幕間
幕間 深淵のカード狩り
「カルンガの姉御! しっかりしてくださいよ!」
「うぅ~ん、あのガキどもぉ、いつかギャフンと言わせてあげるわぁ~」
荷台に乗せられた金髪で厚化粧の男、カルンガ。日が沈む前に朝陽に敗北し、クロンに槍で脳を揺さぶられた違法の商人がぐったりと木の床に身を投げ出している。筋肉質で引き締まった体ではあるが、もうその姿には戦おうとする気力が感じられない。
「あぁ~、頭いたっ……。ラッキィーな日だと思ってたのに、一気にアンラッキーへとなっちゃったわね、もうっ!」
彼らを乗せてゆっくり目に走る馬車及びトカゲ車が地面の石を車輪で押しつぶす度、カルンガの体がごとごとと床と擦れあってその顔がしかめっ面になる。まだ頭の痛みは消えていないようだ。
時折大きめに車体が跳ねては、彼の頭痛がますますひどくなる。しかし彼らの行き先までには長く、彼の頭痛が消えるまでは酷く彼を悩ませることだろう。
とはいえさすがにもう朝陽という少年は追ってこないだろうと、彼らはそろそろこの辺りで夜を過ごすことを考え始めていた。
が、彼がもう一度振動で顔をしかめたその時だった。
「止まれぇー!」
「えっ? んがっ!?」
道の先に何かを見つけたのか、トカゲ車が急停止。慣性が働いてカルンガが狭い床をゴロゴロと転がり、壁にぶつかった。
見通しの悪いこんな夜中に、何か目立つものでも見つけたのだろうか。
「あぶねぇーだろうが! こんな夜中にぼーっと突っ立つなクソガキ!」
カルンガ達が乗っている荷台まで聞こえてくる御者の怒鳴り声。
言い方によれば、男か女かは定かではないが、トカゲ車の侵攻を邪魔したのは若い者らしい。
まさかあの朝陽という憎き青年が、自分たちの商品をさらに手の内に収めようと先回りしていたというのか。
カルンガはそう考えたが、御者の声は前に立つのが彼ではないということを話の内容で教えてくれた。
「頭にゴーグルなんぞつけやがって! 目が悪いならいつもつけてろ、さっさと退けクソガキが! ……なに? 商品をいただくだと? ふざけんな!」
「はぁ? 商品をいただくですってぇ? 何よ、また新しいオジャマ虫が現れたって言うのぉ?」
カルンガは痛む頭を押さえながらも、むくりと起き上がる。この地味ながらも高級な車両を足止めするとは、相手はそれなりに自信を持っているはずだ。
別に普通の勝負なら彼としては御者に任せてしまってもよかったのだが、朝陽という予想外の強さに今日は出会ったばかり。
万が一という可能背に備えて彼はドアに手をかけ、足を地面に下ろした。
「ちょっとぉ! ワタシたち今は機嫌悪いんだから、下手に邪魔しないでよねぇ~! とっととそこを退かないと痛い目見ちゃうわよ!」
左腕に
その前には深い青色のローブを羽織り、よれた髪型な青髪の少年がいた。
彼はカルンガの顔を見るなりくすくすと笑いだす。腹の底からおかしいというよりは、内心つまらなく思いながらも、煽るために静かに笑い声を出しているようだった。
「車を止めちゃってごめんね、おじさん。……いや、おばさんの方が正しいかな? そんな厚化粧してるとお肌を痛めるよ?」
トカゲ車に明かりがついているせいか、少年の方からはカルンガの顔が良く見えるようだ。逆にカルンガの方からは少年の顔が良く見えない。
ゴーグルのレンズに光が反射して揺らめいているのが分かるぐらいだ。
「ど、どっちも正しくないわよ! それに肌はまだピチピチ! ワタシの化粧法は正しいわ!」
「ふぅーん。でも、そもそもの顔が良くないから化粧法が正しくても意味ないよね。ごつごつの石に暗い絵の具を塗ったみたいで……」
「きーっ!? 黙りなさい! ぶっとばすわよ!」
用紙を馬鹿にされることは絶対に許しておけないと、カルンガが憤慨する。
しかし怒り狂った様子を見ても青の少年は笑みを崩さない。むしろ面白くなってきたとその笑みがより深く歪んだようになる。
「おもしろいねぇ、おばあさん。じゃあさ、僕はこれからそっちの荷物を全部いただくから、さっさと尻尾巻いて逃げたほうがいいよ。僕、お年寄りに手はあげたくないんだよね」
ぷっつーんと、カルンガの中で何かが切れた。
一旦心の温度が氷点下になった後、氷の下からマグマが飛び出てくるように強烈な怒りが体と心の内側を真っ赤に染める。
泣かす。
ボコボコにして泣かせた後、森の深い所に捨ててやろうと。
「ボコるわ、アンタ。
「へぇ? 全部いただいちゃっていいんだ。ごちそうさま」
「何もう勝った気になってんのよぉ! いくわよ、
「クヒッ、クフ、フ……いただきます」
カルンガが言い放った勝負の掛け声に合わせ、少年も自身の
夜間の静寂とした道の上で、勝負の火蓋が切られた。
――――
勝負は長期戦だったのだろう。少年が強烈な攻撃をいなしたのか、カルンガが攻めあぐねたのかまでは、観戦していた商人や
だが、カルンガが劣勢に立たされていることは目に見ても明らかな布陣だった。
既にカルンガのライフは1、手札も0。場には切り札のフォートレスラーキング サンダー・タイガーがいるものの、地に膝を付けて脱力している様子であった。自慢の能力値はなんと半分以下にまでその数値を落としている。
「な、なんなのよぉ……なんだってのよぉ! そのモンスターは!」
「知りたい? クフッ、教えない。自分で考えて体で知ってみてよ」
怯えるカルンガの視線の先、そこには平べったくも硬質で、何十ものヒレをもつ奇妙な形の生物が浮遊していた。
頭部の左右へカタツムリのように突き出た目。口元から生えた、腕のようにも見える二本の鉤爪。うねうねと体の両側に生えた複数枚のヒレは波打つように動き、徐々にカルンガへと近寄っていく。
「こ、こないでよ! その気色悪いモンスターをワタシに近づけな――」
「さぁ、敗北者のカードを食べちゃっていいよ。後ろのものも僕たちのものだ。行ってくれ、エンシェンテラー・アノマロカリス」
「ひっ、ひっ!? ひぃああああああ!!」
巨大な鉤爪の根元にぽっかりと開いた、円形に牙の生え揃った口。腕のような鉤爪が折りたたまれるように丸まって、サンダー・タイガーをリンゴを潰すかの如く噛み砕いて飲み込んでいく。
鉤爪についた残りカスを振るって落とした後、カルンガに敗北を思い知らせるため、エンシェンテラー・アノマロカリスという怪物はゆっくりと彼に漂い近づくのだった。
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