第2章 竜の姫は憎悪する
第21話 一緒にクロムベルへ
ぼんやりと意識が覚醒していく。まぶたの奥に入ってくるのは柔らかな光だ。今が何時なのかはわからないが、朝5時とか6時ごろなのだろうか?
確か最後に眠ったのは俺だったっけ。もうすぐ夜明けだと言われて、ほとんど回らない頭でクロンに頼んだはず。……クロンに頼んだ?
「はっ!」
まさか、あの元気っ娘は眠気に耐えきれず眠りこけてるのではと、俺はがばりと上半身を起こした。
もしかしたら、俺達は盗賊とかそういう野盗に捕まっているとか無いよな!?
「くかー、くかー……」
気に背を預け、口元からよだれを一筋垂らしながら幸せそうに眠るクロン。いったいどんな夢を見ているんだろうか。顔はほんのりと笑顔で、今にも何かを呟きそうな口の開け方だ。
それよりも野盗に襲われてなくて本当によかった。今は俺が万全の状態でないとブレイクコードによる
近くの木の根元にはリームもいて、こちらもすやすやと草の敷物の上で眠りについている。青いドレスで自己主張するふくらみにはイケない感情を抱いてしまうが、ぐっと我慢だ。さすがに恩人だとしてもおさわりなんていたずらが許されるはずもない。
と、周りの状況を確認したところでクロンが嬉しそうに何かを呟いた。
「うへへ……よかったぁ、ご主人様のエースは私ですぅ、えへへ」
夢にまで見た、というか今まさに夢で見ているのだろう。周りより能力の低い自分がエースモンスターとして活躍している姿を。
多分、この顔が見れたことは良いことだ。なんたって女の子の助けになって、夢に見るほど嬉しいエースとしての活躍をさせてやれたのだから。よかった、よかった?
「よくない、うん。全然よくない! 起きろクロン! 君は何やってんだ!」
「はひっ!? あれ、私寝てました!?」
びくぅ! として跳ねるように起き上がるクロン。それでも口からはよだれが垂れたままで、目はまだ半開きだ。俺とリームが頑張って見張りしていた後に、気持ちよく寝やがって……。
「ああ、そりゃあぐっすりと寝ていたよ! 私に任せてくださいって胸張ってた割には、大胆に寝ているし!」
「ふひゃーん!
お仕置きとして、むにむにとクロンの頬を引っ張ってやる。その柔らかさと伸び方は、まるで『にょーん』と擬音がつくみたいだ。
可愛いけど、やらかしていたことは一歩間違えば大惨事だ。
そして頬をつままれてふにゃふにゃと声を出しながら謝るクロン。さすがに彼女も昨日は疲れてただろうし、あまり怒らないようにしようか。
ぱっと手を放してやると、「ふぎゃう!」という声と共に彼女の頬が元に戻った。
「いたた。ううぅ、酷いですよご主人様ぁ」
「上目遣いで見ても駄目なものは駄目だからな」
「何かしら、朝から忙しいのね」
騒がしくしてしまったためか、リームが目を擦って上半身を起こす。そのまま腕を伸ばして伸び伸びとしなやかに背を逸らすと、出ているところは出てて、引っ込んでいるところは引っ込んでいるメリハリのついた体がはっきりとしてしまう。
性格と共に大人びた体は、性格と共に子供らしいクロンのものと違って別格といえる。
リームは立ち上がると、手を払って服についた草を落とす。そして背中に生えた翼もぐっと横に広げ、ピンと張りつめさせた後に元の畳んだ状態に戻した。一連の流れは優雅だったが、朝に弱いのか彼女の顔はまだぼーっとしたままだ。
「ふぅ……水浴びしたいわね……」
「おはようございます、リーム。リームの魔法なら水をすぐに温かくできますし、近くの川で浴びちゃいましょう!」
「いやいやいやいや」
ちょっと待て。いくら水浴びしたいからといって、男の俺がいるすぐそばで話していいことなのかそれは。
