078(IDコロシアム)


「――お待たせしました。上級コロシアムの準備が整いましたのでこちらまでお願いします」


 待合室で首を長くしていること一時間――ついにその時がやって来た。


 案内役の受付嬢が、闘技場への案内を始める。


 コトハとフィイのスキル振りは直前に終わっていて準備も万端ばんたん。後は正々堂々と、モンスターどもを打ちのめすだけだ。


「どうした二人とも、浮かない顔をして」


 闘技場に入る直前で、コトハとフィイの異変に気が付く。いつもは明るい表情の彼女たちは珍しく沈んだ面持ちをしていた。何かあったのだろうか。


「べ、べつに何でもないわよ」


 そっぽを向くコトハと


「観衆の前でなんて戦い慣れていないのだ。それで……」


 視線を落とすフィイ。


 たぶん二人とも緊張しているんだろうな。これからたくさんの人が見ている場所に立つわけだし。かくいう俺も観客の声の多さに、わずかばかり戸惑とまどってる。これじゃあダメだ、もっと気合を入れていかないと、MMOはメンタルゲーでもあるんだから。


「なあ、さっきあいつらが言ってきた台詞を覚えているか。俺たちみたいな新米冒険者が上級コロシアムなんて周れるわけない――まったくふざけた話だ。おそらく他にも俺たちを舐めているやつらが多数いる。そういうやつらを黙らせるためにも、絶対にクリアしてやろうぜ」


 コトハとフィイの顔が上がる。そして頷き不敵に笑う彼女たちは、すっかりいつもの調子を取り戻したようだった。


「うむ、そうだったのだ。アルトくんをあなどったやつらを見返してやろうではないか」


「そうね、絶対に目に物見せてやるわ!」


 一致団結した二人の顔ばせは明るい。これならもう心配ないな。


「さあ、コロシアムに行くぞ!」


 薄暗い廊下を抜け、眩しいくらいに照らし出された闘技場へと踏み入る。


 その瞬間に、上階から喉笛のどぶえを打ち鳴らして吠える男たち。罵倒、声援、威嚇、怒号、それらときこえがひとつの束となって俺たちの総身そうみ震撼しんかんさせる。


「間もなく上級コロシアムが開始されます。参加者はアルト、コトハ、フィアトル、以上の三名です。彼ら三人パーティーの職業はそれぞれ――」


 そして天井から鳴り渡るアナウンスの声。観客席に設置されたパネルには、俺たちのパーティー編成や装備などが映し出されている。それを読み上げるまでが、俺たちに与えられた猶予ゆうよだ。


 建物はドーム状になっており、上階には観客席が、下階には決闘場がといった風に設計されている。決闘場の壁には檻が埋め込まれており、アナウンスが終わり次第、あそこからモンスターたちが解き放たれる。それが開戦の合図だ。


「フィイ、今のうちにバフを頼む。コトハは例の消費アイテムを口にしてあるな」


「うん、ばっちりよ。――それでこの後の作戦とかはあるの?」


「俺がモンスターのHPの大半を削るから、コトハはその後の処理をしてくれ。五ウェーブ目まではそれでなんとかなるはずだ」


「ウェーブ……確かモンスターの軍勢って意味よね。檻から一斉に出てくるモンスターたちの回数が全部で二十。四分の一がそれで突破できると思ったら少し安心したわ」


「不安をぬぐうのはいいが、油断は決してしないことだ。モンスターのLvは最低でも170。俺たちと70Lv差もある強敵だ、おそらく二、三発殴られただけでダウンする。努々ゆめゆめ警戒けいかいおこたるな」


「……ええ、任せて」


 俺たちが立った場所は闘技場の中心。


 コールと共に檻は開放され、四方八方からモンスターの群が押し寄せてくるだろう。


 だがおくする必要はない。幾万いくまんものモンスターが迫りくるというのなら、幾万全てを淘汰とうたするのみ。まったく単純な話である。


「それでは――上級コロシアムスタートです!」


 アナウンスの直後に湧き立つ歓声、檻が開かれ飛び掛かってくる獣たち。


 第一ウェーブを担うそのモンスターの名は〝バンダスナッチ〟。横に裂けた大きな口を持つヒョウ柄四足歩行の中型モンスター。


 右に十、左に二十、前後には推測五十を超える獣の群れ。


 タイミングを見計らって唱え上げた流星をもっ迎撃げいげきに臨む。


「シューティングスター!」


 怒涛どとうの勢いで天より飛来する十三の隕石。


 アークメイジが使役できる上位スキルによって、死闘の幕が切って落とされた。

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