幕間
幕間 囚われの水流
森の中で、用意されたように開かれた広場。そこに商人の団体と竜の少女はいた。
闇オークションに売り飛ばす予定の
「……クロン?」
離れた場所から響いた雄叫び。風の流れが変わり、その声が発せられた方へと緩やかに吸い込まれていく。
逃げるように一斉に飛び立つ鳥たちの羽ばたきを目で追い、リームはもう一度雄叫びが聞こえた方向を見た。
「クロンが竜に……? まさか……」
あれだけ自身の低い能力を嘆いていた彼女が、自分を助けるために誰かと契約して竜になったのかとリームは思案した。誰と? 勝っているのか? 様々な不安が出てくるが、その不安を解消する手立ては今のところ彼女にはない。
「あらぁ~? 何なのかしら今の叫び声。美しいリームちゃん? 今の声って、逃げたアナタの仲間の声じゃないのぉ?」
「どうかしらね。長い間あの子の叫び声なんて聞いていないし、忘れてしまったわ」
「つれないわねぇ。……チッ、中古ドラゴンか」
リームは適当に答えを質問者へ返すが、その質問者である彼女――いや、彼の中ではもう既に答えが決まっているようだ。
現在、風間朝陽と戦っている巨漢ほど筋肉質ではないものの、それでも背の高くガタイのいい肉体。胸元がざっくり空いたシャツ。口紅は濃く、さらりとした金髪、目は一切の不審な動きを見逃さないかのようにぱっちり、そしてムダ毛の無い整えられた明るい肌。
だが――男だ。女ならまだ化粧が濃いだけで済んだのだが、男だ。
対して両手の自由を封じられた少女、リームという竜族は派手さのない清らかな格好をしていた。
清流のような透き通った水色の長い髪は、途中から三つ編みでまとめられていて、静かに流れていくような印象を受ける。
そして、海の中に沈んだ宝石のようなミステリアスな色の瞳。黒色と淡い青色で、背中は大きく開けられた長いスカート丈のドレス状の衣服。
まさしく高家な家に生まれた深窓の令嬢という気品のある少女だが、背中にはドラゴンのようなモンスターにしか存在しないはずの翼が生えている。頭部の横には捻じれた角もだ。
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高貴で近づきがたい、はるか上に存在するかのような彼女。薄い笑みと共にその細い指に頬をなぞられてしまえば、たちまち魅了されて
だが、逆に彼女をカードとして使役し、思いっきり劣情をぶつけてみたいと思う者もいるはずだ。
「ほんと嫉妬しちゃうくらい奇麗よねぇ~リームちゃんは。ほんと、澄ました顔だけじゃなくて、ゆがんだ表情とかも見てみたいわ~」
「……香辛料をありったけかけたような顔を近づけないでくれるかしら」
「ふ、ふぅ~ん? そんな口きくんだぁ~?」
オカマの商人はこめかみをぴくぴくとさせつつも、決してリームに手をあげることは無かった。今、彼女に危害が加えられていない理由は、傷物になると価値が下がるからだ。あとは暴力をしたことによるペナルティ受けるまでのことではないためか。
だが今は無事でも、時が経てば闇オークションなどで身柄を売り飛ばされることになる。人の所有物となればいくらでも傷物になってしまうだろう。
その未来を迎えないためには逃げればいいのだが――魔力やスキルとかそういった力でも封じるためなのか、竜に変身して逃げられないようにするためなのか、足首や首元には宝石と
リームはここから逃げることができない。一緒にいたクロンだけは何とか捕まる前に逃がすことができたものの、彼女はもうどうしようもない。
クロンには自身を救い出せるような力と度胸はないと彼女は考えていた。
だから、彼女としてはクロンだけでも悪人達に捕まらないように遠くに行ってほしいと彼女は願ったのだが……。
「アンタたちィ。万が一のために、強制主従術式の用意をおねがぁい。商品が無くなるよりは、傷有りでも持っておいたほうがマシよぉ」
強制主従術式。その単語にリームがはっと顔を上げた。そんな物まで用意しているのかと。
「なあにぃ? リームちゃん。当たり前でしょお? 商品をまるっと失うより、傷有りでも中古でも持っていたほうがマシよぉ」
それは名前の通り、人間以外の生物を強制的に支配下に置いてカード化する魔術だ。この世界に定められたカード化の呪術を無理矢理行える代物であり、もちろん使うことは犯罪である。
しかし、リームは美しい竜族。ついでにクロンも容姿だけなら美少女と言っていい部類であり、彼らとしてはレアで高級な竜族はどうしても手に入れたいものなのだ。
「あなた達……!」
「ふふっ、やっと恐怖する顔が見れたわね。ぞくぞくしちゃうわぁ」
「カルンガの親方ぁ! 強制主従術式の書ってどこにしまっていましたっけ?」
「テメー! カルンガの姉御と呼べといつも言ってるだろぉ!? 青い箱探しなさい! 青い箱!」
しわの入った強烈な形相で、雇った
怒鳴りつつも腰がふりふりと揺れている姿は気持ち悪いと言う他ない。
「ふふっ。竜族が2匹もそこら辺をとことこ歩いているのを、
カルンガと呼ばれた商人は厚い口紅で染められた唇を不気味に歪めた。
ふざけた言動と服装だが、彼(彼女?)は
だから、もうクロンという竜族は自分の手の中に落ちることを彼は確信していた。
「クロン……絶対に来ては駄目よ……」
身動きの取れないリームが再び目を閉じる。もはや、彼女にできることはクロンがこの場に連れてこられないことを祈るのみだった。
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