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「具体的な経緯をお聞かせ願いますか。俺としても、都市の人たちを守れることは光栄に思います。しかしいくらなんでもその話は突拍子もないというか、いまいち理解ができなくて」


 俺の提案を耳にしたカーラは、考え込むように額に手を当てがった。


「実はな、騎士団が一帯の地域を調査した結果、モンスターの軍勢を確認したのだ。いつ攻め込んできてもおかしくない。つまりいち早く手を打たねばならんのだよ。……当然、この事は内密に頼むよ。もし民たちに知れ渡れば、間違いなく大きな混乱を招いてしまうからな」


「……モンスターの軍勢を?」


 問いかけた折、カーラはまたしても首を縦に振る。


 それらしい口実だが、よくよく考えれば不可解な理由だ。モンスターの軍勢がいるのならそれこそ冒険者の出番だろう。俺に10Gも払わずとも、十分の一……いや百分の一である100mでクエストを出せば、腕利きの冒険者たちはこぞって受注する。


 100mという金額ですらクエストにしては破格の報酬なのだ。それを、俺に10Gだと?


 いぶかしいことこの上ない。


「随分と険しい顔つきだな、アルトくん」


 俺を見てカーラが頬を緩める。


「何も考えるような話ではないのだよ。10G……100億ルクスという金額は確かに法外だろう。裏は無いのかと疑ってしまうのも無理はない。

 だがこれは単純な話でな、わたしはそれくらい君のことを高く買っているということだ。メルクトリたち騎士団長の公認候補が見つかったとなれば、おうとも百億ルクスなどはしたかねだ。都市の平穏に勝る宝は無い」


 カーラは俺の目を見てきっぱりとそう言い切った。


 真か偽か、未だ判別に迷うものの、あいにくどちらであろうと答えは既に決まっている。


 魔王を倒すことが俺たちの最終目標なんだ。大金を得て平穏な暮らしなんて興味ない。


「申し訳ありませんが、やはり辞退しようと考えております。俺たちのやるべきことは、ここで豊かな生活を送ることではありませんから」


「……ふむ」


 二度断られたカーラは、さりとて不快げな様子も見せずに、あごに手をやりしげしげと俺を見つめている。まだ俺を引き抜こうと案を熟考じゅくこうしている風だ。


「モンスターの件ですが、クエストは出さないんですか。それだけの危険があるのなら、冒険者を雇って駆逐くちくした方がいいように思うんですが」


「なに、それには及ぶまいよ、アルトくんも知っての通り都市戦まであと二日。各地域から大勢の人が押し寄せてくるお祭りを前に、そのような脅威を知らしめるわけにはいかん。奴らを始末するのは全てが終わった後だ」


「はあ……なるほど」


 嬉々ききとして語るカーラには、言及しない方がいいだろう。お祭りがあるのなら、だからこそ事前に脅威を排除すべきだと俺は思うが……これ以上、余計な口を挟んで追放沙汰にはなりたくない。


「成果を得ることはできなかったが、非常に有意義な時間であった。ありがとうアルトくん、もしよければまた話し相手になってくれたまえ」


「ええ、俺でよければいつでも」


 立ち上がり、カーラと握手を交わして王城を後にする。


 不穏な空気が立ち込めた時はどうなるものかと思ったけど、何とか無事に済んだ。


 しかし近くの地域にモンスターの軍勢が見えたというのは……放置しておけない大問題だろう。


 報酬なしでも俺だけで殲滅しに行った方がいいな。明日、様子を見に行こう。

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