049


 いったいどうしてこんなことになったのか。年甲斐としがいもなく、わんわんとむせび泣くコトハをあやしながら、つい先ほどまでの一件を振り返る。


「コトハ――すごいじゃないか! ミノタウロスの群れを一撃で倒すなんて、それに上手く立ち回れてもいたし、これはもういよいよ〝地雷〟卒業だな!」


「……」


「あれ、コトハ?」


「う、うぐ、う、ううぅぅ……」


 活躍をたたえられているにもかかわらず、コトハの瞳はうるおいが増す一方。そして彼女はいきなり俺に抱き着いてくると、


「わたしやっとみんなの役に立てて、わたし、わたし……うううぇぇ、あああああぁぁ!!」


 とまあ、ヒロインらしからぬ大号泣を始めた。これにはアルトさんもお手上げである。


「――彼女なりに思っていたことがあったのだろう。前衛職なのに、ずっとアルトくんの後ろを付いていくだけでは、みじめに感じて当然だ。アルトくんも知っている通り、きみは周りの冒険者からチート扱いされるような存在なのだからな」


 動揺どうようしていると、フィイにやれやれと嘆息たんそくをつかれる。


 それってようは、強すぎる俺が悪い的なニュアンスだろうか。そんなこと言われても、俺はシステムの仕様を完璧に駆使くししているだけで、チートなんか使ってないぞ……。


「何はともあれ、これでコトハもようやく〝冒険者〟って感じだな。二刀は高いDPSディーピーエスを叩き出せるし、死にさえしなければ充分、強職きょうしょくだ。だけどこれで調子に乗ると痛い目を見るから、油断はするなよ、いいな」


「うぇ、う、うん……分かった」


 彼女が泣き止んだところで、続くB2に突入。


 ここもまた「任せて欲しい」とのことなので好きにやらせてみるとHP2,000を誇るモンスター〝谷底のガーゴイル〟も横一文字で突破。


 コトハはB3のモンスター〝谷底のモスマン〟をワンパンすることはできなかったが、それでも立ち回り、攻撃できるすきをついては迎撃げいげきした。もっとも、蛾人間がにんげんがベースのあのモンスターの形容には、かなり気味悪がっていたので、泣きながら戦う羽目にはなっていたが……。


「いよいよB4か。ここは流石に苦労しそうだな」


 怒涛どとう快進撃かいしんげきで進んだ俺たちだったが、次に待ち受けているモンスターは一筋縄ではいかない。最下層の手前というだけあって、B4には中ボスが配置されているのだ。


 ボスの前に中ボスがいるのはMMOのお約束だが、初ダンジョンの冒険者からしてみれば心をへし折る残忍ざんにんな仕打ちだという他ない。


「アルト、なんかすっごくデカいのいるんだけど……あんなのどうやって倒せばいいの?」


 そしてアレを見た時、予想通りの驚嘆きょうたんを見せたのはやはり隣のお姫さまだった。


「あれは〝谷底の大王ゴブリン〟、HPは5,000で防御力もそれなりにある。今まで通りサクっと倒せはしないだろうな」


「そうじゃなくて、どうやって倒したらいいかを聞いてるの! なんか手にとげとげのメイスも持ってるし、あんなので殴られたら絶対に卒倒しちゃうわ。わたしの命は、ここまでになるのかもしれないわね……」


 急に神妙しんみょうな顔つきをするコトハには突っ込めばいいのか放っておけばいいのか。


 俺としては早く帰りたいし放置しておこう。


「弱点は魔法攻撃がよく通ることだけど、物理職のコトハには関係ないかな。とりあえずやるだけやってみたらどうだ? 戦いたくないっていうなら俺が行くけど」


「べ、別にそんなんじゃないわよ。……大丈夫、きっと上手くやってみせるわ」


 そう言って彼女は、おそるおそるB4へとくだっていく。


 なんだか良くない感じがするな。念のために調整しておくか……。

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