驚いた顔をして居るとクロンがあっと気づいた顔を見せ、リームはクスリと笑いながら蠱惑的に語りかけてきた。
「あら、あなたも一緒に浴びる? それだとまとめて洗えていいのだけど」
「……本気で言ってる? それ」
「ふふっ、冗談に決まっているじゃない。面白いわね」
冗談でよかった。ほんとにリームはどきっとする言動をしてくるし、つかみどころがないので困る。
結局俺は、彼女たちが水浴びをした後、一人で冷たい川の水に身をひたすことになったのだった。
――――
水浴びを終え、少し残していた干し肉を食べるとすぐに俺達は街道へと出た。
クロムベルかトゥーマダの方向に歩いていくなら、何時間か歩けば隊商に乗せてってもらえるだろうとリームは話す。
「そういえば、あなた行く当てはないわよね? よければ一緒にクロムベルに行かない? クロンもあなたと一緒にいたがると思うし」
俺とクロンのことを気遣ったのだろう。確かに俺は道なりにどこかの街へ向かうことしかできないし、街へ着いたとしてもどうすればいいのかわからない。今のところは目的もないし、彼女達と一緒に向かうのがいいだろうか。
目的があるとすれば、叶わないかもしれないけど、もう一度ぐらいは家族に会いたいから元の世界に戻る方法を探すことかな……。
「うん、そうだな。俺、この世界のこと何にもわからないし、旅は道連れ世は情けっていうしな。クロムベルまでよろしく頼むよ」
「やったー! 短い間かもしれませんけど、ご主人様と一緒です! よろしくお願いしますね!」
「じゃあ行きましょうか、クロムベルへ」
「あれっ、リーム。そっちじゃないんじゃ」
ばんざいして喜ぶクロンを尻目に、リームは道の端へと移動する。何か見つけて端に寄ったのかと思えば、突如として彼女の足元を中心として水色の魔法陣が発生する。
魔法陣から泡のような光が宙にいくつも放出されたかと思うと、リームの体が光に包まれて、
蒼く捻じれた角に、サファイアを散りばめたような
ワイバーンは激しい炎を吐く狂暴なイメージがあったけど、今の彼女は美しく海の中を突き進んでいきそうに思える。そして神秘的だ。
クロンは中華風の龍だけど、リームは西洋風なのかと感心していると、屈んだリームの背にぴょんとクロンが飛び乗った。
「ご主人様、早く行きましょう! リームはとっても早いんですよ!」
「え、えぇ……飛ぶの……」
さすがに低空飛行だよね? そんなに全力で飛んでかないよね? と俺は恐る恐るリームの首元に乗る。
そういえば、クロンもドラゴンになれるみたいだけど、どうして一緒に変身しないで――
『しっかりとつかまっていてね』
「しっかりとって、首元の鱗に? ――ぎゃあ!?」
一度強烈に羽ばたいてリームは急速上昇。さらにもう一度羽ばたいて前傾姿勢に。そして轟っという音を出して急加速。
鳥みたいに飛んでるというよりロケットの飛び方だろこれは! 落ちたら死ぬ分、ジェットコースターより怖い!
「さっすがリームは速いですね! 惚れ惚れしちゃいます! ちなみに、この姿のリームはストーム・リームっていうんですよ!」
「ひぃいいいいいいい!? 速過ぎるううううう!」
クロンが後ろで何か喋っているようだけど、全然頭に入ってこない! 魔法の力によるものなのか、顔に全然風は当たらないけど、リームの体が風を裂く音がうるさ過ぎるせいだ!
そして頼むから、たまにゆらゆらして遊ばないでくれ! 絶対に俺の叫び声を楽しんでいるだろ!
やがて道なりに進む隊商の馬車を見つけるまで、俺はリームの背の上でそうやって情けなく悲鳴を上げ続けるのだった。次にドラゴンに乗る時は、手綱を用意するかクロンに乗せてってもらうことにしよう……
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