第28-13最終話 有馬和樹 「最後の戦い」

 ふらふらと聖騎士団が立ち上がった。


 ワサビ茸を吸い込んだ彼らの目からは涙、それに鼻水にヨダレと散々だ。


『カントク、よろしく!』


 姫野の声。カントク?


『いいね、仕上げるよ』


 渡辺? 通信に入った声は幻影スキルの渡辺裕翔だ。


『お茶目な落書き! 巨大な幻影、巨大な響く声!』


 ゲスオがブーストをかける声が聞こえた。


 何をする気だ? 渡辺とセレイナはトレーラー上の前に出てきた。


「「「見物人のみなさん、お子さんの目をふさいで下さい」」」


 拡声魔法をかけた姫野の声。お子さん? フルレとイルレを見た。声を聞いた父母があわてて後ろから目を隠す。


「リアリティ・フレーム!」


 渡辺が上空に手を振ると、空をおおう巨大なスクリーンが出てきた!


「短編映画!」


 映像が出てきた。


「地獄の黙示録!!」


 それは戦争映画のハイライトシーンだった。飛び交う銃弾。吹き飛ばされる人間。森の中を逃げるゲリラ兵。藁ぶきの家にロケット弾が刺さって爆発した。


 田んぼの中で泣き叫ぶ子供がいる。親が子の手を持つ。そこへ爆撃。銃弾爆撃が森を焼く。


 映像と同時に、突き刺さる叫び声。セレイナが叫んでいる。ただただ長く叫んでいる。


 心が打ち震え、涙が出た。


 映画は数分で終わった。


 終わった後は、みんな立ち尽くすだけだ。


 どさっと聖騎士団の一人が座り、兜を脱いだ。


「王都守備隊、剣を捨てよ!」


 ワーグル隊長が叫んだ。周りで見ていた守備隊が静かに剣を置く。


 おれはみんなを振り返った。おれもうなずく。方々で剣を捨てる音が聞こえた。終わったな。


 大通りの向こうから、颯爽と歩いてくる人影が一人。コウ? 疾風鬼と自らを呼ぶ、根岸光平だ。


「終わったで、キング」


 おれの横を通る時に言った。


 城を見た。城に大勢の人が入っていく。まさかコウ、この騒動を利用して?


「タクと、ずいぶん前から調べ上げた。城っちゅうのは隠し通路も多くてな」


 王の暗殺。コウとタクが動いてたってことは、ヴァゼル伯爵は知っているだろう。伯爵を見た。こちらに向けて肩をすくめ、飛び立った。怖い人だぜ、やっぱ。


「じゃあ、みんな、手当すっか」


 おれは近くに座り込んでいる聖騎士団の肩を担ぐ。


 小さなうめき声が聞こえた。少し離れたところに、仰向けに倒れた聖騎士がいる。今、治療すれば助かるだろう。男が一人、近づいた。


 男は、その手から剣を奪い、下に向けた。


「おい!」


 腹につきたてた! 聖騎士は口から血を流し息絶える。


「お前!」


 男は、にやりと笑った。灰色のローブを着た司教。老人ではない。40か50、そのあたりか。


「モルイッチ……貴様だったのか」


 ハビスゲアルがトレーラーから降りていた。おれの前に出る。


「モルイッチ?」

「左様。魔法が使えぬ司教で、常に最下位でした。最後は吾輩のほうが下になりましたが……」


 72、いや、ハビじいが落ちたから71番目の司教か!


「こうまでやるとはな」


 モルイッチと呼ばれた男は言った。


「一度、この国は終わりだ。立て直すには、俺が出ねばならんか」


 ……ハビスゲアルが言っていた黒幕。こいつか!


 ハビスゲアルは手のひらを男に向けた。


「それはない。すまぬな」


 魔法を唱えた。巨大な火の玉が飛ぶ。当たった瞬間、なぜかハビスゲアルの体が吹き飛んだ!


