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「――それで? 急に呼び出してきて何なのよ」


 一旦、戦線から離れたコトハは不満そうに眉根を寄せていた。


「いい作戦を思いついたんだよ。このままじゃベヒモスの討伐に数時間コースだろ。手っ取り早い方法は無いかなって思っていたんだけど」


 インベントリから紫色の小瓶を取り出す。紫色の液体が入ったそれはHP回復ポーションの一種だ。しかし他の回復ポーションとは違う特徴を持っている。


「コトハはこれを覚えているか? 以前にバルドレイヤで大量生産したポーションだが、これを使えば時短になるかもしれない」


「それって……ポーションよね? でもHPを回復するだけのポーションがどう時短になるのかしら」


「これはただHPを回復するだけの代物しろものじゃない。〝CTが無い〟ことが特徴なんだ。つまり何度でも何千回でもひたすらポーションをがぶ飲みし続けられる」


「ポーションなのに再使用までの待機時間がないってこと!? そんなのオーバーパワーじゃない、無限に回復できちゃうわ!」


 声を荒げるコトハは俺の意図に気づいたようだ。


「ベヒモスの攻撃を躱しながらだとどうしても削る速度が遅くなる。そこでこの紫ポーションだ。ひたすらがぶ飲みすることで真正面から殴り合うことができるだろう。使用できるエリアには制限があるから、ここくらいでしか使い道がない。全部使い切ってもらっても構わない」


 コトハに渡した紫ポーションの総数はなんと9,999。カンストするくらいの数があればさすがに足りるだろう。恐らく使い切るまでには倒せるはず。


「たしかに……ずっと攻撃できるのはすごく強みだけど……他にも問題とかあるじゃない。そもそも9,999個のポーションなんて飲んだらその……」


「あ、なら俺が都市まで戻って紙オムツを買ってくるよ」


「そういうことを言ってるんじゃないわよ! お腹に入らないって言ってるの!」


「大丈夫大丈夫、胃には溜まらないようになっている」


「じゃ、じゃあ飲み続けて窒息死とかは……?」


「たぶん無いとは思うけど、一応呼吸を挟んでおいた方がいいな」


「わたしの武器って二刀なのよ、両手が塞がってるのにどうやって飲めば……」


「元来、人間にはKIAIが備わっていると言う。KIAIがあれば不可能さえも可能に塗り替わる。今こそが正念場だぞコトハ、ここをKIAIで乗り越えてみせろ」


「……」


 ぷるぷると体を震わせている彼女はわずかに涙目になっている。これから過酷な道を歩むと理解しているらしい。


 しかしコトハは、覚悟が決まったかのようにベヒモスへと振り返ると


「いいわよやってやるわよ! 見てなさいあんな気持ちの悪いモンスターなんて一時間も掛けずに倒してやるんだから! や……やあああぁぁ!!」


 勢いよく駆けだしていった。口には既にポーションを咥えている、準備万端だ。


「サンダーボルトを物ともせずに受けるとは……まさしくあれは狂戦士なのだ」


 コトハが落雷を真っ向から受ける。ポーションを飲む。


「みてみて! おねえちゃんがブレスをシャワーみたいに浴びてるんだよ!」


 コトハが獄炎に包まれる。ポーションを飲む。


「ククク、さすがはお姉さまよ……闇の女王には光など通じぬのだ……」


 コトハが光線を佇んで受ける。ポーションを飲む。


「ああああああああああああぁぁぁ!!」


 彼女はあらゆる攻撃を直撃させながら二刀を振り続けている。わめき声が多少気になるものの凄まじい速度だ。ベヒモスのHPがゴリゴリと削れていく。


「いいぞコトハその調子だ!」


 声を掛けられた彼女は、ちらりとこちらを一瞥いちべつすると


「んー!! んん、んんんんんんんn――」


 ポーションを咥えたままの口で奇声を返した。


 何を言っているのかまったく想像もつかないがおおかた文句であろう。ベヒモスにやられるよりもポーションで溺れ死なないか心配だ。


 そんな喜劇を見届けること一時間。


 コトハのポーションがぶ飲み術によって俺たちは隠しボスを制圧した。

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