141(アルトvsエレフェウス)
「――何か言っておきたいことはありますか」
対戦相手のエレフェウスが視線も合わせぬまま、静かに呟く。
拳法家の男は俺と同じくらいの
服装は冒険者らしからぬ、白の下衣一丁のみの半裸体。しかし鍛え上げられた肉体といい、
むしろ
それだけの気勢がエレフェウスにはある。
「Lv175職業ミストルテイン冒険者のアルトだ。よろしくなエレフェウス」
彼と交わす言葉は、たったそれだけでいいと思った。言うべきことはただの自己紹介。後の全ては、俺たちがどれだけの努力を積み重ねてきたかは直ぐに分かる。
「エレンでいいです――互いに死力を尽くしましょう」
男もまた短い挨拶のみで終えた。
向き直った彼の
物静かな口調に似合わない闘争本能が、彼の
身に積んだ技と五体全てを
――その予兆は、正しかった。
『第六十一試合目、アルトvsエレフェウス、試合開始です!』
アナウンスが響いた瞬間、拳法家から
〝迅速、鉄鋼、脅威、集中、激励〟いったいいくつものバフスキルを重ね掛けしたか分からない。ひとつだけ分かることは――彼が
「……ッ!」
俺とエレンの間合いはおおよそ十メートルほど。にも関わらず僅か一拍にも満たない間に距離を詰めたその移動術は〝
摩擦などまるで感じさせぬ滑らかな動き出し。彼だけ氷上を歩いているのではないかとさえ思えてくる。
間に合うか?
左足を前に、右足を後ろに構えるエレン。
〝
「……惜しい」
空を切った拳にエレンが呟く。
俺の顔面を掠めたのはスキル〝
まともに直撃すれば卒倒は不可避。〝バーサーカー〟を習得していなければ間違いなく決着していた。
「
地を蹴って後退。インベントリから取り出したのは汎用機関銃。本来はガンスリンガー系列が使用可能な武器だ。
流石の奴と言えどガトリングによる機関
「――ッ!?」
思惑通りに事が運べばどれほど楽ができただろうか。
飛び交う鉛の波を物ともせずに駆け抜けてくる男は、まさに超人。
〝
たかだか銃弾程度、躱してのけぬ道理は無い。極めつけは――
「捉えました」
たった
馬鹿げた
ただ一度でも
「がっ……」
腹部から伝わる、
あまりの迅速さに対応しきれない。まさか奴自身の体術がここまで
〝バーサーカー〟状態のデバフもあり、俺のHPはたった一発でレッドゲージに。
予想通り、スキルセット的に俺は奴に敵わないらしい。そもそも武人にタイマンで勝てというのが無茶な話だ。
だが――こちらとて準備もなしに臨んだわけではない。ここから先は奥の手を使わせてもらう。なにより、ぶん殴られたままでは決まりが悪い。いち男児として至極単純な話だ。
「終わりです」
戦いの幕を引こうとエレンが駆ける。吹き飛ばされた俺へと右足を伸ばす。
スキル〝
「何――」
だがエレンの捉えたつま先は、俺ではなく背後の岩壁。彼は
「何をそんなに驚いている。俺はただ走っただけだぞ拳法家」
空いた隙を見て武器を取り換え。係数の高い二丁のリボルバーによってティファレトのHPを削り取る。
再び始まった銃撃を気にも留めず、瞬く間に駆け抜けてきたのはエレン。たとえ被弾しようが関係ないとばかりに
「これは……」
進路を一転、彼はこれ以上の被弾を嫌って大きくバックステップ。回避に徹底している。
エレンは異変を感じ取ったのだろう。俺の二丁掃射――通常攻撃のダメージが高すぎると。これは明らかにただの銃撃ではない。だがしかしスキルによる攻撃でもない。
ハッと目を見開いたティファレトは、事の真相を見抜いたかのようだった。
「その身に纏う漆黒のオーラは……スキル〝
まさかこれを知っているとは意想外だ。彼はプレイングだけでなく知識量も
「知っての通り、自身に付与された全てのバフ効果を100%UPする超能力上昇スキルだ。〝バーサーカー〟による移動速度上昇効果も倍増している。先の超加速はそういうわけだ」
僅かに眉根をひそめたエレンは首を横に振った。
「確かに破格の性能ですが〝喪失者〟には大きなデメリットもあります。
発動中、全ての攻撃スキルが使用不可能……さらに効果時間はたったの五分。効果終了時にはHPが尽きて戦闘不能状態へと陥る……そんな馬鹿げたハンデを背負って勝てるとでも」
「こうでもしなければエレンの動きについていけない。攻撃スキルなんてあってないようなものさ。そして――」
これが全てのスキルポイントを消費して習得したバフスキル〝クラウン〟。
たとえ通常攻撃だろうが、スキルを上回る火力を叩き出してみせる。
「その瞳に宿る
俺の習得可能スキルの
二丁拳銃が
ウォークライ、激震、等価交換、バーサーカー、そして確定クリティカルのクラウン。
これらによって俺の通常攻撃は一発6,000ダメージを上回る。たとえ屈強な肉体を持つティファレトが相手だろうと――HPは溶けてなくなる定め。
俺が上かエレンが上か、超短期決戦といこう。
「
初動、エレンは前進。一発でも受ければ致命は確実といった中、それでも風切る弾丸を前に、正面突破を目論む
「……っ!」
右足、右足、左足と三拍子で走る〝
〝滑歩〟のみならず様々な歩法を駆使する武人相手に、どうして正確な射撃ができようか。
もはや人間を辞めたとしか思えない動きの数々。四肢は液体も同然にねじ曲がり
あまつさえ――
「これでも追いつかれるというのか」
俺とエレンの距離間は開くどころか縮まる一方。
〝喪失者〟によって得た移動速度上昇効果は40%増し。だがまるで奴には敵わない。
こちらには〝クラウン〟の効果時間もある。このまま無意味な銃撃を繰り返すのは悪手だと分かった。ならばここは――近接攻撃にて渡り合うのみ。
――
風を巻いて
続けて放たれた左足による薙ぎ払い〝
狙いはこちらの
二刀による斬撃はまるで当たらない。いくら振り払おうとも
「これで終わりです、アルトさん」
俺の腕を手で払いのけ、即座に拳を打ち込んできたその妙技は〝
ここが現実世界なら、あばら、肺、心臓は
「――ッ!?」
ボルトアクション式ライフルが牙を剥く。
たかが通常攻撃とは言え、隙も溜めも長い単発射撃が与えたダメージは
奴もまたごく僅かなHPを保っていた。
「〝生存本能〟……一度だけダウン状態を免れるバフスキルですか。それがあなたの本当の奥の手」
一度で始末出来なかった以上、二度目は無い。いまさら不毛な
後はただ己の直感と身に積んだ技量に
「……」
言葉もなく駆け馳せるエレン。武人だからこそ成せる足
はたして最後の技は――拳か足か、右からか左からか、はたまた上からか下からか。彼の保有する拳法の数なら幾らでも品を変えることができるだろう。
だが俺には分かることがあった。どこか懐かしくも感じた必死の攻防。エレンは勝負を決める山場できっとアレを使ってくるだろう。
そんな理屈も
読みは右手の寸勁。死神の如く迫り来るティファレトを前に
「なっ――」
今日一番の狙い澄ました〝パリィ〟が炸裂する。
直剣が強敵の身体を刺し貫く。HPゲージは灰色。拳法家は地に伏した。
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