第七章

憧憬の眼差し①

「ファハド様、お体の方は大丈夫でしょうか」


 バラカは心配そうな表情で訊ねた。


「うん。何ともないというか、寧ろ調子がいいくらいだね」


 カタリナによる身体能力の強化のおかげか、体も軽く頭もすっきりしていた。


 常に自傷ダメージを受ける効果も、呪い装備ラミアのメリット効果によって常に治癒するに変換されていた。


 どれくらいの速度で治癒するのかは実際に傷を負ってみないことにはわからないが、死にさえしなければ僕の体は勝手に回復するということである。


「すごいです。スキルには呪いを無効化するものでもあるのでしょうか」


「そんなとんでもスキル、聞いたことがないよ。僕のは呪い装備の性質を生かしているだけだね」


「まさか呪い装備を自らの力に変えてしまうとは、感服いたしました」


 バラカは片膝を着いて、こうべを垂れた。


「バラカ、癖が出てるよ。そういうのは目立つから禁止」


「ハッ、興奮してつい……」


「あはは。さて、他にもオークがうろついているし村へ戻ろうか。バラカの傷もきちんとしたお医者さんに診てもらった方がいいだろうし」


 僕は一応バラカの傷口に細胞を活性化させるポーションをかけ、創傷被覆材を貼り医療用テープで補強しておいたが、激しく動けば当然傷口は開いてしまう。


「何をおっしゃっているのですか!? 相手の頭を潰したのですから、後は有象無象の雑魚ばかりです! それを一体狩る毎に1000マネーももらえるのですよ!? ここで稼がないでいつ稼ぐというのですか!」


 バラカの剣幕に、僕は頷くことしかできなかった。


 右肩に穴が開いているのに、何てたくましいのだろうか。


「そ、そうだね。ちょっとくらいお小遣いをもらってもばちは当たらないよね」


 結局、カヤリを駆使して南西の森を隈なく捜索し、日暮れまでに計十八体ものオークを討伐した。




 オーク討伐の報酬を受け取った僕たちは、昨晩と同じ宿で一泊することにした。もちろん、ダブルベッドである。


「肩の傷、跡が残らなくて良かったね」


 バラカの怪我は村の治療士によって完治していた。


「ファハド様の応急処置が適切だったおかげです」


「そのための重たい荷物だからね。それにしても、モンスターが呪い装備を拾って、それが特性とマッチするなんて偶然があるんだね」


「それなのですが、私たちよりも勘の鋭いモンスターが呪い装備を拾うことなどありえるのでしょうか」


「でも、今回のオークは現に拾って装備していたじゃないか」


「ぐむむ、確かにそうなのですが……」


「まぁ、何はともあれ、報酬の18000マネーをもらえたから良しとしよう」


「クーア族長の引き攣った顔は見物でしたね」


「バラカ、悪い笑い方してるよ」


「先に嘘の依頼を出していたのは向こうなので、いい気味です」


 バラカはツンといった。


「それはそうだけどさ」


「ところでファハド様、失礼ながらお風呂に入った方がよろしいかと存じます。体からオークの臭いが漂っています」


「ええ、自分では気付かなかったよ。たくさんの首飾りをずっと持っていたせいかな」


「そうかも知れません」


「わかった、入ってくるよ」


 昨晩はバラカが先に入ったせいで湯船にのんびり浸かることができなかったが、今晩は思う存分羽を伸ばすことができた。


 実はこうして湯船に浸かるのは、人生で数えるほどしか経験していなかった。


 ダンジョン都市ガリグは砂漠のど真ん中にあるので、湯船にお湯を張るのは割と贅沢なのである。


 水自体はアルスウルなどのダンジョンから運び込むことができるのだが、電力などの動力はないので、全て人力で行わなければならなかったからである。


「やっぱりお風呂はいいなぁ」


(お金に余裕も出てきたし、アルスウル周辺の家を借りるのも悪くないかな。今の家でバラカと二人で生活するのは無理だろうし)


 バラカに一人暮らしするように説得する選択は初めから考えなかった。


 その時、浴槽のドアが開いた。


「ファハド様、お背中を流しに参りました」


 バラカは最後の良心で、バスタオルで前の方を隠していたが、すっぽんぽんだった。


「ちょ、参らなくていいよ! というか、お風呂は一人で入るって約束したよね!?」


「昨夜は入らないと約束しましたが、今宵は何も言い付けられておりませんでしたので」


 バラカは悪びれる様子もなくいった。


「昨日がダメなら今日もダメに決まっているよ!」


「人の心は移ろいやすいのでそうとは限りません。それにもう服を脱いでしまったので、今宵のところは目を瞑ってください」


「む~、わかったよ。今日だけ特別だからね」


 バラカを追い出すほどのことでもないので、僕は観念して背中を流してもらった。

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