「ハビじい!」


 体の表面が焼けている。花森千香が急いで駆け寄った。


 男の周りに黒い霧が集まった。上空を見る。ヴァゼル伯爵だ。


 黒い霧が男の体内に入ったと思った時、ヴァゼル伯爵が何か声を上げた。ふらりふらりと体の自由が利かないようで、大通りに面した家の屋根に墜落した。


「俺に魔法は利かぬ」


 男は聖騎士に刺していた剣を抜いた。横から駆ける音。


「カラササヤさん、待て!」

「はっ!」


 気合いとともに槍が突き出された。男は素早く体をひねってかわす。そのあとの連続した突きも剣で弾いた。


「なかなか槍を遣うな」


 剣で払いながら男は言った。ふいに両手をだらりと下げる。カラササヤさんはチャンスとばかりに男の腹を突いた。


 槍はローブを貫いたところで止まる。


「少し付き合ってやっただけ。倒せると思ったか?」


 カラササヤさんの腹部に血が滲みだした。槍を落とし倒れる。


「無駄だ。剣も利かぬ。俺への攻撃は全て跳ね返す。そういう体質でな」


 倒れていたハビスゲアルが体を起こした。全身の火傷は、まだ回復しきってない。


「そ、そやつは子供のころ、誤って召喚された者。教会に帰属し、この国の住民となりました……」


 異世界人か!


「悪いが、お主らは生きて帰れぬ。お主らを逃すと権威が無くなるのでな」


 男はおれに向けて言った。気づけば、民衆の中に妙な気配。黒い服の男が大勢いた。やつの配下か!


「キング、皆を連れて……」


 隣に来たのはジャムさんだ。


 うしろを見る。みんながトレーラーから降りて集まっていた。


 モヒカン狼の三匹が唸っている。手を上げて伏せるようにジェスチャーした。


 すべてを跳ね返す能力か。やっかいだ。それに剣の腕も相当ある。


「ゲスオ!」


 おれの声に人垣が割れた。そこにゲスオが立っている。近寄って小声で話しかけた。


「ブーストかけてくれ。向こうがすべて跳ね返す体なら、すべて粉砕する拳をぶつけてやる」

「……いやでござる」

「はっ?」


 その時、横の通りから猛スピードで馬車が突っ込んで来た!


