依頼料はあなたの笑顔で

黒猫夏目

在りし日、君の瞳は月並みに綺麗だった

序章 探偵は二人いる。名前はまだない

「おい!もう、ちょっと、遅く……」

血反吐を吐くような思いをしながら先行する小さな女の子の跡をついていく。もはや走る気力は残っていない。

「元はといえば先輩が潜入中にコケたのが原因でしょ!」

少女に言葉の鞭を打たれながらなんとか足を引きずっている。


 

 盗撮犯の逮捕及び再犯の防止。そんな一文を聞いたらギョッと目を見開いてしまうかもしれないが、つい先程まで俺たちはこの依頼のために、体育館の倉庫のドアの隙間から、対角線上にある更衣室に出現する盗撮犯を待ち伏せしていた。

 犯人が周りを気にしながら慎重に入る。そして数十秒後に右手をグーにして中から出てきた。お互いが顔を見て頷き、今だ!と扉を開けようとしたそのとき、俺は配線コードに足を引っ掛け、それに気を取られた鈴羽が目を離した隙に犯人に逃げられてしまったのだ。



 そして現在に至る。

「ほら!何もう息切らしているんですか!先輩は右に行って先に回り込んで!」

 俺の隣で一緒になって走る少女、鈴羽すずはは指示を出す。

「まて!相手は盗撮犯だ。今ここで分断するのはっ」

 脇腹を抑えながら言葉をひねり出す。

「そんなこと言っている間に逃げられちゃいますよ!」

 彼女の言うことは最もだ。ここであの犯人を逃してしまえば重要な証拠を握りつぶされてしまうだろう。


 右に出れば反対側の校舎に先回りできる。鈴羽がうまくターゲットを俺と鉢合はちあわせるように仕向ければはさみ撃ちにできるだろう。

 了解だ!と返事をして南校舎に続く通路を掛け走っていく。それはもう必死だ。リレーの最終走者、つまりはアンカーのように地面に足を踏み込む。

 通路を抜けるとすぐに右足で急ブレーキをかけ、それを軸にして曲がると今度は廊下を駆け出す。先生がいないことが幸いだがそんなこと構っていられない。階段の前に先回りすると細身の男、容疑者がこちらに向かって走ってきた。サッカー部の彼には本来であれば追いつくことなんて不可能だ。しかし俺達に犯行を見つかるということが想定外の状況だったからだろう。スポーツ選手とは思えない息の切れ方だ。

 男は俺に気がつくと慌てて足を止め、後ろに振り返る。その身のこなしは華麗だ。俺の体力はもう残りわずか、ここで待ち伏せるのがやっとだ。このままでは逃げられてしまう。

 ならな。

 

 

彼が足を踏み出そうと前を確認したその瞬間、彼は前に出るどころか腰を抜かし、尻もちをついた。

「なんで同じ人間が‥‥‥2人も‥‥‥!」

 状況を飲み込めなずにあわてふためくのも無理はない。そう、目の前には俺と瓜二うりふたつの人間が立っている。視線は同じ高さ。癖のあるはねっ毛も靴紐が解けそうになっているところも、即ち俺そのものだ。

 

 

男は俺ともう一人の俺を交互に見ると意識を失ったかのように白目を向いて、大きな音をたてながら倒れ込んだ。


「あーあ、これじゃあしまらねぇな。お化け屋敷と変わらないじゃないか。」

 頭を指でつつくが反応はない。これでは事情聴取もままならない。本当は容疑者が自身の犯行を認めたうえで罰を執行しているのだが……

「そんなことよりさっさと回収しましょ。」

 目の前にいた俺の姿をしていた人間の姿はもうかけらもなく、代わりにいるのは犯人の服の中を探る小さな少女だけだ。

「お前、せめて目を覚ましてからにしとけよ。」

 俺ながら心のこもっていない言葉を吐いた。盗撮犯にくれてやる情などない。正直なところを言えばすこーしだけ、ほんのすこしだけ気になるが、そんな様子を一瞬でも見せれば直ちに鈴羽の目が光る。俺は緩みかけていたほほを引き締め、真面目で性欲なんて微塵もなさそうな少年を演じる。

