第28-12話 有馬和樹 「大混戦」

 神輿みこしの老人はバランスを崩したのか、どんがらがっしゃん! とひっくり返った。


 聖騎士団が早足になった。前三列が剣を抜く。それに合わせ、おれも駆け出す。距離が詰まった。おれはさらに踏み込んだ。


 一人目、相手が剣をふるう前に腹を打つ。


 二人目、左にさばき足を払う。追い打ちはしない。


 三人目、横からの大振り。その小手にカウンターを当てる。小手が砕けて飛んだ。


「おすわり!」


 トレーラー上から門馬の声。近場の聖騎士団の一列が正座した。おっ、蹴り倒すのに丁度いい高さ!


『玉ちゃんロケット! 前列下がって!』


 うおい! 急いで下がる。


 聖騎士団にドラム缶ほどの氷塊が落ちた。近くで見ると氷塊でかい!


『10時の方向、魔法使い!』


 火の玉がくる。


「ケルファー」


 それは空中で消えた。友松あやの掃除スキル、やっぱ最高だな! 魔法使いのいる屋根には、ハビスゲアルの火球が飛んでいく。


 第二陣と言える固まった騎士団が歩み出た。規則正しく並んで歩く。


「ぼくらに任せて!」


 うしろから大きな足音。走ってきたのは、ゲンタとゴリラ。いや、ゾリランダー傭兵団。その勢いのまま敵にぶつかる。


 ゲンタとゾリランダーの二人が持っているのは馬鹿デカイ木槌きづちだ。あんな武器も作っていたのか。


 巨大な木槌は、木製なので軽そうだ。右へ左へ振り回すたびに聖騎士たちは吹き飛んでいく。ありゃ、人間版トロールだわ。


 聖騎士団の一つの集団が大きく右に迂回した。周り込む気か!


投擲とうてき!」


 一番前の二人を槍が貫き串刺しになった。なんつう威力。槍オヤジすげえ!


 ひるんだ相手にカラササヤさんの集団がそこに躍り込む。


「キング、左もだ!」


 プリンスの声に左を見る。両方か、やべえ!


「それ!」


 掛け声とともに、トレーラーからたくさん物が飛んだ。革袋?


「チャルメラ!」


 革袋が破裂した! 一気に沸騰したことによる膨張だ。沸きたての湯を頭からかぶり、甲冑を着ててもたまったもんじゃない。


「あちちち!」


 思わず盾を離したそこへ、矢が飛んでいく。見ればトレーラーの上には弓を持ったご婦人方。さすが森の民のおっかさん、やるう!


「ぐあっ!」


 味方の声。前で戦うゲンタと傭兵団が押し込められていた。何人かが斬られて倒れる。


 斬られた傭兵の足元に人影がぬぅっと出て、傭兵を連れ去った。潜水スキルのタク、山田卓司だ。回復スキルの花森千香が待つ元へ送り届けるのだろう。


 姫野、ほんとにやるな。予想外は多くあるが緻密な計画と用意だ。


 トレーラー上の姫野を見上げた。いや待て、その後ろ、陽炎のように空気が揺らいでいる。


「姫野!」


 叫ぶと同時に赤いローブを着た男が現れた。姫野を後ろから羽交い絞めにし、首にナイフを当てている。


「目くらましの結界、俺の得意魔法だ。悪いが皆の者、武器を……」

「ごめんなさい! チャルメラ!」


 ぼふっと赤いローブの男は煙を上げ、うしろに倒れた。手すりに引っかかりトレーラーの屋根から回って落ちる。


 ノロさんが手のひらを向けた格好で固まっていた。沸騰スキル、人間にかけれるとああなるのか! おっかねえ!


 気を取り直してゲンタたちに加勢しようとした時、また遠藤の声が入った。


「魔法来る! 方角多数!」


 またあちらこちらの屋根の上に魔法使いの姿が見えた。司教は72人。まだまだいるか!


