第3話 私が彼より先に決めたこと



私はなんとかその「葛良一」君に呼び戻され、気を失うすんでで済んだので、床に激突せずに済んだ。幽霊が「お姉ちゃん危ない!」って言うなんて、想像していなかった。




それからその子の話を聞いて、私は何度か泣いた。



その子は十四歳にして大きな病気に罹り、医師や、たった一人の家族だったお母さんがどんなに隠しても、「自分はもう余命いくばくもない」とすぐに自分で気付いた事。


必死に笑ってくれるお母さんに、なかなかそれを言い出せずに毎晩泣きながら一人の病室で震えていた事。


だんだんと自分の体が悪くなっていくので、やっとお母さんに「僕、もうすぐ死ぬんでしょう」と聞けた時には、彼の体はもう数か月前の面影すら残していなかった事。


最期の時に「うちに帰ってお母さんのごはんが食べたい」と念じたまま、死んでしまった事。







私だったら、わずか十四歳の子にそんな辛い運命を渡したくない。神様なんて居ない。私は心底、そう思った。




良一君も泣いていた。



「母さんがどこに行ったのかわからない…どうして僕は八年も経って、今さらここに居るのかわかんないよ…こんなのを望んでたわけじゃないのに…!…お姉さん、ごめんね、泣かせちゃって…」



私は驚いた。「幽霊に気遣われたから」というだけじゃない。自分があえない最期を遂げ、そして急に八年も経って家に戻されて混乱し、悲しむのに必死なはずなのに、この子は、「自分の家に急に現れた見知らぬ他人」を気遣ったのだ。


私は慌ててその子の傍に寄るために台所の床を膝で這い、とことこと近寄った。ん、やっぱり怖い、けど…。




もう、怖いだけじゃない。




「いいの。私のことなんか、あなたは気にしなくて大丈夫なの。本当は、自分のことでもう手一杯のはずなんだから…」



そう言うと、良一君は大泣きしてしまった。悲しい叫び声が私の耳を刺す。心が騒いで仕方ない。痛くて痛くて、もうこの事を胸にしまっておくなんて私には無理。




「お母さん!お母さん!お母さーん!」




床を転がって、もう会えない母親恋しさに、泣き叫ぶ子供。たった、十四歳。



半透明の肌も服も、テーブルの足をすり抜ける片手も、もう私は全然怖くなくなっていた。





その時私は、ある事に気付く。ちょっと待って。





「良一君!待って!泣かないで!」




私が急に叫んだものだから、良一君はポカンとしてこちらを見ている。良かった、泣き止んだ。でも、どうしよう?




自分がこれから言おうとしている事が、果たして正しいのか。それから、最低でもこの場に似つかわしい発言か。私はそれを考えて、床に座り込んだまま、胸の前で手を揉み合わせる。





そうしていても答えは出なかった。当たり前だ。すでに幽霊と話している事が、この世の正義を考える材料に盛り込まれていないんだから。



だったら私は私の気持ちで勝負する。さっきだって、この子と闘うか、話をするか、自分で決めたんだもの。









「お母さん、探してあげようか……?」





「へっ……?」







良一君は呆気に取られたまま、すうっと床の上に起き直って、しばらくものも言わずに頭をひねっては、唸っていた。どうやら、「出来るのかどうか」、疑われているらしい。



私は、ここでもう一押しする事に、もう抵抗は無かった。こうなったらもう止める気は無いもの!






「やってみなくちゃわからない!やってみてダメだったら私も諦める!でもね、私はもう諦められないところまで来てるの!そんな話を聞いたら黙って見てるなんて私には出来ない!ね!良一君!やってみようよ!」






私は、自分の口から出てきた言葉のあまりの多さと強さ、喉から出てきた声の大きさに驚き、途中から声が震えていたけど、どんどん体が熱くなって、良一君の目の前まで顔をくっつけて、熱したまま力説していた。



本当は手を取りたいところだけど、彼には触ることは出来ないし、床に握り拳を突き立ててしまった。そこまですること無かったかも…。



良一君は一頻り叫び、床を殴ってしまた私に怯えるように身を引いていて、まだ迷っているように私を見ずに部屋のあちらこちらに目を泳がせていたけど、やがて正面を向いてくれた。






「出来る…かな…?」




「…やるわ!ここまで来たら、やるしかないもの!方法だって今から探すけど…それが見つかればもう問題は解決したのと同じよ!きっと見つかる!」




私が熱意を持って良一君を見つめ、もう一度そう言うと、良一君は初めて顔中を笑顔にして喜んでくれた。その時私は初めて気付いたけど、良一君はものすごく、かわいい顔をしていた。




「ありがとうお姉ちゃん…僕、僕…自分でも手伝うよ!」



そう言った良一君はとても嬉しそうで、目の端の涙を拭い、うきうきと肩を揺らした。半透明の幽霊なのに、すっごくかわいい。ど、どうしよう…。




もし良一君に体があったら、迷わず抱き締めてあげたくなるような笑顔だ。うーん、まあ、それは置いておいて。




「ん!お姉ちゃんに任せなさい!」






私はこれからやる事の大変さも知らずに、でもとにかくものすごく不可能に近い事だとは思っていたし、そもそも何をしたら解決なのかも分からないので、自分を鼓舞するためにも、部屋の中で天高く拳を突き上げた。それを見て、良一君はきゃっきゃとはしゃいでいた。






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