 それを感じ取ったのか彼女は何も返事をすることなく、ごそごそと犯人の服に手をかける。

「あっ」という声に釣られて見てみると、気絶した男の胸ポケットからは小型の黒い箱のような形をしたものが出てくる。それが何かを知っているものの、にわかにはそれが盗聴器とうちょうきであると信じることはできなかった。

「最近は何の怪しさもない家具や文具についているものもありますからね。ほら、」

 鈴羽は片手で爪を入れると、華奢な手に収まるくらいの黒い箱が真っ二つに割れた。中にはカメラかと思われる小さなレンズがある。そして周囲には赤やら黄色やらの配線が押し込まれている。

「データを保存する外部メモリはありませんし、直接抜き出すみたいですね。」

 同意を得ようとするような物言ものいいだが、機械に関してはまったくの無知だ。聞く相手を間違っている。




「そういうのは俺じゃなくてお前の姉に聞くほうが早いだろ。」

 携帯を取り出して盗聴器を撮影した後、メールである人物のもとに送った。こういうのは彼女の専売特許だ。どうせこの時間はろくに仕事もしていないのだろうから、片手間に調べることはできるだろう。

 携帯を閉じる間もなく返事が返ってきたので、それを見終えてスマホの画面を閉じた。相変わらず機械を体の一部のように扱うやつだ。

「お前の予想通りだったぞ。大方ネットで買ったんだろう。ここ一辺で売られているものではないらしいしな。」

 メールには大手通販サイトに表示された画像が添付されて送られてきた。

海外製のものらしい。まあこんな用途に使うつもりで買ったんだ。お店で買う勇気はないだろう。金額は確か6700円、それだけのお金があったら本をいくら買えるだろうか?彼がそこまで情欲にほだされていたにしても、そういう本やビデオを買えばいいだろう。18禁だけど……

 


「やっぱりですか。ほんとゲス野郎やろうですね。」

 ぐったりしている犯人を冷ややかな目で見下ろしながらそう言った。それは漢字2文字で卑下と表現するに等しい。当然だ。女なら被害の有無うむに関わらずみなそう感じるだろう。男の俺だって隠し撮りなんてされたら気分が悪い。彼だってそのはずだ。打っていいのは打たれる覚悟があるやつだけだなんて有名なセリフだが、彼にはその感覚が欠如していたのだろう。



「今回はどういった罰を与えるんんだ?」

 悠長ゆうちょうに盗聴器をお手玉のようにして遊ぶ鈴羽すずはに尋ねた。俺たちは警察でも学校から認められた活動家でもない、非合法の集団だ。それを理解したうえで、再発防止という名目のもとに罰を与えている。もちろん非人道的なことをしては元の子もないので大したことはできないが、何もしないわけにもいかない。


「こんな無様ぶざまな姿で廊下に倒れているだけで十分見世物じゅうぶんみせものになると思いますよ。」

 確かにこんな姿を道行く人に見られたら屈辱くつじょくだろう。彼が起きたときのことを想像するのは容易たやすい。

 なんなら不特定多数から写真を撮られネットにでも拡散されるかもしれないななんて考えていると鈴羽はパシャパシャと写真を撮る。

 もしそんなことが起きてもうちには依頼をしてこないでほしいものだ。


 

とりあえず鈴羽がこれで良いというなら俺が何かいうことはない。被害者からも解決すればそれでいいとのことだし、運がいいと言えば語弊になるが彼には更生に努めてもらうとしよう。

「それにしても、こんなのよく成功するまでやろうとしましたよね。」

鈴羽が呆れた顔をするのも無理はない。この犯人、過去に三度盗撮を試みた。幸いなことに盗聴器の存在はすぐに女子生徒にバレて回収されていたので大きな被害はなかったのだが、このままでは他の部室にも仕掛けられるかもしれないと危惧きぐした運動部の女子が依頼したらしい。