 飛んでくるいくつかの火の玉は空中で消え、いくつかは黒い霧とぶつかった。それをすり抜けた物がトレーラーに向かう。


「むう!」


 ハビスゲアルが広げた両手に呼応するかのように、透明な壁がトレーラー上空に出た。


 だが、トレーラーだけではなかった。右や左に展開するカラササヤたち、森の民に火の玉がぶつかる!


「くっそ! 菩提樹! 寝てんのか!」


 おれは思わず叫んだ。こんな時こそ、あいつだろう!


「まったく不遜な物言い。王であらねば許さぬところ……」


 どこだ? 姿が見えない。トレーラーの上が光った。小さな女の子。テファ?


「わらわは太古の樹、菩提樹の精霊」


 光り輝くテファが宙に浮いた。両手のひらを前方に向ける。


「菩提樹の民、そして王を傷つける者を許さぬ!」


 テファの体がさらに光った。猛吹雪が吹き荒れる。屋上にいた魔法使いがなぎ倒された!


 テファは地面の一つを指差した。


「ハナよ、そなたの力、あそこに注がれよ。わらわの力が弱っておる」


 花森千香が走った。


「お注射!」


 花森が地面に手を添え、スキル名を叫んだ瞬間、地面一帯に血管のようにうねった光が走った。


「ご苦労」


 テファはそう言うと、ぐったり倒れた。落ちる! そう思ったら、テファの後ろから伯爵が受け止めた。


 空中に光が集まり、菩提樹が現れた。あんにゃろ、今日は甲冑をつけた格好になっている。幻影だから風を受けないのに、長い髪が風になびく。見た目、凝り過ぎだろ。


 まわりで見ていた野次馬、ワーグル隊の何人かが膝をつくのが見えた。森の民の末裔か。


 ついでにゴカパナ村長の悔しそうな顔も見えた。じいさん、憑依できるなら、そりゃ若い方だろうよ!


 しょっぱなで、これだけ精霊とシンクロするんだ。テファは将来、どえらい大魔法使いになるかも。


「悪霊だ! 聖騎士団よ、悪霊を倒すのじゃ!」

「はっ!」


 総大司教の声。あいつ、まだ元気なのか。


 整列していた聖騎士団の全体が動いた。半円形に展開し、詰めてくる。多勢に無勢。どうする?


『三号車の後部扉を開けて!』


 姫野の声。聞いた森の民の男性陣が扉を開けた。そして、中を見てうしろに後じさる。トレーラーの中から低い唸り声が聞こえてきた。なんだ?


「おすわり」のスキルを持つ門馬みな実が降りてきた。なるほど、連れてきてたのか。


「ケルちゃん! ゴー!」


 門馬の掛け声でケルベロスが飛び出した。その後ろから、なじみのある遠吠えが三つ。


 モヒカン狼! あいつらも来てたのか!


 三匹のモヒカン狼は、おれの元にやってきた。毎朝の調練でよく遊んだので、すっかりなついてしまった。


 羽音? それはプリンスの周りを回った。


「……ハネコ、お前は隠れとけ」


 プリンスが溜息まじりに言った。妖精まで来てたのか。いよいよ総力戦だな! そして土田! ほんとに里に一人だ、すまん!


 おれは三匹の狼とともに、敵の中央に駆け出した。


 剣をかわし、ひたすら殴る蹴る。その周りを三匹の狼が守った。


 混戦だ。総大司教までは遠い。やつを倒せば戦況は変わるのだが。


わら人形、用意!』


 姫野の声。藁人形?


 F組の何人かの手によって、等身大の藁人形が10体並んだ。


『ゲスオ、駒沢くん、お願い!』


 何をする? 駒沢ひとりで10体は扱えない。


「お茶目な落書き! 十人対戦!」


 ゲスオが叫んで駒沢に触れた。


『菩提樹さん、お願いします!』


 菩提樹が分身のように分かれた。まじか!


