第10話 虚洞竜サイナス・クーロン
「追い抜かす、ですか? アサヒさん、それはどういう……」
「えっ? いや、前を進んでいる相手をこの一手で逆転して抜き去る、みたいな意味で……」
つい心の中で決めていた決め台詞が出てしまった。やはり自分は実際のカードバトルに昂っているのだろう。
しかし決め台詞の意味を自分で語るとか、本当にこっぱずかしいな……。
もどかしく、甘酸っぱさとは違う、長くそんな状況でいちゃいけないような単純な酸っぱさが心の中にあふれてくる。
「逆転で抜き去る…………はい、そうですね! このターンであの人を倒して、リームを助けに行きましょう!」
純粋な気持ちがちょっと心にしみて痛い。
でも、言葉通りにこの状況はチャンス。必要なカードを絶対に引き当て、勝利でこの勝負をゴールする!
「俺のターン、ドロー!」
俺がカードを引いた瞬間にクロンは何かを感じ取ったのか、その体がぴくりと揺れた。
――だとしたら、俺が引いたカードは……
「アサヒさん……」
今一度クロンが振り返り、不安そうな面持ちをこちらに向けてくる。
自分の片割れを引いたことは彼女に伝わっていたのだろう。こんな状況なのにという青い顔をしている。
彼女は自分と、今引いたサイナス・クーロンのカードをハズレアと呼んでいた。
確かにこのカードは、他のカードと比べて大それた能力を持ち合わせているわけじゃない。いや、他のカードよりも能力は弱い。むしろデメリット。
だけど、この能力は今の状況に最も適しているものだ! これを待っていた!
今の俺の手札は3枚……これで、インヘリタンス・エンキドゥを倒してケリをつける!
「俺は手札から
「そのガキのもう一つの効果? ハンッ、またデメリット効果か!」
「いや、クロンのもう一つの効果は完全なメリット効果! フィールドに存在するこのカードを墓地に送ることで、手札からコスト無しでドラゴンを呼び出す!」
「コスト無しでだと!? だが、
そうだ、今から呼び出すのはサイナス・クーロン。
彼女の力だけでは軽々とは相手を倒せない。だけど、彼女と俺の
「俺はクロンを墓地に送り、手札から
「はいっ、いきます!
彼女の体が足元から発生した白い竜巻に包み込まれる。
風の壁のエフェクトを通して、彼女のシルエットが向こう側に見えた。そして竜巻に切り裂かれて散る、彼女の衣服。
まるで女の子が魔法少女に変身するみたいだ……と考えた俺は甘かった。
メキメキと何かが軋む音が鳴りだしたかと思うと、竜巻に入っている彼女の姿がみるみるうちに一体の竜へと姿を変えていく。
体は蛇のように長く、口はトカゲのように突き出し、牙は鋭く、角は可愛らしいものから荒々しい棘のあるものへと。
『ガアアアアアアァッ!!』
完全に変身が終わったことを知らせる巨大な咆哮。地面すら振動するその声に驚いた鳥たちが慌てふためいて周りの木から離脱していく。
そして、白の竜巻がうねって破裂するように消える。
中にいたのは一人の元気な少女ではなく、中国神話に出てくるような長い体を持つ緑の龍。
風をつかさどると言っても過言ではない竜がそこにいた。
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「……すげぇ」
ドラゴンとしては小さめの体かもしれない。全長でも周囲の木々よりは短そうなその体。
しかし、一人の少女がドラゴンに変身するというアニメのような光景を間近で見られたことに、勝負中でも俺はワクワクしていた。
雨に濡れた若葉のように日光をキラキラと反射する鱗。ひと掴みされたらひとたまりもなさそうな爪。
それでいて、どことなく女性らしさを感じるその振る舞いと宙に佇む姿。
純粋に、雄々しくて奇麗だ。あの可愛らしく騒がしい少女が、この姿になったとは思えないほどに。
「……っと、見とれている場合じゃない。サイナス・クーロンの効果発動! このカードが場に出た時、俺は1ポイントのダメージを受ける!」
「馬鹿が、お前のライフは残り1しか無いじゃないか! 自殺だろ自殺。インヘリタンス・エンキドゥの前に屈したな!」
「それはどうかな! クロン、思いっきりやってしまって大丈夫だ!」
サイナス・クーロンは一瞬戸惑ったものの、すぐに一度吠えて俺の頭上を周回した。
同時にクロンとして現れた時のように、もう一度俺の周りに竜巻が巻き起こる。
だけど、今の風は俺を傷つけることはない。風のエフェクトに黄色の電撃がほとばしり、パチッパチッと幾度も弾ける音をたてた。
この電撃は既に打った布石によるもの。それがサイナス・クーロンのダメージを受ける効果に反応し、俺が受けるはずのダメージを刃の代わりに電撃として顕現させたのだ。
「なんだ? 何が起こっている?」
「さっき手札から捨てて発動した
「ダメージの代わりに能力上昇だと!? バカな!」
俺の周りで発生していた電撃をまとった竜巻が、全て頭上のサイナス・クーロンに注ぎ込まれる。
受けたことのない感触に彼女は戸惑ったようだが、それが自分の力を底上げする現象だとわかると、元気よく地表近くに降りてきた。
「
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ゲノムゴレム インヘリタンス・エンキドゥ
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「くっ、インヘリタンス・エンキドゥはここで終わりか!」
「いや、お前も終わりだ! バトルフェイズに入る。サイナス・クーロンでインヘリタンス・エンキドゥを攻撃!」
『虚空のサイクロン・ブラスト!』
サイナス・クーロンが口を開くと、その前に竜巻が球体となって収束して嵐の弾丸となる。
一度首を引いたかと思うと、前へと振る勢いと共に弾丸が
一度クロンの時に防がれた攻撃だが、今度は確実にその中心を撃ち貫かんと徐々に削っていく。
パワーの差にプラス1の補正が入り、巨漢にはこれで2ダメージが入る! さらにここから追撃する!
「戦闘で相手モンスターを破壊した瞬間、俺は手札からソニックスキル『バトル・テンペスト』を発動! その破壊したモンスターがフィールドにいた時の
「な、なにぃ!?」
「戦闘ダメージは2、インヘリタンス・エンキドゥの
敵の胸部が嵐の弾丸に撃ち抜かれた瞬間、爆ぜた岩の体が巨漢に襲い掛かった。
どう見ても避けきることのできない量の石つぶてが巨漢の体を襲う。
「ぐわああああ!」
――――――――――――――――――――
巨漢
――――――――――――――――――――
「俺達の――勝ちだ!」
【第1章 完】
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