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「そんなに驚くことでもなかろうて、レイドボスでも見たことだろう。更なる変貌へんぼう、新たな力の獲得をな」


 メルクトリが饒舌じょうぜつに語る。


 更なる変貌へんぼう――バフォメットの第四形態のことか。確かにあれは予想外のギミックだった。知らないスキルを使ってきたしおまけに最後は自爆する始末。となると奴も俺の知らない力を獲得しているのだろうか。


 そう思いきや奴の形態にはどこか見覚えがあった。


 首から上が羊頭にすげ代わり、背中からは八枚の黒翼を生やしている。さらに腕の本数は倍増、腰からは竜の尻尾が生えている。


 人とモンスターを合成した気色の悪い見た目だ。一部はどこかで見たような気もするが……なるほどレイドボス、バフォメットからの移植か。腕と尻尾も見覚えがあるし、他にもいくつかのモンスターから引っ張ってきたような感じだ。


「ご大層な変身が、その実ただの移植とはな。予算が足りていなかったのか?」


「そう嫌味を垂れるでない。見てくれはともかく、飛び切りに強力なスキルを選抜してきた。ゲーマーならば一度は思ったことがないか。冒険者のスキルとモンスターのスキル、どちらも使えたらどれだけ強いことかと」


 よほど上機嫌なのか、メルクトリは天を仰ぎ恍惚こうこつとしている。


 冒険者とモンスターのスキルの併用……それは確かに思ったこともあるし強いだろうが……わざわざ変身する意味はあるのだろうか。


「なあメルクトリ。あえて形態を変える必要ってあるのか、人間のままの方が意表をつけると思うんだけど」


「何を言っておるふざけたことを抜かすでない」


 メルクトリは磊落らいらくに笑い飛ばしてから、


「見た目に凝るのはクリエイターのたしなみだろうが。己を強く見せたいのならまずは見た目からと相場が決まっておる」


 とまあ非常に毒気を抜かれる回答をした。否定はしないが何とも言えない気持ちだ。


「さて与太話もここまでにしよう。我らの理想郷を叶えるためだ――お前らにゃあ悪いが芥子粒けしつぶとなってもらおうぞ!」


 メルクトリの咆哮に合わせて、かつて監視上でまみえたギミックが出現する。


 延々と降り注ぐ火球と黒雷に、地盤から牙を剥く鋭利な氷柱。それらギミックの発動と共に、魔人が四本の大剣を構えてせる。


 ひとたび大剣が振るわれれば、そこから無数の斬撃が放たれる。スキル〝クロスブレイド〟三次職クラウソラスが保有する遠距離攻撃だ。


 モンスターのスキルを持ったプレイヤーが相手なんて、いくら何でも無理ゲーが過ぎる。ギミックも合わさってもはや反撃に転ずる余地も無い。


 いくら身体能力に長けたコトハでさえ、攻めあぐねているようだった。


 ペルを救うためにも、どうにかして攻撃しなければならない。そう心がはやっても斬撃、火球、弓矢、黒球、黒雷その他多くの異能が俺たちへと襲い掛かり、反撃の目は万に一つも見いだせない。


 じわりじわりと焦げ付くような熱さが胸の内で広まっていく。尋常じゃない焦りは判断ミスを招き、判断ミスは即座にゲームオーバーへと繋がる。


 ――欲を出したが最後、俺はするべきでない反撃に移ってしまった。メルクトリの大振りを交わした時のことだった。


「……ッ!!」


 天井より混沌の雷が一直線に降下する。バフォメット由来のギミックは落ちる場所が完全にランダム。まさか当たらないだろうという油断が死を招いた。メルクトリのほくそ笑む顔が目に映る。――抵抗もやむなく俺は黒雷の餌食となった。


しゅが神よ、われなんじを頼む、めぐみをもって盾の如く、彼をめぐらしまもたまえ――リンカーネイション!」


 だが忽然と聞き覚えのある幼声おさなごえが地下広間一帯に鳴り渡る。もう幾度となく聞いた声だ。その詠唱と効果内容も充分に知っている。――一度限りの不死だ。


「ええい何故お前らがそこにいる!! ここには人数の制限を設けているはずだが……クソ、つくづく鬱陶うっとうしいシスターよなあ!!」


 どうしてか地下広間の入り口にはフィイ、リズ、エレン、ペル、とギルドメンバーが勢揃いしていた。みんなHPが極限状態だ。ベルゼブブに苦戦したんだろう。


「言っている意味は分からぬが、すんなりと入れたのだ。ペルのギミックも解除されていた、そちら側の不手際ではないのだ?」


 フィイが言った。


「馬鹿なそんなはずは……いや、まさかあいつめ……自身の消滅と共にギミックを!」


 メルクトリも疑うところ、ハヌマリルがどうやら細工してくれていたらしい。一般MOBの湧きが全くないのも彼のお陰だろう。


 何でも仕事を部下に押し付けたが故の結果――有能な部下と無能な上司の画だな。


「さあ観念してもらおうか。ここがお前の墓場だ」


「ほざけ……ほざけ虫けらどもがぁ!! 貴様なんぞ一匹残らず塵屑ちりくずと化してくれるわぁ!!」


 メルクトリが猛禽もうきんめいた目玉を引ん剝く。怒号の直後に吐き出した獄炎のブレスはボスモンスター〝ウルガルム〟によるもの。


「至上者よ、われなんじためよろこいわい、なんじの名に歌わん!」


フィイが即座に魔法陣を展開。陣外からの攻撃を全てシャットアウトする。


「コトハとエレンは前衛を! 残りは後衛から二人を支援しろ!」


 指令を出して陣形を整える。


 狂戦士と拳闘士に翻弄ほんろうされ、メルクトリの相貌そうぼういかめしさを増す一方。


「図に乗るなよ――冒険者共!!」


 メルクトリの激昂によって第二ラウンドへの火蓋が切られた。

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