「コントローラー・ワイヤレス! マルチプレイ!」


 駒沢が叫ぶと、菩提樹の分身がコントローラーを持つ仕草をした。これはもう、スーパーコンピューターだ!


 10体の藁人形が動き出す。その腕はチャッピーと同じ、剣が生えていた。エグイ!


『作田くん、馬車解除!』

『エポキシB解除!』

『進藤くん、よろしく!』

『任せろ! みんな、真ん中あけて!』


 ドルル! とトレーラーではなく、先頭の箱馬車だけが震えた。


『必殺! 盗んだバイクで走り出す!』


 進藤の叫びとともに、連結が取れた箱馬車は猛スピードで走り出した。


 進藤、盗んだバイクじゃなくて、もらった馬車だけどな。しかもハビスゲアルの。


 聖騎士団が割れていく。派手な衣装が逃げ出すのが見えた。


『進藤! 総大司教が西の道に逃げた! やつを倒せば終わる!』

『了解!』


 進藤の馬車が西の通りに入って行った。


 半円形に展開した聖騎士団は崩れるかと思えば崩れない!


 トレーラーの周りすべてが近接戦に入った。茂木や魚住、戦闘班じゃない者も槍を持って威嚇していた。


『みんな! 菩提樹のペンダントを掲げて!』


 姫野の指示、意味は解らぬが首に下げたペンダントを引きちぎり、頭上に掲げた。クラスのみんなもペンダントを掲げる。


『目をつむって! むっちゃん、今!』


 沼田睦美、ライトのスキルか! トレーラーの脇で槍を持っていた沼田が拳を上げ、目を閉じた。


「ピカール! 最大ワット!」


 小さなペンダントが光りだす。これか、薄っすら光ってると感じたのは! あわてて目をつむった。


「ぐわ!」

「目が!目がぁ!」


 目をつむっていても、強烈な光があふれるのがわかった。


 ドサッと倒れる音がして、光がやむ。目を開けた。沼田が倒れている。そりゃ、これだけ光らせりゃ気を失うぜ! 近くの男子が急いで駆け寄る。


 聖騎士団は目を押さえ、大混乱だ。


『ワサビ茸、投下!』


 姫野の合図でトレーラーから小さな麻袋が無数に投げられた。宙を舞うところから粉末がこぼれていく。


「ハクション!」

「は、鼻が!」


 聖騎士団は鼻を押さえ、クシャミを連発した。この作戦だけは知っている。ドクが見つけたキノコの粉末だ。ワサビの五倍強い成分を持つ。


 さきほど沼田が倒れたのを思い出した。吉野由佳子はどこだ?


 いた。三号車の上。グラリと身体が揺れる。


『吉野!』


 通信回線で怒鳴る。吉野は気を取りなおし、空中に両手を広げた。


 吉野のマスクスキル。進化して遠くからでもかけれるようになった。ワサビ茸の粉末はマスクで止まっている。しかし当初の予定は三十人程度。それが399人だ。


『姫野、吉野がもたない!』

『わかってる! ハビスゲアルさん!』


 ハビスゲアルは頭上で腕を回した。空中に炎の渦巻きができる。空気が吸い上げられ、キノコの粉末がパチパチ音を立てた。


 炎の渦巻きはどんどん大きくなった。パシッとプリンスが妖精をつかむのが見えた。思ったより風が強い、みんな大丈夫か!


「むう!」


 ハビスゲアルが両手を空に向けると同時に、炎の渦巻きは上空にあがった。すごい風。吹き上げる突風にトレーラーの上にいた女子のスカートがめくれた。


 姫野は今日、ドロワースではない。


 女子がスカートを押さえ、キッと睨むと同時に、男性陣はくるりと外を向く。これは、カラササヤさんら森の民も同じだった。


『ハビスゲアル殿、グッジョブ!』

『ゲスオ殿、グッジョブとは?』

『いい仕事してますね! だよ』

『もう! ドクくんまで言わないの!』

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