 全く、一度目で回収に失敗している時点で普通諦めるだろ。だが裏を返せば、もう来ないだろうと被害者が考えることを見越しての行動だと想像もできる。犯人は第一に自分の欲求を叶えることを基準に企てる。成功の是非を問わず一度染めた手は犯人から躊躇を奪う。そして反対に被害者は安堵や余裕による隙をつくる。俺が転んだように、いやあれはただのドジか。

 それにしても、人の着替えを覗こうとしているやつに普通を当てはめるのもおかしな話か。足元に落ちた黒いかけらを粉々に踏みつぶした。



「更衣室から出てくるところを待ち伏せして捕まえる。考えまでは良かったんですけどね。」

 彼女は俺にあわれみの目を向けた。やめろ、犯人に向けていた目を俺に移すんじゃない。

 今回の依頼を達成するためには、犯人が盗聴器を所持しているところを捕まえなければならなかった。そのためは更衣室を使う生徒に盗聴器を放置してもらう必要がある。当然最初はしぶられていたものの、作戦を伝えるとなんとか協力してもらえることになった。



「ま、まーよかっただろ。結果うまく行ったんだし。結成後最初の依頼にしては‥‥‥いってえ!」

 頭をきながらそう言うと手帳が頭に直撃する。

「今角で指しただろ!」

 小さな手帳が与えられるダメージ量じゃない。

「ほんと先輩はだめだめな先輩です!」

 両手で腕を組みながら鼻でふんと息をする。彼女が起こるのもわかる。失敗すれば信用はガタ落ちだ。もともと依頼屋は怪しい集団として密かに認知されている。もともとはそのことを気にしていなかった鈴羽および姉だが、俺が入ってから方針が変わった。その元凶たる俺がこの有様ではいけないだろう。

 これはなかなか機嫌を直してくれそうにないな。ほほを膨らましても全く怖くないが、明日からの依頼に響いては困る。


「モンブラン。」

「あ?」

 突如とつじょ彼女が口にした言葉に首を傾げる。

「駅前、期間限定。」

 はっきりとしないでえらく遠回りな話し方をしてくる。そして最後に

「頭疲れた。糖分、いる。」

 機械音声のような声が聞こえてくる。だが彼女は人間だ。口元からはよだれが出かけている。きっとこれは催促さいそくだ。今月は財布がピンチなんだけどなぁ。おもに鈴羽お前のせいで。

 だがさっきの依頼を解決できたのは紛れもない彼女のおかげだ。それに……彼女は姿に力を使ったことで疲弊しているはずだ。

「一個だけだぞ。」

「さ!行きましょ」

 本当に現金なやつだ。さっきまで怒っていた彼女もいまはただの無邪気な子供のようだ。あれだ修学旅行の前の晩に寝れないタイプだろ。お花畑状態の彼女には頭の中を読まれないことをいいことに、悪口を浮かべながら彼女の後ろをついていった。

「って!かばん忘れてるぞ!」

 大きな声で言っても彼女は嬉しそうに鼻歌を歌って心ここにあらずだ。こういったごく普通の一日常を切り抜けばかわいいものだが、一度力を使えばこの世界など簡単に手中に治めてしまうだろう。スイーツ好きの魔王に俺は呆れながら、二人分のかばんを取りに校舎に急いで向かった。





 今日の出来事、なんとなく俺は重ねていた。少し前に起きた盗難事件と。

 そこで彼女達と出会わなければ、俺はこんな活動に手を出そうとは思わなかっただろう。

 


 あの日俺は偽善者の皮を被った。

 俺と出会い、俺を忘れた。



 俺は、俺を思い出すための旅をしている。

 隣には猫を連れて、歩幅を合わせることなく歩き始めた。




                  ※


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