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……ポツン・ポツン・ポツン〉



――5年前――

 


「店長、そろそろ雨止みそうですよ。ほら、雲の隙間が少し明るく

なってきたんで」

「そう。今朝からの雨で客足が激減してたんで助かるよ」と店長は

ペンで耳元を掻きながら伝票を確認し一瞬笑みを浮かべた。

「何か悪いね、田町くん。せっかくの休みなのに」

「いえ、いいんです。今日特に予定なかったんで」と僕は届いたばかりの

雑誌をジャンル分けし日付けを確認した。

「それより店長時間いいんですか? もう2時過ぎましたよ」

「あっ、いいの、いいの、まだ全然大丈夫だから。それよりもうチョット

田町くんと話したくってさ」

「そんな気ぃ使わなでくださいよ~ 気持ち悪いなぁ」と手際よく

雑誌を棚に陳列していると店長が孫の手で肩を叩きながら僕に近づき

棚から一冊の情報誌を抜き取った。


「田町くんてさぁ~ 休みの日はどうしてるの?」

「大体家にいますね」

「家で何してるのよ?」

「ネットしたりゲームってとこですかね」

「けっこう地味なんだね」と雑誌をめくりながらたまたま最新映画情報

が目に付いたのか僕に意外な事を聞いてきた。

「田町くんって確か履歴書に学生時代、映画研究部所属って書いて

なかった?」

「えっ、僕はCGアニメ研究会ですけど……」

「あっ、そうだっけ? ハハッ。まぁ似たようなもんだよな!」

「えぇ、ま、まぁ映像的にはね」(って全然違うよ)

「で、どうだったのよ?」

「どうだったって……、まぁコンピュータで自作アニメ作るんです

けどね」と説明し始めると特に興味がないのか店長は競馬雑誌に手を

伸ばし、情報誌の上に重ねた。

「今はやってないの?」

「えっ、アニメの制作ですか?」

「そう」

「全然ですね。制作ソフト自体古いですし」と僕は少し言い訳じみた

答え方をした。

「また始めればいいじゃん。当たれば大きいよ」

「はぁ、そうですかね」


 そんな他愛もない会話もそう長くは続かず、店長退店後一人きりと

なった僕はレジ業務の傍ら、納品書のまとめ等レジ付近で出来る雑用を

黙々とこなした後、フライヤーの電源を入れ、冷凍唐揚げの入った業務用

袋を冷凍庫から取り出した。

 

 ふぅ~ 一人はけっこう疲れるな。

 

 このコンビニでバイトを始め早一年が過ぎ、多岐にわたる仕事の多さ

にもようやく慣れ今日のように一人でお店を任される日も多くなった。

 昨今の人手不足はかなり深刻なようで僕は面接らしい質疑応答もなく、

いきなり『キミ、合格!』とその日のうちに採用が決定した。

 その時、口元に唾を貯め込み僕を指差した40代半ばの面接担当の

おじさんが今の店長というわけだ。

 ちょっぴりメタボなウチの店長は徹底した秘密主義なのか詳しい彼の

経歴は分らないがどうも独り身らしく自由で縛られない今の現状を謳歌

しているらしい。

 いい加減なところもあるが基本優しく〈ピッポッポ……!〉「あっ、

店長からメールだ」『今日はお疲れさん! ビール3缶持って帰って

いいよ、僕からのおごり。あっ350MLの方ね!』……とまぁ、まだ

新米の僕に気を遣ってくれたりもするそんな優しい店長だ。


〈キィ――ッ!〉


「あっ、田町さん、お疲れ様です」

「ふぅ~ 待ってたよ。じゃ~ 後よろしくね」 


「あっ、フライヤーの電源入れておいたから!」


 ――

 ―――

 ――――


〈プシュ!〉


 本日3缶目のビールをグイッと一口飲み、スナック菓子をツマミに

報道特集から毎週見ているバラエティー番組に切り替えた。


「ふぅ~」〈げぷっ!〉

 

