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僕は繁華街にある大きな複合商業施設ビル内の12階奥にある比較的小さな
個人診療所・高橋クリニックの受付にてとりあえず初回手続きを済ませ長椅子
に腰掛けた。
〈ピコ・ピコ―ン!〉
「こんにちは、谷口です。よろしくお願いします」
僕は問診表から顔を少し上げ、受付窓口に目を向けた。
20代ぐらいの若いOL風の女性が受付で予約確認を終え僕の真向いにある
長椅子にゆっくり腰を下ろしスマホを取り出した。
スマホを操作する彼女の表情はいたって普通で、本当に精神的病に苦しんで
いるのか疑ってしまうほど僕には健康体そのものに見える。
いや彼女だけではなくこの待合室にいる患者さん全員に言えるのは外見から
何がしらの疾患を抱えているとは全く想像すら出来ない。
問診表を書き終え受付窓口で手渡すと「もう少しお待ちくださいね」と
何とも申し訳なさそうな表情のスタッフさんに僕は「いえ、全然大丈夫ですよ」
と照れ笑いを浮かべ長椅子に戻った。
(なんて上品で優しそうな女性なんだ。確かにこの様子だと診察予定時間を
少しオーバーしそうだけどこの待合室なら別に気にならないよ)
小鳥のさえずりやそよ風が吹く様子を納めたBGMに加え、空気清浄機から漂う
アロマのような香りが僕を落ち着かせているのだろう。
他の患者さんも実に心地良さそうだ。
僕はスマホを取り出すことなく待合室の安らかな空間に身を委ねていると
突然受付窓口からスタッフさんが顔を覗かせた。
「田町さん、お待たせしました。診察室へどうぞ」
「あっ、はい。分かりました」
〈コン!〉〈コン!〉
『どうぞ~』
木製の重厚な扉をゆっくりスライドさせるとそこは外観や待合室からは想像
出来ないほどの大きな空間が広がり僕は一瞬言葉を失った。
「どうぞ、こちらへ」
「こ、こんにちは、田町です。よろしくお願いします」
「内科医の高橋です。まっ、どうぞお掛けください」
僕は先生の指示どうり歩みを進め、ほのかに香る革製のソファーに腰を下した。
入口の扉同様の目の前の重厚そうな木製の机上には患者さんに関する資料
なのかは分からないがそれぞれファイリングされ綺麗に並べられていた。
40代半ばぐらいの白衣姿の先生は先ほど提出した僕の問診表を片手に手の平
サイズの辞書のような物を親指で器用にめくり覗き込むという一連の動作を何度
も繰り返していた。
そしてとりあえず何らかの結論にたどり着いたのか先生は眼鏡の中心部分を
人差し指で軽く押し上げるとゆっくり視線を僕に向け優しい言葉を掛けてくれた。
「田町さん、色々大変でしたね」
「えっ、そ、そうですね……」
「分かりますよ~ 確かに辛いですよね」
「……は、はい」
僕は言葉を詰まらせた。
先生の何とも優しい語り口と病気を治すプロでもあるドクターが僕の辛さを
理解し、寄り添ってくれているのがとにかく嬉しかった。
常に一人孤独にしょい込んでいた重い荷物の半分を先生に引き取ってもらえた
僕はこみ上げる思いを必死に抑えながら出来るだけに冷静に話し始めた。
だが発せられる言葉にまとまりはなく、時系列が前後したりなどそれはまるで
水泳の初心者が手足をバタつかせなんとかゴールを目指しているようだった。
必死の形相で不規則に息継ぎする僕に「大丈夫ですよ~」と先生の絶妙な
タイミングでのアシストのもと僕はなんとか沈殿する今の思いを全て吐き出した。
「な、なんかすみません。僕一人しゃべり続けてしまって……」
「そんなの気にしないでください。これからもどんどん溜まっているモノを
吐き出していいんですよ。私は田町さんの心の内を知る必要があるんですから」
「先生に聞いてもらってかなり楽になった気がします」
「それは良かった」と先生はカルテのような用紙にかなりのスピードでペンを
走らせた。
「あの~ 先生、僕はこれからどうすればいいんですか?」
「そうですね~」と先生は先ほどの辞書のような書物をめくりながら
「三環系の抗うつ薬で様子を見ましょうか」と再び白い用紙にペンを走らせた。
「はい、先生にお任せします」
「それと少し眠りが浅いようなので睡眠導入剤も出しておきますね。まぁ、
あまり神経質にならないで様子を見ながらゆっくり治していきましょう」と
先生はペンを置き立ち上がると笑顔で用紙をクリアファイルに差し込んだ。
「えっ……」
「今日の診察は終わりましたよ」
「あ、ありがとうございました」
「それでは今週の金曜日にお会いましょう」
「はい。それでは失礼します」
僕は受付で支払いを済ませ、処方箋を受け取りクリックを出た。
クリニックから少し離れた場所でゆっくり確実に診察券と保険証を財布に
差し込み数秒目視した後、診療費請求書に目を通した。
自己負担額が先ほど支払った金額と同額であることを確認、そして更に
詳しく内訳を目で追うと保険点数が多く、意外にも高額であることに気づいた。
(これ3割負担だからあまり気にしなかったけど全額負担だったらかなりの
金額だよな)
僕はそんな独り言を呟きながらも今回のクリニック受診は必ず人生の良き
分岐点となるはずと信じ足早に商業ビルを後にした。
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