異世界帰りの【S級テイマー】、学校で噂の美少女達が全員【人外】だと気付く

虎戸リア

1章:犬崎紫苑は見定めたい

1話:転校生のギャルに犬耳が生えている件

「つーか、何? こんなところに呼び出して。転校初日にいきなりオタクに絡まれるとかめちゃウザなんですけど」


 校舎裏。


 メッシュの入ったウルフカットの茶髪がよく似合うその美少女が、スマホを弄りながら僕の顔すら見ずに、一気にそう言い放った。

 危ない危ない。彼女がただの美少女だったら今の一言だけで僕は死んでた。まじで。


 彼女の名は、犬崎けんざき紫苑しおん。今日、僕のクラスに転校してきた子だ。

 転校初日からギャルっぽく制服を着崩している彼女は、男ウケする顔と、背が低い割におっぱいが大きいせいで、一気に男子の視線と女子の敵視を奪った。しかし見た目通りの性格の為か、僕含め陰キャ勢は一気にその期待萎ませてしまった。


 あの子、絶対僕らとは合わない系女子だ。


 そう、僕達陰キャは知っているのだ。オタクに優しいギャルなんてのはフィクションにしか存在しない事を。

 更に彼女は、アニメとかゲームとかにハマっている男はみんなキモいと豪語しており、まさにオタクに厳しい系ギャルだった。


 当然、陰キャの中の陰キャである僕だって、彼女に話し掛けるどころか、視界にすら入らないように身を潜ませるところだが……。どうしても一つだけ気になる事があり、勇気を出して彼女を校舎裏に呼んだのだった。


 僕は念の為、友人にそれとなく確認したのだが、


〝あれ、お前ケモ系好きだったっけ? とりあえずフィクションと現実の区別ぐらいは付けようぜ……〟


 と言われたので、どうやらやはり僕にしか見えていないようだ――目の前でスマホを弄りながら、こちらを時々睨む犬崎さんの頭に――が生えていて、スカートからモフモフのが覗いていることを。


 尻尾も耳も髪色と同じであり、ピコピコ動いているところを見ると、造り物ではなさそうだ。


 耳の形と尻尾の感じからすると、犬系……しかも魔狼ライカンスロープの類いだと推測できる。

 異世界帰りで元S級ビーストテイマーである僕は、耳や尻尾を見ただけで大体分かるのだ。


 しかもなぜだが、僕は妙に懐かしい気持ちを犬崎さんに抱いていた。今日初めて会ったばかりだというのに。

 まるで、長年共に旅をしてきた仲間と久々に再会したような……そんな気持ちだ。


「黙ってジロジロ見られるの、キモいんですけど。つーかお前誰?」


 もし、犬崎さんにあの犬耳と尻尾がなければ、僕はその辛辣な言葉に、アッアッアッ……としか返せなかっただろう。

 だが、なぜか、犬崎さんに限っては大丈夫だった。


「僕は同じクラスの石瀬せきせ一里いちりだよ。犬崎さんってさ……もしかしてじゃない? その耳と尻尾、見えてるよ」


 そう僕が言った瞬間に、犬崎さんの耳と尻尾がピンと立ち、目がまん丸になった。彼女の手から、スマホが滑り落ちる。


「ななななな……何を言っているの!? はあ!? 魔狼!? 何ソレ!? 全然分かんない!!」


 犬崎さんの顔が真っ赤に染まり、目が泳ぎに泳いでいる。スマホが地面に落ちた事も気付かず、そわそわとしており、尻尾がバタバタと動いていた。


 おー、あの感情を隠しきれてない辺りが、いかにも魔狼って感じだ。

 そういえば、異世界で初めてテイムに成功したのも魔狼だったな……アイツも結局、旅の最後まで僕についてきてくれた、まさに相棒って呼ぶに相応しい奴だった。


「というか、なんでこっちに魔狼がいるんだろ。犬崎さん、もしかして異世界帰り?」

「は? 異世界?」

 

 あ、尻尾が止まった。どうも違うっぽいな。

 

「いや、ごめん。僕、魔獣の事となると目がなくてさ。確認したかっただけなんだ」

「……」


 ちょっと拗ねたような、怒ったような顔をした犬崎さんが黙ってスマホを拾うと、つかつかと僕の近くへとやってきた。


「この耳のこと――絶対に誰にも言うな」


 すぐ目の前に来た犬崎さんがそう僕に凄む。だけど僕は、彼女の髪やらなんやらの良い匂いだけで頭がクラクラした。

 しかも顔が近い! 近くで見ると、犬崎さんの顔は化粧をしているものの、本当に整っていて綺麗だった。

 でも、何より犬耳が可愛い。ああ、尻尾モフりたい! ただですら可愛いのに更に耳と尻尾がプラスされて、反則級の可愛さになっている。


 だけど僕はクールなので、それを前面には出さない。出さないとも。


「言わないさ。言ったところで、信じる人もいないし」

「……スマホ貸して」

「え? あ、うん」


 犬崎さんは僕のスマホを奪い取ると、自分のスマホと同時に操作した。


「ライン、登録しておいたから。なんかあったらすぐに呼ぶから」

「あー、うん」

「絶対に誰も言うな」

「分かってるって。ところで――【】」


 僕は手を犬崎さんに向けてそう言い放った。しかし、何も起きなかった。


「はあ? 何ソレ……」


 どうやら、〝はあ? 何ソレ〟が犬崎さんの口癖らしい。


「やっぱりこっちでは使えないか……いや、ごめん。なんでもないんだ」


 僕がそう言うと、プイっと顔を逸らす犬崎さん。しかし、止まっていた彼女の尻尾が少しずつ揺れ始めた。あの揺れ方は確か……。


「もうあたし、帰るから。また明日ね、

「え? あー、うん、また明日ね」

「バイバイ」


 そう言って犬崎さんは僕に向かって小さく手を振ると、なぜか頬を紅潮させ、逃げるように去っていった。


 一人残された僕は、ようやく確信を得たのだった。


「相手が怖いギャル系女子でも、人外なら……普通に喋れる」


 これまでの僕は女子とはろくに話すことが出来ず、異世界でも野郎と魔獣に囲まれて旅をしたせいで、相変わらず女性に対する耐性は低いままだった。


 なのに、犬崎さんとは普通に喋れたし、自分から積極的に会話も出来た。きっと、彼女がただの美少女ではなく……人外だからだろう。


「人外である彼女となら、普通に話せるし……まさか……ついに陰キャ卒業か?」


 僕は異世界帰りの元S級ビーストテイマー。

 陰キャで対人が苦手なのは相変わらずだが、相手が魔獣となれば……それは僕のだ。


「よし……まずは犬崎さんと友達になって、親密度を上げよう……そうすれば、もしかしたら……」


 おそらく客観的に見れば、僕はかなりキモい表情をしていただろう。


 だけどこの時、僕はまだ知らなかった。


 この学校にいる人外が――犬崎さんだけではなかったことを。

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