 やっぱ仕事終わりにビールは最高だな。

 たまの休日出勤も悪くないよな、しかもコレ店長のおごりだし。

 しっかし酒はウマイのに今夜のテレビは全然面白くないな。


 4缶目のビールを冷蔵庫から取り出した僕はその足でテレビ台を開け、

学生時代に制作したDVDを手に取った。

 コンピュータグラフィックス、つまりCGアニメで制作された作品が

僕を含め当時のメンバー4人、各2作品づつ計8本収められた作品集だ。

 8本といえど各作品長くてせいぜい3分程度なので僕はテレビのモード

を切り替え、左手でデッキにDVDディスクを押し込み再生ボタンを押し、

右手でビールを半分ほどを一気に流し込んだ。

 ブルーバックに変わった画面が一瞬揺れ、最初の作品がスタートした。


 おっ、いきなり高橋の作品か。

 これが処女作だなんて驚きだな。てっいうか凄いよ、マジで。


 それは完成されたモデリングに自然なキャラクターの動きに加え全体の

質感がとてもアマチュアとは思えない出来栄えで、3分間ビールを飲むのも

忘れ画面に見入ってしまった。

 そんな彼の作品を2本たて続けに見続けた後、画面が一瞬黒くなり、

僕の名前と作品タイトルがじわっと映し出された。

 ……いよいよ僕の作品だ。

 リモコンでボリュームをほんの少し上げ、画面を注視しているとヘンテコ

な音楽と共にセンスのカケラもないキャラクターが画面全体を駆け巡る様子

に僕は思わず言葉を失った。

 僕は作品の途中ながら、もの凄い勢いでテレビの電源をオフにすると持って

いた缶ビールを一気に飲み干した。


「マジか……。これはあまりにも下手すぎるだろ」


 呆然と自身の顔が薄っすら反射する真っ黒なテレビ画面を前に佇んでると

天井からゆっくりと小さく半透明な蜘蛛が手足をバタつかせ丁度僕の目の前 

に下りて来た。

 そうとう酔いがまわっていたのか気付けば僕は何の迷いもなくその蜘蛛に

向かって話掛けていた。


「キミ、さっきからいたの?」

「……」

「もしかして僕の作品見た?」

〈手足をせわしく動かす〉

「見てたんだ」

〈さっきより更に激しく手足を動かす〉

「キミはチョット勘違いしてるよ」

〈手足がピタッと止まる〉

「僕はね、モデリングや質感にそれほど重きを置かず、あえてシンプルな

作りにしているんだよ。分かるかな、チミ~」

〈止まったまま〉

「僕はね~ メッセージを込めてるのよ、この作品にね。だから見た目

判断しちゃダメなんよ~ こんな3分足らずの作品だけど作るのに膨大な

時間が掛かるんだよ。結構大変なんだからね」

〈ゆっくりと背中を向ける〉

「何だよ、無視かよ。虫だけに、ハハッ!」


 確かに僕に画像センスがないのは認めるがメッセージのくだりはまんざら

ウソではない。 

 当時僕なりに感じた事、内に秘めた思いがあり、何らかの方法でそれを

伝えたい、あわよくば将来そういった仕事に就きたいという淡い願望の

ようなものあった。 

 そんな僕の頭に真っ先に浮かんだのは自主映画制作だったが現実には

借金までして決断する勇気も知識もなく、小説化に関しては初めから選択肢

にすら入らなかった。

 そこで僕が注目したのはCGアニメだったというワケだ。

 何と言っても魅力は自ら総監督となり俳優から背景セット、照明から音声

に至るまで全て自身で賄える、つまりコンピュータ内で全て完結してしまう

のだから。

 だが現実はそう甘くはなく、下手でセンスのないモデリングは作品全体の

質を下げると共に肝心のメッセージが上手く伝わらないと分かると僕は一気

に制作意欲を無くしてしまった。


「あれ? お―い! ちぇ、何だよ~」


……どうも僕の言い訳染みた講釈に呆れたのか蜘蛛の姿は消えていた。

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