「死ね、おっさん!」


 進藤の叫び。男は微動だにしない。ぶつかった。馬車は岩にでもぶつかったように後輪が跳ね上がり一回転した。


 おれはゲスオの肩をつかんだ。プリンスとドクも来る。


「どう考えても、おれしか倒せないぞ」

「……いやでござる」


 プリンスとドクを見た。


「日出夫、ブーストかけろ」


 プリンスが本名で呼んだ。


「もう、手はないと思う。どう考えても」


 ドクはそう言うと、自分の涙を拭いた。


 ゲスオはうつむいている。


「ブーストかけろ日出夫!」


 おれは怒鳴った。日出夫は震える手で、おれの胸にさわった。そして服を握りしめる。


「お茶目な落書き」


 か細い声でつぶやいた。


 おれは拳を閉じたり開いたりした。ブーストがかかった感触がある。


「ありがとな。日出夫」


 それから、おれはプリンスとドクを見た。


「ありがとう清士郎、ありがとう秀」


 おれは二人の肩に手を置いた。


「何をしておるか知らぬが……」

「黙ってろオッサン!」


 男は黙った。ちらり後ろを見ると、面倒くさそうに手にした剣を持ち上げ、切れ味を見ている。


 おれはクラスのみんなを見た。姫野が駆けてこようとした。おれは敵を振り返る。


「じゃあ、オッサン、やろうか」

「お主の得物は? 剣か、槍か? または魔法か?」


 男は気だるそうに剣を構えた。


「攻撃は何も利かぬぞ?」


 おれは腕に付けた小手を外しながら答えた。


「ぶん殴る!」


 男が目を見開いた。


「殴る? 正気か?」


 おれは胸当ても外した。軽くなったほうがいい。殴ると聞いて、かなり油断している。そこが唯一の勝機だ。


 おれは、あきらめてはいない。瓦を割るのと同じだろう。躊躇ちゅうちょすれば、こっちの拳が割れる。撃ち抜けば向こうのほうが割れるだろう。


 一度、直立不動になり息を整える。心臓が激しく鳴っていた。


 目をつぶる。おれがダメだったら、どうするか? 一瞬それを考え、即座に頭から消した。


「よし!」


 相手を見た。撃ち抜く。あとは考えない。


 駆けた。男の目の前。左足を踏み込み右手を引く。ここまで来ても男は剣を振ろうともしない。


「粉・砕」


 うしろの右足を蹴った。足と同時に腕を出す。小さいころから何千、何万回もした動作。


「拳!」


 男の胸。男がうしろに吹っ飛んだ。


「馬鹿な!」


 男は石畳に倒れた。体を起こす。起きようとして膝をついた。全身に亀裂が入っていく。


 撃ち抜けた。


 撃ち抜けたが、跳ね返っても来た。全身に衝撃がある。


 ふいに衝撃が消えた。まるで吸い取られるかのように消えた。どこに吸い取られたか、その方向はわかった。


「清士郎」


 振り返って名を呼んだ。清士郎は、おれに向かって手のひらを向けている。


 おれは清士郎の元に歩いた。


「清士郎、何やった?」

「悪いな。これしか方法がない」


 横でゲスオが座り込んでいた。頭を抱え、うつむいている。


「僕とゲスオは知っていた。人のスキルは見えるから」


 ドクが涙を拭きながら言った。


「立とう日出夫。僕らは、そうしなきゃいけない。何も出来なくても、しっかり見なきゃ」


 ゲスオが小刻みに震えた。押し殺した嗚咽おえつも聞こえる。


「清士郎のスキルは?」


 ドクに聞いた。


「キングのダメージを全て受ける」

「スキル名は?」

「プリンス」


 プリンスか。そういえば清士郎が自分で言うのを一度も聞いたことがない。それに、プリンスのスキルは剣かなにか。そう勝手に思っていた。


 プリンスの足元から亀裂があがってきた。


 おれは頭が真っ白になった。これは一体、なんなのか。


 花森千香が駆け寄る。


「お注射!」


 プリンスに触れた。亀裂はさらに上にあがる。


「お注射、お注射、お注射……」


 プリンスが手を上げた。


「いい。これは無理だ。自分でもわかる」


 花森が泣いた目で見上げた。


「ありがとうな、花森。みんなも、ありがとう」


 プリンスは体が動かないのか、首を少し動かして言った。クラスのみんなは誰も動かない。


「すまんな、プリンス。損な役回りするのは、わいやと思っとったのに」


 コウとタクが近寄った。


 プリンスが少し首を動かして二人を見る。


「ああ。あとは頼んだぞ。こいつ、危なっかしいからな」


 コウとタクはうなずいた。こいつとは誰のことだ? 頼むことはない。お前がやればいい。


「師匠……」


 プリンスがおれの後ろを見ていた。体をよける。ジャムさんが後ろにいた。


「師匠……」

「よい働きであった。そして、よい戦いであった」

「ありがとうございます。俺に剣を教えてくれて」

「うむ。俺も戦士。そう長くはない。少し待っててくれ。向こうで稽古をしよう」


 プリンスは少し笑った。


「アタシもいい?」


 セレイナが横に立っていた。泣いた跡がある。それでも必死に笑顔だ。


「ハグしていい?」


 プリンスが笑った。


「学校一の美人にか。光栄だな」

「嘘、思ってないクセに」


 セレイナは、さわるかさわらないかの力でそっとプリンスを抱きしめる。


「ありがと。プリンス」

「ああ。あとは頼んだぞ」

「待って、もう一人だけ」


 セレイナは腕を離し、3年F組の集まりを向いた。


「エマちゃん!」


 喜多絵麻は、両手の拳をぎゅっと握り、うつむいている。


 うしろで男が動く気配がした。


「あああああ!」


 男が絶叫を放つ。亀裂が全身に広がり、そして砂となって崩れ落ちた。


「あまり時間がない」


 プリンスが短く言った。


 喜多絵麻は動けないでいるようだった。そこへ姫野美姫と友松あやが駆け寄る。二人に押されるようにして、喜多がプリンスの前に立った。


「私……私……」


 喜多が顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃだ。


「小学校の五年生から、ずっと、ずっと、好きだったんだから!」


 プリンスが眉を上げた。おどろいているようだった。


「そうか。悪かったな。ぜんぜん気づかなくて。ガキだったんでな」


 喜多がセレイナを見た。セレイナがうなずく。


「おお、いいぜ、喜多も……」


 そう言って背が低い喜多のために、プリンスは少し屈んだ。


 喜多が唇を重ねる。プリンスはちょっとびっくりして、それから目を閉じた。


 唇を離したプリンスが、にっこり笑った。


「なんか、いい匂いがするな」


 喜多が泣き始めた。姫野と友松が、その肩を抱いて下がる。


 プリンスは、おれを見つめた。


「みんなのこと、頼むぞ」


 おれは何も言葉が出なかった。


「死ぬ時は笑おうって言っただろ」


 それは、おれが言った言葉だ。


「清士郎」

「なんだ」

「逆が良かった」

「だろう、悪いが俺が先だ」


 清士郎が笑った。


「笑え和樹。最後だ」


 最後なのか。おれは笑顔を作った。


「またな、和樹」

「またな、清士郎」


 羽音とともに妖精が飛んできた。その妖精に指を伸ばした途端、清士郎は砂となって崩れた。


 風が砂を連れ去る。


 妖精は、その砂をどこまでも追いかけて行き、やがて見えなくなった。

 


 

 

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