第25-7話 姫野美姫 「食事と寝床を手配する」

 ハビスゲアルさんは、ウルパ村の近くで捕縛されそうになったらしい。


「よく逃げられたな」


 キングが感心して言う。ハビスゲアルは胸を反らした。


「これでも魔法使いの端くれ。しかしキング殿、さきほど、やっぱりとおっしゃった。予想していたので?」

「ああ、言われた場所に食料がなかったからな。これはハビじいに何かあったと」

「裏切られた、ハメられたとは、お思いにならなかったのですか?」


 キングは笑った。


「いや、それなら、こっちの里に来るだろ。こっちに来たら、さすがにやばかったわ」

「それは確かに。この里の近くに食料を運ばずに良かったですな」


 キングは、ふと気づいたようにハビスゲアルを見た。


「あれ? そういやハビじい、回復魔法は使えないの?」

「使えますが?」

「自分の傷、治せば?」


 ハビスゲアルは自分の釣った腕を見た。


「ああ、これですな。回復魔法は人にはかけれますが、自分にはかけれないのです」

「まじか! じゃあ、花森も?」


 キングが回復スキルを持つ花森千香を見た。花ちゃんがうなずく。わたしはこれを知っていた。だから花ちゃんは助ける順序は上位でないといけない。


「花森、ハビじいにかけてくれる?」

「もちろん」


 花ちゃんは笑顔で答え、ハビスゲアルに回復スキルをかけた。


 かけられたハビスゲアルが、釣った腕を動かしておどろく。


「これは、かなりの回復魔法と同じになりますな。吾輩わがはいより数倍強い」


 キングは立ち上がった。


「ハビじい、花森、しばらくはみんなの回復をよろしくな」


 それから、キングはみんなに向かって言った。それは、意外な言葉だった。


「みんな悪いけど、ちょっと、ハビじいとサシで話をさせてくれ」


 みんなが顔を見合わせる。キングに言われてイヤとも言えない。広場に集まっていた人々は、それぞれの場所に散っていった。


 わたしはウルパ村から逃げてきた人々を見て回った。里のあちこちで包帯を巻かれたり、薬草を塗られたりと治療を受けていた。もう、まるで野戦病院だ。


「ヒメー」

「ヒメー、クックーちょうだい」


 覚えのある声に振り向いた。フルレとイルレ、無事だった!


 駆け寄って抱きしめる。母親が申し訳なさそうに後ろから出てきた。


「そちらの方は大丈夫でしょうか?」

「そちらの方?」

「イルレを助けていただいた、女の方です」


 遠藤ももちゃん! すぐにピンと来た。話を聞くとやっぱりだ。イルレが集団から離れて迷子になった。それを探したのが遠藤ももちゃん。そこで戦闘となり、あの傷を負うことになったようだ。


 ももちゃん、わたしがこの双子と仲が良かったのを知ってたからじゃないだろうか。


 これはちょっと考える。結果として大事に至らなかったが、自分の行動が周りに影響している。


 いや、そもそも、この状況が失敗だ。まったく想定できていなかった。


 軍師気取りでやってはいるが、やはり自分では荷が重い。プリンスあたりがやったほうが、上手くいきそうな気がする。


 フルレとイルレ、それに両親の四人には、わたしの家に泊まってもらうようにした。狭いけど床にも布団を敷けば四人寝れる。わたしはセレイナのとこにでも泊まろう。


 広場を通ると、キングとハビスゲアルは、まだ話を続けていた。ほかのみんなは気を利かして二人には近づかない。


「ヒメちゃん、備蓄庫開けていい?」


 調理班リーダー、喜多絵麻ちゃんに聞かれた。もちろん、うなずく。ウルパ村の中からも、元気なお母さんたちが炊事を手伝うと申し出があった。


「ヒメっち、お風呂どうする?」


 そうこうしていると、今度は設備班から聞かれる。うわぁ、お風呂かぁ。入れてあげたいなぁ。


「今日は、元から里にいた人は我慢してもらって、ウルパ村の人に入ってもらおうか」

「うん、それいい! お風呂入ってぐっすり寝てほしいね」


 設備班の黒宮和夏は嬉しそうに言った。和夏ちゃん、自分は入れなくなったのに、やっぱり優しいね。


 一通り食事と寝床の手配が終わると、もう夜も更けていた。


 広場に二人がいないので、もう話は済んだのかと思えば、調理場のほうにいた。お茶を飲みながら、まだ話をしている。


 それは、ちょっと今まで見たことのないようなキングだった。お互い熱に浮かされたように真剣に話し合っている。


 その姿に、みょうな胸騒ぎを覚えた。近くをプリンスが通ったので、呼び止めてみる。


「キングたち、何話してんだろ」

「さあな。まあ、なんとなく予想はつくが……」


 そう言って去っていった。親友は予想がつくのか。わたしにゃ、さっぱりわからん。


 セレイナの所に行こうかと思ったけど、大きな満月が出ていた。頭の中を整理したいし、月の光で明るい里を散歩する。


 里の外れまで歩いて、満月を見上げた。前にいた世界の月より大きいが、兎さんの模様がない。やっぱり異世界なんだなと、こういう時にしみじみ思う。


「おや、珍しい。月夜に誘われ才女のお出ましか」


 こういうのを言いそうな人は一人だ。


 周りを見た。誰もいない。ならば上、ほらいた。高い木の枝に男性が一人立っている。ヴァゼル伯爵だ。


「伯爵こそ、一人で何を?」


 ばさり、と伯爵が下りてきた。


「一人ではありませんぞ。ジャム殿もいます。同座しますかな?」

「ええ、いいけど……」


 わたしは辺りを見回した。ジャムパパの姿はない。


 ふいにヴァゼル伯爵が後ろに回った。わたしの両脇に手を入れる。バサッ! と翼が開く音。


「えっ、もしかして!」


 ギャー! と叫びそうになるのを、どうにか止めた。わたしはヴァゼル伯爵に抱えられ、高い木の枝に降り立った。たっかい!

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