第2話1枚の写真
扉の閉まった誰もいない部屋には、明かりすら灯されていない。
物音すらしない静寂の夜の時間であった。
がたり
誰もいないはずの空間に音が生まれた。
何かいるのだろうか。部屋を見渡しても何かがいる気配は全くない。
がたり
また、音がした。
どうやら音は写真たての方から聞こえているらしい。
そこには、幼い頃からの親友と肩を組んで笑っている二人の少年が写っている。
はずであった。
「おい!昨日の決着をつけようぜ!」
「おう!望むところだ!」
なんと、写真の中が動いているではないか。
背景の青空には雲が流れ、時に太陽を隠している。川の水は流れ、魚が飛び上がった。その魚を、木の枝に止まっていた鳥がくわえてどこかへ飛び去っていく。青々とした木の葉は風に吹かれて大きく揺れている。
写真の中の時間が、動いているのである。
二人の少年は背を向け、屈んだのだろう、写真から姿を消した。少しの後再び現れ、川の岸へ近づいて行き隣同士に立った。
「せーのでだからな」
「フライングはなしだぞ」
「「せーの」」
少年たちは腕を同時に横へ振り、素早く何かを池に向かって投げた。
石だ。彼らは水面に向かって石を投げている。水切りという遊びを写真の中の少年たちはしているのだ。
パシャ、パシャと水が切られ跳ねる音だけが聞こえる。
石は、水面を跳ねていく。
1回
2回
3回
右の少年の投げた石が沈んだ。
4回
5回
左の少年の投げた石が沈んだ。
「へっへーん、どうだ!」
「くっそー!また負けた!」
「だからさー、もっとこう地面と平行に素早く腕を振るわけよ。解る?」
再び少年たちは写真から消える。
屈んで水切りに使う石を探しているのだろう。今度はガチャガチャと石が踏まれる音が聞こえる。
後ろの木には飛び去って行った鳥が戻り、毛繕いを始めていた。
そうして、少年たちは何度も水切りを競った。
背景の雲は流れるが、太陽は動こうとしなかった。
やがて、写真たての横の窓から朝日が差し込み始めた。
「結局今日も勝てなかった…」
「まあ、地道にいこうぜ?」
「地道過ぎだって。何年やってるよ」
「んー、50年?」
「それ以上じゃね?」
少年たちは汗を拭い、写真の一番前へと並び肩を組んだ。
鳥はもといた枝へ戻り、羽をたたんだ。
「明日は釣りしようぜ」
「バケツどこだったっけ」
「ばーか。キャッチアンドリリースに決まってるだろ」
二人は笑いあって視線を前に向けると、ピタリと動きを止めた。
背景で流れていたはずの雲は、それまでが嘘だったかの様に動き始める前の空へと戻り停止していた。
川の水が流れる音は、もう聞こえない。
夜明けがやって来る。
窓から眩しい朝日が差し込んで、新しい今日がやって来る。
写真の中の現実の少年たちは年をとり、青年になり、大人になり、老人になった。
右の少年は戦争で片足をなくした白髪の老人へ、左の少年は爆撃によって両耳が聞こえなくなった禿の老人へ。時間も時代も流れ、写真の中の様に笑うことはもうできない。もう、写真を撮った頃のように肩を組むこともできなくなってしまった。
それが、写真の中の少年たちの現在なのである。
幼い時間を写し、切り取った思い出の写真。二人の少年の手元に送られた1枚の写真は、永遠に幼い時間を流れる写真であった。
写真の外の時間がいくら流れようとも、いくら変化しようとも写真の中はいつまでも写真が撮られた瞬間のままである。かといって停止し続けるわけでもなく、毎晩動き出す。
誰の目も触れない瞬間に彼らは自由となるのである。
そして、ひとたび目が向けられる時になるとピタリと止まり、「写真の瞬間」を演じ続ける。なんとも狡猾なキャラクターではないか。
少年たちは笑い続ける。
成長し老人になった自分自身の目の前で。ありし日のあるがままの事実と真実を示し続ける。
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