021


「――随分ずいぶんにぎやかなのね。聖堂っていうからてっきり落ち着いた場所だと思っていたんだけど」


 コトハはくるりと辺りを見渡す。周りにはすき間を埋め尽くさんばかりの冒険者が、更に上階には多くの修道女の姿、その上にもまた冒険者と思しき風貌ふうぼうの男たちが大勢見られる。


 確かに一般的な聖堂とはかけ離れた雰囲気かもしれない。


「ノルナリヤの聖堂はかなり特殊で、ギルドと酒場と礼拝所れいはいじょがひとつになっているんだ」


「何よそれ。聖堂ってことは賢者さまをまつってあるんでしょ。そんなところで食べたり飲んだりしていいわけ?」


 ぐうの音もでない正論である。


「さあな。その辺のことは詳しくないけど、どうなんだろうか」


「分かったわ、きっと女神様がそうしろって言ったに違いない。だってもしわたしが神様だったら、安らかに看取みとってもらうより賑やかな方がいいもの!」


 実にコトハらしい解釈かいしゃくだけど、なまじあり得そうなのが笑えない。


「きっとここの女神様もうるさ――陽気な人柄だったのかもしれないな」


「ちょっといま女神様『も』って言った? ねえわたしのことうるさいって言った?」


「それで転職は二階だからこっちから階段を上がって――」


「あー! 誤魔化してる! アルトが悪口言ったの誤魔化してる!」


 もう……うるせえよ……。


「――あーあー、待ちたまえきみたち、待ちたまえよ」


 いざ二階へと上がろうとした寸前で、のんびりと間延びした、それでいてよく通る幼い声が背後から鳴る。ローブに身を包んだ金髪の少女が、ジト目で俺たちを見つめていた。


「ここから先はギルドに登録された冒険者のみが入れる。いわゆる登録制というやつだ。見たところきみたちは、この街の冒険者ではないのだろう。そこでわれが呼び止めたというわけさ。ふふん、どうかね、有能な働きぶりだろう」


「……えっと君は?」


「われの名前はフィアトル、呼称はフィイと呼ばれている。どちらでも呼びやすい方で読んでくれてかまわんよ」


 非常に個性的な一人称を口にする彼女は、堅物かたぶつを思わせる口調でありながら、やる気のなさそうな声音こわねがちぐはぐな雰囲気を生み出している。


 背丈せたけはコトハよりも低い……コトハが一五五くらいだとすると、フィイは一五〇ないくらいだろうか。身長に違わずその顔つきもまた幼い。


 しかしただのロリっかと思いきや、胸元は妙に発達している。めちゃくちゃデカい。


「俺はアルトでこっちはコトハ。よろしくなフィイ」


「ああよろしく頼むよ少年」


 手を差し出すとフィアトルに優しく握り返される。よそ者を好まない性格だったらどうしようかと思っていたけど、良かった。この分だと敵意はなさそう――。


「って、なあ、おい?」


 握手を終えた直後に、フィイはなんのためらいもなく俺を抱きしめてきた。圧倒的な弾力感が伝わってくる。――間違いなく、こいつは


 よく分からないけど心の中でお礼していこう――ありがとうございます!


「握手を交わすのもいいが、こちらの地域ではこのように挨拶するのが一般的でね。シスターの抱擁ほうようには女神さまのご加護があると言われているのだ。そう驚かないでくれたまえ」


 フィイは目をつむりながら抱擁を続けていく。


 驚くなとは言われたものの、俺は邪念が浮かばぬようひたすら素数を数えるのに必死だった。


 この苦悶くもんから解放されたのは、それから十秒ほど経った頃。フィイは俺から離れると、垂れ下がった目尻のまま微笑んでみせた。


 いやはや素晴らしい信仰だ。俺も秩序の女神さまに入信したい。


「――ところでどうしてわれはにらみつけられているのだろうか。先ほどから刃物のような視線を感じるのだが」


 隣でぐぬぬとうなっているコトハさん。彼女は仇敵きゅうてきみたいな顔でフィイをねめつけていた。


「……何やってんだおまえ」


「別に。何もないわよ」


「初対面の人その態度は失礼だぞ。あんまり威嚇いかくするな」


「してないわよ……まったく本当にアルトは!」


 どうして俺が怒鳴られなくてはいけないのか。コトハはたまに癇癪かんしゃくを起こすんだよな。


「ギルドの登録はまだなのだろう。われが案内するからついてくるがよい」


「それは助かる。ありがとうなフィイ」


「礼はいらんよ。迷える者を導くのはシスターとして当然の役目さ」


 フィイは俺の手を引き、受付に向かって進んでいく。


「……あのーコトハさん。痛いんですけど」


 間髪入れずに、反対の手を取って来たコトハは目も合わせてくれず、そのくせ何故か尋常じんじょうでない力で握ってきた。い、痛い……俺が何をしたって言うんだ。


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