雄ってことは、敵がいたんだよな?」

 出し抜けに問いかけられた親友は目を丸くした。まさか俺から訊いてくるとは思わなかったんだろう。

「この世界のモンスターとは、まったく形が違ったけどね」

「へえ。そうなんだ」

 特殊な位置にあったからなのかエネルギーも溜まりやすく、それを内包して生まれてくる人間も定期的に現れていた。

「たぶん俺は、その力の一部を持って生まれてきたんだと思う」

 しかし、そのエネルギーには二面性があり、均衡きんこうを保つという性質があった。

 聖と邪、光と闇、陰と陽──どちらかが突出すれば、真逆の性質に変わりバランスを取る。

 これが非常に厄介で、プラスのエネルギーは人間に吸収されやすく、マイナスのエネルギーは地中に溜まる。

 もちろん、エネルギーの全てがそうじゃないにしても、人間側が不利であることは確実だった。

 全体ではバランスがとれているように見えてその実、まったく違ったという事らしい。

 吸収したエネルギーは確かに体内に存在していても、それを全て使いこなせる訳じゃなく、五割から七割程度だったと言う。

 かたや、負のエネルギーの方は地中で集まり凝縮され、次第に形を成して地上に出てくる。

 あっちは元々、エネルギー体であるため人間のように肉体に負担がかかることもなく。暴れたい放題で次々と街が壊滅していくのだとか。

「やべえなそれ」

 持ってるエネルギーと使えるエネルギーが違うのに、含有量だけで判断されるのかよ。

「うん。エネルギーが溜まって魔物が現れる間隔も、残されているデータによれば数十年から数年とバラバラだし、特性も統一性がなくて対策を立てるのが難しいって」

 プラスエネルギーの方は吸収した人間は一人から数人と規則性がなく、先に述べたように吸収した全てを使いこなせる訳ではないため、複数になればなるほど対抗する力が弱くなる。

「全体のバランスをとられてもねぇ」

 アルクは溜息交じりに肩をすくめた。俺はそれに生温なまぬるい笑みを浮かべる。

 ここまで聞けばさすがに嘘とは思えず。ぼんやりとではあるけれど、本当なんだろうと信じている俺がいる。

 これが嘘だと思えない何かが、こいつにはあるんだ。ここまで想像で言ってるならむしろ、もの凄い想像力だ。




***



 ──言っちゃなんだが、アルクは良い奴だ。

 顔も性格も、能力だって高い。だから村の女性陣には大人気だ。けれどアルクは恋愛に興味はまったくなさそうだった。

 いや、なさそうではなくて前世に何かあったっぽい。

「告白──しようとしていたんだ。世界が滅びる、その瞬間に」

 馬鹿だろう? 目の前で世界が崩壊していく様を見ながら、彼女に好きだと打ち明けようとした。

 立ち上がり、いつものように空を仰ぐ。俺はそれを座って見上げた。

「返事を聞く時間もなかったかもしれないのに」

 受け入れても、拒まれても、世界は滅びるしかないのにな──小さく笑って視線を落とした。

「そうだったのか。なんか、悪いな」

「いいって。前世まえのことなんだし」

 困ったように笑うアルクに少し胸が痛んだ。

 もうここまできたら完璧に信じてるよな俺……。いやまあ、疑う余地がないっていうか。

「でさ。世界が崩壊する寸前に俺以外の英雄たちが死んで、そのエネルギーが俺に流れてきた訳だけど」

 すでに手遅れだった。

「手遅れ? え、それって──」

「そのときにはもう、二面性は失われていたんだ」

 負のエネルギー体は他の生物の生命エネルギーを吸い取って膨れあがっていた。

「あいつは、俺に見向きもしなくなるくらいに強く、でかくなっていた」

 無機物まで吸い始めて世界が崩壊に向かったんだ。

「俺だけでどうにかなるレベルじゃなくなっていた」

 崩れていく世界を見ながら、残った彼女と向き合った。黒い瞳が俺を見上げて切なく笑う。

 最後に、何か希望を与えたかった。でも、先に彼女が口を開いた。

 もし、生まれ変わったら──


「「大切な人たちだけの英雄になればいいよ」」


 まさか被るとは思わなかった俺は照れくさくて笑ったけれど、アルクの顔は驚きに満ちていた。

「え……」

「え? なに?」

 その状況を思い浮かべて口走ってしまったことなのに、そこまでびっくりされるとは思わなかったから俺は顔を引きつらせた。

「ルカが言った言葉だ」

 一言一句、違ってない。

「──え?」

 ルカって、告白しようとした彼女のことか?

「どうしてお前がそれを知っているんだ?」

 いぶかしげに俺を見下ろす。

「いや、えー……と。なんでかな?」

 凄い怪しげに見つめてくるが俺だってわからん。

 困り果てて頭をかく俺に、

「最後の敵は、六つ目の黄昏たそがれと呼んでいた」

「六つ目?」


 目を離さない親友の瞳に、俺は全てを思い出す──






END





転(うたて)

1 自分の心情とは関係なく、事態がどんどん進んでいくさま。ますます。

2 事の成り行きが、心に適わないとして嘆くさま。つらく。情けなく。

3 事態が普通でないさま。いやに。異様に。

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